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第9話

翌朝。私達はアナベル様の宿泊先まで馬車で移動し、そこからアナベル様達と合流する事になった。

その宿屋が最終試験会場である森までの道中にない為、少し寄り道する形となる。


「ますます到着が遅れそうね」

私は馬車の中でそう呟いた。


「でも、これで上手く夜に試験が行われる事になれば儲けものですね!」

アメリって……侯爵家の侍女の割にざっくばらん過ぎないかしら?それとも……仕える主に似るとか?


「そうね……でもこの調子でアナベル様の言う事ばかりがまかり通るなら、夜の試験なんて到底無理でしょうね」


「確かに……あの女なら『夜なんて足元が見えなくてドレスだと歩きにくいわ!そんなの次の日で構わないから、昼にしなさい!』とか言い出しそうですものね」

やたらと似ているものまねをしながら、アメリはそう言った。

いつの間にかまた『あの女』呼ばわりだ。やはり私に影響されているのだろうか。


「というか、あの荷物。たった数日なのに、何枚ドレスを持って来てるのかしら?」


「枚数より、あのスカート!随分とボリュームのあるお召し物が好みの様ですからね」


「あんな格好で魔物退治出来るのかしらね」

私は首を捻った。


その夜も、馬車をギリギリまで飛ばしても、森の近くまでは到達出来なかった。

この調子だと試験は明後日になりそうな気配だ。

今回は予め護衛が先回りをし、アナベル様が満足出来そうな宿屋に宿泊する事が出来た。

今晩は、私のお腹の虫が大人しい内に夕食にありつけそうだ。


馬車に乗っているだけ……というのも案外疲れるものだ。私は凝り固まった体を解すついでに、夕食後、宿の庭を散歩する事にした。


すると、レイラ様が何処かへ一目散に向かっている姿を見かける。私は急いでその後を追った。



レイラ様の行く先は、厩だった。

先程まで馬車に繋がれていた馬の首をゆっくりと撫でている。掌からは白い光がチラチラと見えていた。私は驚かさないように気をつけながら声を掛ける。


「レイラ様。やはり貴女はお優しいですね」

振り返ったレイラ様は少し驚いた様な顔をしたが、直ぐにいつもの微笑を浮かべた。


「随分と早足で駆けさせてしまったから……きっとこの子達も疲れているだろうと思いまして」

私はレイラ様が撫でていた馬の隣に並ぶ馬の元へと向かった。

そして同じ様に馬の首を撫でる。もちろんレイラ様に倣って癒しの力を注ぎ込む。


「クラリス様、お疲れでしょう?ご無理はなさらず」


「疲れているのは、レイラ様も同じです。と言っても私の癒しの力はレイラ様の足元にも及びませんが」

聖なる力を使うのは、意外と体力が必要だ。

最終試験前に、こうして力を使うなど私の頭には少しも浮かんでこなかった。

ちなみに今は夜なので、私の力も増している。これぐらいなら力を使っても疲れる事はない。


その後も私達は次々と順番に馬を癒していく。

レイラ様はその都度、馬に話しかけていた。


「明日もあなた達の力を借りねばなりません。今日はゆっくり休んでね」


「レイラ様はどうしていつもそんなにお優しいのです?微笑みを絶やさず……」

私はつい疑問を口にしていた。

人間誰だって人には言いたくない部分を持っている。清廉潔白な人間など、本当にいるのだろうか?


レイラ様は変わらず……微笑みながら馬を撫でている。そして言葉を選ぶようにゆっくりと私に言った。


「私には姉が一人おります。しかし私がこの様な力を持って生まれた事で、彼女は自分はつまらない人間なのだと思い込む様になりました。両親の扱い方にも問題はあったのかもしれません。

……いつしか姉は隠れて……私に折檻する様になったのです。辛くて、痛くて……。

ご存知の通り、聖なる力で癒せるのは『自分以外』です。しかし、顔や腕などを避け、見えない所を傷つけても、侍女には見つかってしまいます。その度に姉は両親に叱責される……そうすれば私への暴力は日に日に酷くなる……悪循環でした。

そんな中……彼女はそんな自分を……私に暴力を振るう自分を許せなくなりました。でも心のバランスが取れない。私を叩く度に姉は泣いていました。ただ……私が微笑むと姉はピタリと暴力を止めるのです。翌日には元に戻りますが、私が微笑む度に、ピタリと。

何故なのかは分かりません。でも、私は自分を守る術を得ることに成功しました。以来、私はずっと微笑んだまま。これは私を守る鎧の様なものです」


凄惨な幼少期の話に私は絶句した。孤児院でもガキ大将の様な奴がいて、暴力を振るうことがあったが……。まぁ、私の場合は返り討ちにしていたので、問題はなかった。


「そんな事が……」

私はそう言うのが精一杯だった。


「両親は姉と私を隔離しようと、姉を領地へと送る事を考えました。しかしそれを聞いた姉は自分は両親に愛されていないと思い込み……自死を試みたのです。……幸いにも未遂に終わりました。それで、私は自らが領地へ行くことを選んだのです」

知らない話ばかりで、私は困惑する。どうしてこんな事を私に……。

レイラ様の話は続く。


「その経験からか……私は傷ついた者を見捨てる事、放置する事が出来なくなりました。もちろん誰かを傷つける事も……。それを酷く恐れる様になったのです。誰かと競い合う事も苦手です。ですが、聖女にならなければこの力は封印されてしまいます」


それを聞いて私は驚いた。


「封印?!」


「ええ。知りませんでしたか?あぁ……もしかするとウォルフォード侯爵は貴女にプレッシャーをかけまいと教えなかったのかもしれませんね」

という事は貴族の間ではこれは周知の事実という事なのかもしれない。


「それは……どうして?」


養父は『何人も奇跡を起こす者は必要ない。それが王家の考えだよ。嘆かわしいね』と言った。聖なる力の封印は王家主導の元行われているに違いない。


「それは……聖なる力を他国へ渡さない為だと言われています。ですから……聖女の交代が行われなかった世代の聖女候補者達も、ある年頃になるとそれを封印されていたらしいのです。方法については明かされていませんが……」


「馬鹿馬鹿しい……」

私はついそう呟いていた。


「そうですね。尊い力は広く皆の為に使われるべきです」

レオナ様は最後の馬の首からゆっくりと手を離した。

馬は嬉しそうにブルブルと鼻を鳴らす。レオナ様はそれを見て、嬉しそうに口角を上げた。


「レオナ様……辛いお話をさせてしまって申し訳ありません」


「いえ……。きっと私も誰かに話したかったのだと思います。姉の結婚式に……私は招待されませんでした。姉の中では私は既に家族ではないのです。……仕方ないですね」


レオナ様の微笑みは殆ど変わらないのに、何故かとても寂しそうに見えた。


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