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第3話 陽キャな生き霊

(何故、生瀬さんが俺の部屋の中に!? 夢か!? 今までのは全部夢なのか!?)


 謎の状況に頭が追い付かない……。夢かどうか確かめるため、ベタだが試しに腕をつねってみた。普通に痛い。じゃあ、夢じゃなきゃなんなんだ……?


「あ。氷河くん」


 急に生瀬さんらしき存在に話し掛けられ、思わず身体が跳ね上がる。どう見ても異質なそれは、俺に視線を向けて、何か語り掛けようとしている!


「どうも、こんばんは〜」


「こ、こんばんは……。って、そうじゃなくて!」


 ……挨拶だった。あっけらかんと普通に挨拶してきたので、俺も思わず普通に挨拶してしまった。そして、思わずノリツッコミを入れてしまった。


「生瀬さん、その姿はなんなんですか!? いや、そもそもなんで俺の部屋に!? まさか、生瀬さん死んじゃったんですか!?」


「あらあら、忙しいですね。どれから答えれば良いのでしょうか?」


「す、すみません……。つい、取り乱して……」


 テンパる俺とは対照的に、生瀬さんは、あまりにもおっとりとマイペースで、日光浴でもしているかのような、ぽやぽやとしたオーラを放っている……。ていうか、生瀬さんって、あんなキャラだったっけ……?


「まぁ、無理もないですよね……。クラスメイトが突然、霊体になって……家の中に現れたんですから」


「霊体って……! そんな、やっぱり……。生瀬さんは、死んでしまったのか……」


 ショックが隠し切れない。まさか、告白する前に死んでしまうだなんて……。元々、実るはずのない恋だと思っていたが、さらなる追い打ち。気が遠くなりそうだ……。


「違います、違います! 私の本体は生きているんですっ!」


「……へ?」


「私はいわゆる、“生き霊”ってやつです」


「な、なんですってぇ〜!?」


 生き霊だと!? そうか、生瀬さんは死んでなかったんだ! 良かった! でも、生き霊って、一体なんだ!? ……分からない。とりあえず、聞いてみるか!


「……あの、重ね重ねすみません。生き霊って、なんですか?」


「あら。氷河くんは、生き霊をご存じない?」


「すみません……。俺、そういうの詳しくなくて……」


 怖いから。と、付け足しそうになるのをギリギリで踏ん張った。霊とか怪談とか、そんな話題は全力で避けてきたからな……。


「生き霊というのは、生きている人間の強い思念によって、生きながらにして霊魂が外に飛び出してしまう現象のことです」


「えっと……つまり、どういうことですか……?」


「今も生瀬涼子は、普通に自宅でいつも通りに過ごしているのですが……。私は、彼女の意思とは別に、外に飛び出して行動しているという訳です。霊と言っても、魂ではなく意思が独立して動いていると言えば分かりやすいでしょうか〜?」


(分かったような、分からないような……)


 生瀬さんが生きていて、この“生瀬さんの生き霊さん”は、生瀬さんとは別の意識として存在している。なんとなく、彼女の正体は分かった。しかし、肝心なことがまだ分かっていない。


「それで、生瀬さんの生き霊さんは、なんで俺の家に来たんですか? もう、何がなんだか、さっぱり意味が分からないのですが……」


「先程、生き霊は強い思念によって、外に飛び出すと言いましたよね?」


 生き霊さんは、不敵な笑みを湛えながら、ゆっくりと身を乗り出してきた。……分からない。彼女の目的は、一体なんだ?


「私は……」


「北極氷河くんのことが好きなんです」


 ……え?


「ええええええええええっ!?」


「あ、つい言っちゃった……。私ったら、恥ずかしい〜……」


 好きって、今、好きって言ったか? 好きってあの、好きだよな? え? 何を言ってるんだ彼女は!?


「そ、そそそそ、そんな……! 好きって、なんで俺を!?」


「氷河くんは、いつも強くてカッコ良くて、どんなに怖い相手にも、恐れずに立ち向かっている……! 私、生瀬涼子は、そんなワイルドでたくましい男の子が性癖なんですっ!」


「せ、性癖……」


 生瀬さんの意識そのものだからか、大胆にも性癖をカミングアウトしている……。そうか……。生瀬さんは、俺のことを、そんな風に思ってくれていたのか……。物凄く、嬉しい……!


「生瀬涼子は、無意識に生き霊を飛ばしてしまうほどに、あなたのことが、好きで好きでたまらないのです……!」


(ということは、生瀬さんと俺は、両想いということか! それじゃあ、告白すれば、俺は生瀬さんと確定で付き合える! 良かった〜!)


 最悪の1日から一転。今俺は、人生最高に舞い上がっている。強くなってしまったのは、無駄じゃなかったんだ。これで俺は、生瀬さんと結ばれてハッピーエンドに……。


「だからね、氷河くん……」


 ゾワゾワと、背筋に寒気が走った。なんだ? 俺は今、最高にハッピーなはずなのに、なんでこんなに、不穏な空気が漂っているんだ?


「私の想い、受け取って……?」


『バチンッ』


 生き霊さんが、顔を近付けてきた瞬間。再び、室内が暗闇に包まれた。生き霊さんの背後には、ヒトダマのようなものが漂い出していた。怖い。いきなり怖すぎる!


「生瀬さん!? また電気消えましたよ!?」


「ごめんなさい……。私、気持ちが昂ると、怪現象を引き起こしてしまうのです」


「か、怪現象!?」


「大丈夫、大丈夫。ちょっと不気味で、恐ろしいことが頻発するだけですから……」


 全然大丈夫じゃねぇーッ!! 俺は怖いのが苦手なんだ! そんな恐ろしい目に遭ったら、泡を吹きながら白目を剥いて、失禁してしまうかもしれない! そんな姿、たとえ生き霊と言えども、生瀬さんに見せられる訳がない! 確実に嫌われて、さっそく失恋してしまう!


「生瀬さん! ちょっと待ってください!」


「え……?」


 思わず大声を出してしまい、生き霊さんは困ったような表情を浮かべていた。しまった。つい、拒絶したような態度を取ってしまった。


「ごめんなさい……。氷河くんは、私のこと、好きじゃないんですね……」


「ち、違います! そうじゃなくて! 俺、直接、生瀬さん本人に気持ちを伝えたいんです!」


 慌てるあまり、口から出任せを言ってしまう。告白したいのは本当のことだが、今はとにかく、情けない俺の本性を隠すことが最優先だ!


「やっぱり、こんな本人の知らない所で、生き霊さんに気持ちを伝えるなんて、そんなの、男らしくないと思ったんです!」


「ずきゅーんっ! 氷河くん! な、なんて男らしい人っ!」


 生き霊さんは、目をハートにしながら興奮している様子だった。……良かった。どうやら、今のは生瀬さんの性癖に刺さったようだ。


「そういうことなら、分かりましたっ! 私はとりあえず、今日のところは大人しく退散するとしますね……! では、また明日、学校で……!」


 ドロン。と、生瀬さんの生き霊さんは、まるで煙のように去っていった。……な、なんとかやり過ごせた。


「……ん?」


 まだ、何かの気配を感じた。恐る恐る窓の外を確認する。黒い影のようなものが、視界から消えるのが見えた気がした。


「いや、あれは生き霊さんの後ろ姿か何かだ……。もう、余計なことを考えるのはよそう……」


 そう。俺は明日のことを考えなければならない。一世一代の大勝負。生瀬さんとの両想いを成立させるため、告白をバッチリと決めなければならないのだから!

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