目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第12話

「では……ソーントン伯爵令嬢様は西側へ、ローナン公爵令嬢様は、東。最後に……ウォルフォード侯爵令嬢様は南へ向かわれて下さい」

試験官である司祭に言われ、私とレオナ様は頷いた。


私達には護衛が三人、聖騎士である騎士が二人付き添うらしい。聖騎士とは、聖女を守る為に居る教会所属の騎士のことだ。私達も会うのは初めてだった。と言っても聖騎士は顔を仮面で覆っている。聖女以外には素顔を見せてはいけない決まりなのだそうだ。

……それに何の意味があるのか……それは私達の知る所ではない。

……がしかし、


「東側の森は木が生い茂っていて、数日前の雨でまだ泥濘んでいると聞いたわ。私の靴が汚れてしまうでしょう?場所を代えて」

アナベル様がイライラした様にそう言った。


思わず私は溜め息を吐く。


「残るは北側ですが……あちらには怪しい洞窟がありましてね。もしかすると魔物の巣になっている可能性があります。他の場所より多くの魔物が出るかもしれません。それでも……?」

そんな司祭の言葉を遮る様に、アナベル様は言葉を被せた。


「私、南側が良いわ」

南側……ね。私に割り当てられた場所だ。

私は面倒事が嫌で直ぐに反応した。


「どうぞ。私は何処でも構いませんから」

私の呆れた様な口調が気に入らなかったのか、アナベル様は眉の端をクッと上げた。

仕方ないじゃないか、呆れているのだから。それに靴に泥が付いても私は気にしない。


「何処でも良いなら、北側に行ったら?昨晩出しゃばって自分の力をひけらかしたのでしょう?目立ちたがり屋の貴女にピッタリじゃない」

アナベル様は扇で口元を隠しながらそう言った。

ニヤついているのが、目元だけでも良く分かる。

司祭が慌てて口を挟もうとするも、それより先にアナベル様は私の目の前までやって来て、腕を組んでこう言った。


「自信がないの?」


挑発されている事ぐらい重々承知だが、ここで逃げる様な真似はしたくない。


「別に。私は北側でも構いません」


「ウォルフォード侯爵令嬢!!」

「クラリス様!!」

司祭と、レイラ様の困惑した様な声が重なる。


「ほら!!司祭。今聞いたでしょう?本人が望んでいるのだから、是非北側へ行って貰いましょうよ!」

アナベル様はポンと扇で掌を打った。嬉しそうで何よりだ。


結局、私は北側へと赴く事になった。聖騎士の数には限りがある。司祭がそれならば聖騎士を三人に増やしましょうか?という申し出も私は断った。


「クラリス様……大丈夫ですか?」

準備を整えている私に、レイラ様が心配そうに近付いて声を掛けてくれた。


「大丈夫ですよ!こうみえても度胸だけはあるんです!」

努めて明るく言ってみたが、レイラ様の表情は、曇ったままだった。

私も茶化すのは止めて、真剣な眼差しでレイラ様と向かい合う。


「アナベル様の挑発に乗ったのは軽率だったのかもしれませんが、この森に魔物が居るのであれば、一匹でも多く倒したい。それで魔物に苦しんでいる人々が救われるのなら、それこそ私が望む力の使い方です」

この森で暮らしていた木こり達は、住処を離れ別の土地に移ったと聞いた。

魔物が居ては仕事にならない。しかし慣れ親しんだ土地を離れる事に、きっと迷いや戸惑いもあった筈だ。


「やはり……貴女は聖女に相応しい。でも、私も人々を救いたいと思う気持ちは同じです。お互い頑張りましょう」

レイラ様はいつもの笑顔で私に手を差し出した。

私はその手をしっかりと握る。


「レイラ様、手加減は無用。私も全力で頑張ります」

「望むところですわ」

私達は頷き合うと、しっかりと握りあった手を離した。

各々がスタート地点に立つ。


「では今から二時間。魔物の強さ、倒した割合で点数を付けます。しかし、試験とはいえ、対峙するのは本物の魔物です。御自分達の身を守る事を第一に。深追いは禁物です。よろしいですね?」

司祭の最後の言葉は明らかに私に向けて発せられたものだった。

私は無言で頷く。司祭もそれを見て満足そうに頷いた。


「それでは……開始!!」

司祭の合図と共に、私達はお互いに背を向けて三方向へと別れて歩いて行く。


いよいよ最終試験の始まりだった。




私と試験に同行する司祭の前には二人の護衛。横に聖騎士が左右に別れて一人ずつ、そして後ろから護衛が一人私の背後を守っている。ぎっちりと守られていて、なんだか少し歩きづらい。


北側もまた、木が生い茂っており、昼だというのに薄暗かった。


「ウォルフォード侯爵令嬢。お疲れではありませんか?」

まだ数分しか歩いていない。これぐらいで音を上げていては、屋敷の中すら歩けないんじゃないかしら?私はそう思いながら答えた。


「全然。全く問題はありません。……しかし、魔物は出てきませんね」

私は隣の聖騎士の方へと質問をした。しかし、彼は何も答えない。

先程私に質問した護衛が、再度振り返って私に言う。


「聖騎士は喋りませんよ。彼らは聖女と大司教様としか話しません」


「え?そうなのですか?」

私が驚くと、隣の聖騎士は僅かに頷いて肯定の意を示した。


「流石に昼間なのでね。魔物も活発には動き回らないのでしょう」

もう一人の護衛が答える。


それから十分程歩いただろうか、

「少し休憩します?」

と言った護衛の足元に小さな毛玉がコロコロと転がって来た。


「ん?何だこれ」

つまみ上げ様とする護衛の手を聖騎士は勢いよく掴んで止めた。


「え?」

護衛が驚いている間に、その毛玉はムクムクと大きくなる。

丸まっていた身体から手足が伸びると、大きな牙と大きな口、大きな目を一つ持つ魔物へとその毛玉は変形した。


「うわっ!!」

一番近くにいた護衛は跳んで後方へと大きく下がり、距離を取る。その間に皆は剣を抜いていた。


しかし、これは私の試験だ。


「皆さん、後ろに下がって下さい!!」

私は自分を守る様に盾になった五人へと声を掛ける。


「大丈夫なのですか?」

きっといきなり現れた魔物に、私が怯えているんだと思ったのだろう。


「これは私の試験です!私が倒さなければ意味がない」

私の答えに皆は魔物から目を離さぬ様にして、ジリジリと後退した。

一人の護衛が私に剣を預ける様に手渡そうとするのを私は無視した。


私はその魔物目掛けて矢を射るポーズを取る。すると私の手には白く光る弓矢が現れた。


昨日は動揺した。しかし、今日の私は落ち着いている。狙いを定めた私はそれ目掛けて矢を射った。


魔物の大きな目に矢が突き刺さる。怯んだ魔物に、私は間髪入れずにもう一度矢を射った。次は胸を狙って。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?