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第10話


全部の馬の疲れを癒すのに、意外と時間がかかってしまった。


「お手伝いいただき、ありがとうございます」


「いえ。この子達にはもう一日頑張って貰わなければなりませんから」

礼を言うレオナ様に、私は笑顔で答えた。


レオナ様はいつもの様に微笑むと、

「……私はクラリス様が聖女に相応しいと思っています」

と静かに言った。


「私ですか?何故?」

私は疑問を口にした。今のところ私の成績は二人に比べるとパッとしない。


「何故と言葉にするのは難しいのですが……私が幼い頃から憧れていた初代聖女様に、クラリス様はどことなく似ている様な気がします。

彼女はダンスも貴族特有の腹の探り合いも苦手でしたが、民衆を想う気持ちは誰よりも強かった。……色々と不幸な生い立ちではあったようですが、それでも彼女の強い心は折れる事はありませんでした」

アメリにも似たような事を言われた事を思い出した。しかし、私はそこまで立派な人間ではない。


「いえいえ。私はそんな出来た人間ではありませんよ。強い心なら……きっとレオナ様の方が」

私は先程聞いた話を思い出し、力強くそう言った。

幼い彼女はどれほどの我慢を強いられてきたのだろう。

それでもこの優しさを失わないレオナ様を私は尊敬し始めていた。


「フフフ。この会話をアナベル様に聞かれたら………私達二人共責められてしまいそうですね」


「確かに。だけど彼女は自分のケアできっと今頃大忙しでしょうから、こんな場所には絶対に来ませんよ」

私の言葉にレオナ様は笑った。

その笑顔は今までの仮面の様な微笑と違い、心からの笑顔に私は見えた。


私達の旅路はもう一日続き、やっと最終目的地にほど近い宿に辿り着いた。アナベル様のお陰で大幅に遅れてしまったが、明日の朝、試験会場となる森へ向かう。


「ここでは数日前も魔物が目撃されています。夜は決して出歩きませんように」

司祭に言われ、私は『魔物退治をする為にここへ来たのに?』と思わず言い返しそうになっていた。


部屋へと案内される。夕食は各部屋へと運ばれた。


「どうもアナベル様が少し神経質になっている様です。夕食を皆とは共にしたくないと……」


「私達が食事に毒でも入れると思っているのかしら?」


「さぁ……流石にそこまで警戒してますかね。いや……あり得るか。まぁ……教会もアナベル様の言いなりって事ですね」

私とアメリはアナベル様に振り回される司祭達に同情した。


夕食を終えた後、私は少し気になる事があって、アメリに外出の旨を告げた。


「アメリ、私ちょっと厩を見て来るわ」


「夜出歩かない様に言われているのにですか?」

アメリが驚くのも無理はないが、私はレオナ様が気になって、落ち着かない気持ちでいた。


「レオナ様が気になるの。彼女の事だから、また馬を癒しに行っているのではないかと思って」

きっと彼女は一日目の宿でもそうしていた筈なのだ。あの日は私もアナベル様のお陰で疲労困憊しており、直ぐに休んでしまった為、気付かなかったが。


「確かにその可能性はありますが……ならば私も付いて行きます!」

アメリの申し出は嬉しいが、私はそれを断った。


「大丈夫。それにもし万が一魔物が出たら、貴女を守りきれないかもしれないでしょう?そうなったら私、自分を許せないもの」


自分の力が攻撃に特化している事は分かっていた。侯爵家で攻撃の練習もした。しかし、実際魔物と対峙した事はない。……そう実戦は未だに経験した事がないのだ。自分の身は守れるかもしれない。だがアメリの身までとなると、途端に自信が無くなった。……こんな事で聖女になれるのか甚だ疑問ではあるが。


アメリは心配そうに私を見送った。私は再度アメリに『決して外には出ないでね』と念を押して、宿の裏手にある厩へと向かった。


「やはりいらっしゃったのですね」

彼女はそこに居た。厩で一頭一頭丁寧に癒しの力を注いでいた。


「クラリス様、今日はこの子たちもそこまで疲れていません。私一人でも大丈夫ですわ」

私はその言葉を無視して、レオナ様が撫でている隣の馬へと手を伸ばした。


「二人でやった方が早く済みます。夜は危ない。さっさと済ませましょう」

私がそう言うと、レオナ様も頷いて馬の方へと意識を集中させた。

あと二頭で終わる。そう思った時、護衛の大きな声が聞こえた。


「魔物が現れた!!厩の方へと向かったぞ!馬を守れ!!」

その声に私は厩を飛び出した。


背中にコウモリの羽の様な翼が生え、目が黄色に光る魔物が二匹、こちらへ向かって来ていた。

レオナ様も私の後に続いて飛び出して来た。


「あ……あれが魔物……」

大きさは人と同じくらいか。初めて見る魔物に私達は一瞬怯んだ。

隣のレオナ様を見ると、細かく震えていた。


「レオナ様、大丈夫ですか?」


「本では何度も挿絵で見ていましたが……本物は初めてで……」

私だってそうだ。あの禍々しいオーラを放つ生き物に初めて対峙した。

護衛達はこちらに向かっているだろうが、厩などを守る護衛は居なかった。ここには私とレオナ様。それと馬達だけだ。


「う……馬達を守らなければ」

レオナ様の言葉に私はハッとした。確かに。魔物がここを狙っている理由……それは馬だろう。

魔物は家畜や獣を食べると聞いた。護衛達を待っていても良いのだろうか?そう思った瞬間魔物がこちらに向かってスピードを上げて降下して来た。


「レオナ様、厩に結界を!」

私はそう大声で叫ぶと、手先に力を集中させた。

そして大きく弓を射るようなポーズを取ると、そこには白い弓と矢が現れた。私は魔物に狙いを定めて手を離す。


「当たれ……っ!!」

恐怖と焦りからか、狙いは少し外れ魔物の翼に白く光る矢は当たった。


『ギャーーー!!』

矢の当たった魔物はバランスを崩しながら地上に落下する。

もう一匹の魔物が今度は私に目掛けて足の鋭い爪を向けたまま滑降して来た。

私は大きく息を吐き、自分を落ち着かせた。次こそ外さない!!


私はまた白い弓を構える、既に魔物は目の前だ。


「クラリス様、危ない!」

レオナ様の叫び声が響く。しかし私の手はもう震えていない。弓を射ると、今度は魔物の胴体の部分に見事命中した。


『ギャーーー!!!』

魔物は断末魔を上げて地上に落ちる。仕留めたのか確認する前に、先程、片翼を私に傷つけられた魔物がバランスを崩しながらも、空へと舞い上がり始めていた。私はそれに向かって矢を放とうと、また構えたのたが、


「逃げて行きます!もうこれ以上は……!!」

とレオナ様が私の腕を掴んだ。


「でも……!!」

私は横に居たレオナ様に顔を向ける。彼女は真っ青な顔をしながらも、私の腕をしっかりと掴んで離さなかった。



「大丈夫ですか!!?」

護衛が私達の姿を認めてこちらに走って来る。その途中にある、魔物の死体を見て、


「これは……」

と声を漏らした。

その瞬間、魔物は黒い霧となり跡形も無く消えた。


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