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第8話

「結局、私の意見は無視って訳ね」

私は落胆していた。


「仕方ありませんよ。大司教様のお決めになった事ですから」

そう言うアメリの顔も残念そうだ。


夜に試験を!と言ってみたものの、私の意見など通るわけもなく。

結局、最終試験は最初に告知された通り、二日後の昼に行われる事となった。


「大丈夫ですよ!攻撃力ならたとえ日中であっても、クラリス様に敵う方などおりませんから!」

アメリの励ましに、私も頷く。


「……そうね。今までは苦手な分野ばかりだったけど、今度こそトップを取ってみせるわ」

ガッツポーズをとる私にアメリは、


「それでこそお嬢様です!」

と笑顔を見せた。


正直、聖女になろうとならなかろうと、私はこの力を養父母や孤児院の皆……それと街の人々の為に使いたいと思っていた。

今までの聖女候補者達は、聖女試験で敗れた後、何故かその力を使うことなく、ただの貴族として生活していたらしい。普通の貴族令嬢として……家の為に結婚し子を作りその家を守る。

せっかく神が与えてくれた力だというのに……。

それについて、私は養父に尋ねた事がある。養父は言った。

『何人も奇跡を起こす者は必要ない。それが王家の考えだよ。嘆かわしいね』

あの時の養父のガッカリした様な表情を覚えている。多分……王家からのお達しなのだろう。

『もうその力を使ってはならない』と。


私はそんなものの言いなりには、なりたくない。しかし私の行動で養父母や義弟に迷惑がかかる事は避けたい。こんなジレンマから、今までの聖女候補者達も、自分の力を使うことを諦めたのだろうか。


「……様、お嬢様!」

アメリの呼ぶ声に私はふと我に返る。


「ずいぶんと難しい顔をしていらっしゃいましたけど、そろそろ出発のお時間ですよ!さぁ、急ぎましょう」

アメリの両手には私の荷物が入ったカバンが握られていた。


「そうね。じゃあ、行きましょうか」

私は自分に与えられた部屋をアメリと共に出て行く。

まさかこの時には、もう二度とこの部屋に足を踏み入れる事がないなどと、思ってもみなかった。



三台の馬車に、私とアメリ。アナベル様と侍女三人。レイラ様と侍女二人が分かれて乗り込む。

私がアメリと馬車で向かい合っていると、


「ローナン公爵令嬢の馬車はギュウギュウでしょうね」

とアメリが愉快そうに言った。


「あれでも連れて行く侍女は厳選してるんじゃない?だって、ここには五人も侍女を連れて来たのだから」


「七人ですよ、お嬢様。ローナン公爵令嬢の侍女のお部屋もこれまたギュウギュウでしょうね。まともに横になって眠れているんだか」


「侍女は二人までって……言われていたはずなのにね」


私とアメリがクスクスと笑い合う。どうにもアナベル様は苦手だ。私も、アメリも。

しかし一向に馬車が出発する気配がない。


「おかしいですね。出発時間を早めると急かしておいて……。ちょっと私、様子を見てきますね」

アメリが馬車を降りる。暫くしてアメリはプリプリしながら戻って来た。


「アナベル様の荷物が多いのと、連れて行く侍女が多いので、馬車をもう二台用意させているそうです」


「あと二台?それじゃあ随分時間が掛かりそうね」


「教会側と揉めていた様ですがね。公爵兼宰相のご令嬢ですから、教会側が折れたみたいですよ」


「彼女のわがままに付き合っていたら、日が暮れちゃうわ」


「本当にその通りですね」

そして……私達が言っていた事が現実となる。


「こんな夕暮れから出発しても、直ぐに日が暮れて、今日はいくらも進みはしないんじゃないかしら」

やっと動き出した馬車の中で私は窓の外を眺めながら頬杖をついた。


「ですよね。当初予定していた宿泊先には到底辿り着けないでしょう」


「また宿屋探しで揉めなければ良いけど」

そしてまた、私の呟きが現実となるのだった。



「こんな宿に泊まれないわ!私を誰だと思っているの?!」

試験官を務める祭司にアナベル様が喰ってかかる。


「そうは言われましても、出発が遅れた事で当初予定していた宿屋には辿り着く事が出来ませんでした。急遽この人数が宿泊出来る宿がこの付近にはここしかありませんでして……」


「それはそちらのミスでしょう?ありとあらゆる事を想定して事に及ばないから、こんな事になるのです」

アナベル様と司祭が揉めているのを横目で見ながら私は考えていた。

『どうでも良いから休みたい』と。


出発するまでも馬車で随分と待たされ、流石に私も疲れている。私なんて、湯と寝台さえあれば別に何処だって構わないのだ。

それにこんな状況になったのは全てお前のせいだろ?!と言いたい。言いたいがそれすら億劫だ。なんせお腹も空いてきた。


するとレイラ様がゆっくりと揉めている二人に近づく。

「少し先に王族の方々も宿泊された宿があります。もちろん部屋数はそう多くはないですが。アナベル様だけであれば、そちらに泊まれるのではないですか?侍女お一人と護衛。それぐらいなら、何とかなるでしょう。私達はこちらで休みます、それでは如何でしょう?」

静かにレイラ様は微笑んだ。

レイラ様の提案に一瞬面白くないといった表情を浮かべたアナベル様だったが、頷いて。


「それで妥協しましょう。良いですね?」

と有無を言わせない圧を司祭にかけた。


結局、アナベル様と侍女二人(これは譲らなかった)それと護衛を引き連れて、アナベル様は少し先の宿まで移動する事になった。


「夜道で事故など遭わなきゃ良いですね」

とアメリはわざとからかう様に言った。


「声が大きいわ……私も同感だけど」

そして私はアメリから少し離れ、レイラ様の元へと向かう。


「先程は揉め事を収めて下さいましてありがとうございました。お陰でやっと夕食にありつけそうです」

そう私が言った途端、腹の虫が空腹を主張し始めた。レイラ様は微笑を崩さず、


「あれでは司祭様がお可哀想で。あれが妥協点だと思いましたの。ただ馬がこの夜道を行くのも少し心配ですけど。それに、私もお腹が空いておりましたので」

と言った。

うーん、やっぱり彼女は人間が出来ている。




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