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第7話  Sideアナベル

〈アナベル視点〉


「アナベル様の言っていた通り、昼間に試験をするのは意味がないと言っていました」 


「やはりね。あの女……前に聖なる力を測った時にはかなり力を内包している様子だったのに、試験というとパッとしないから……何か原因があるのではないかと思っていたのよね」


私が公爵家から連れてきた侍女に様子を見に行く様に指示しておいて良かった。これは何としても昼間に試験を行う様に大司教に言っておかなければ。


「アナベル様、お支度を」


「その前に大司教の所へ行ってくるわ。ねぇ……あの例の物はまだ出来ないの?」


「中々細工に時間がかかっている様で……申し訳ありません」

頭を下げる侍女の頭目掛けて、私は扇を投げつけた。


「言い訳は結構!何としても私が最終試験からここへ戻るまでに用意するのよ?いいわね?」


「はい!!」

はぁ……役立たずばかりで頭が痛いわ。


それにこの忌々しい聖女試験。こんなものなどしなくても、私が聖女になれば何の問題もないものを。



私アナベル・ローナンは生まれながらに特別な存在だった。

この国に聖なる力を持つ者は数パーセント存在するが、私はその中でも自分が特別であると幼い頃から自負していた。


「アナベル。お前は選ばれし者だ。ローナン公爵家に生まれ、聖なる力を持つ意味を、きちんと理解するように」


ローナン公爵家の長い歴史の中で初めて生まれた聖女候補。私はその意味を物心つく前から理解していた。


「お前の代で聖女の代替わりは必ず起こる。そのつもりで」

父が何を言いたいのか、皆まで言わずとも私には分かっていた。

父はこの国で宰相を務めている。そして私は聖なる力を持つ。これが意味する事。


「私が次期王妃ね」


私は私の存在をそう位置付けていた。

ウィリアム王子は少し優しすぎる気もするが、王太子としての素質は十分。ロナルド王子……あれは論外だ。立ち振舞いから王族らしくない。くだらない下級貴族なんかと仲良くして……何を考えているのだろう。

私の頭の中には聖女となった私と王太子になったウィリアム様が皆に祝福され結婚している姿が現実の様に浮かんでいた。これは私の想像ではない。現実になる未来だと、そう信じていた。

……あの女が現れるまで。



あの女の存在に気付いたのは、ある王宮での茶会だった。

中庭で開かれたガーデンパーティー。王子達と聖女候補者との仲を深めるのが目的だ。

ウィリアム王子を多くの令嬢達が囲む。だが。彼の隣に居るべき人間は私だけ。ウィリアム王子も私が特別な人間だと理解しているからか、よく私に話しかけていた。

ロナルド王子は……何処に居たのかも思い出せない。私の目には、その時から既にウィリアム王子しか映っていなかった。

「皆にプレゼントがあるんだ!ちょっと待ってて!」

ウィリアム王子の白い肌が眩しい。彼は手を振って私達から離れた。


「はぁ〜ウィリアム様って……素敵!」

聖なる力さえ持っていない雑魚が何を言っているのか。仕方ない……まだ自分の立場という物が十分理解できていないのだろう。ここに居るのは……十二、三歳の令嬢達だ。まだまだ教育が足りないという事だと私は納得した。



「アナベル様、お久しぶりですね」

ちらりと横目で私に話しかけて来た人物を見る。……伯爵令嬢のくせに、私の許可も得ずに話しかけるなんて……と思うが、聖なる力を持つ者には身分の差はない……というのが、この国の掟。私はイラつきながらもその令嬢の方へと顔を向けた。

「あら、レオナさんじゃありませんか。最近はあまりお茶会に顔をお出しにならなかったのね」

彼女はレオナ。ソーントン伯爵家の次女だ。彼女が聖なる力を持って生まれた事で、長女であるリデルは疎外感を覚え、心を病んでしまったという。彼女は家族に不和が生まれた事を悲しみ、一人領地の外れの別邸に住んでいるらしい。

今日は久々に王都に来たのだろう。それを知っていながらにして、こんな事を訊くのは意地悪だろうか?


「ええ。私は領地に住んでいましたでしょう?中々王都まで出てくる機会がありませんでしたので」

その答えに私は少し違和感を覚えた。何故過去形なのだろう……と。


「そういえば、そうでしたわね。で、今回は王都にどんなご用事で?」


「姉が結婚したので、それを機に王都へ戻って来る事になりましたの」

彼女は淡々と、微笑みを讃えたまま素直にそう答えた。


心優しいレオナ……ふん。馬鹿馬鹿しい。良い子ぶってるだけじゃない。


「聖なる力で癒せるのは物理的な病気や怪我だけ。心の傷までは……残念ですわね」


私は扇で口元を隠す。この良い子ぶりっ子の仮面の様な微笑みが崩れるのを見たかった。怒るかしら?それとも悲しむ?

しかし、彼女は少しだけ眉を下げただけで、微笑みながら言った。


「本当に。ですが誰かを物理的にでも癒す事が出来るなら、私にはそれで十分だと思えますわ」  


「………そう」

面白くない。ただ……彼女の癒す力はかなりのものだと聞いた事がある。父が警戒している候補者の一人だ。


すると急に、

「キャッ!」

という驚いた声と共に、離れた生垣の間から白く眩い光が放たれた。何なの?あれは。

直ぐに生垣から、一人の令嬢が飛び出して来て、この中庭の出口方面へと走って向かった。


あれは……確かクラリス・ウォルフォード。ウォルフォード侯爵の養女になった孤児だ。

私が彼女に会ったのは今日が初めて。聖なる力の発現が遅かったのか、十二歳で候補者として認められたらしい。場違いな自分を理解していた様で、私達の側には全く近寄らず、フラフラと花を見ていた所までは覚えていたが、あそこで何を?

そう思っていたら、

「待って!!」


と彼女を追ってウィリアム王子が飛び出して来た。


……二人で何を?私はイライラして、無意識に手に持っていた扇を握りしめていた。


「あら?どうされたのでしょう?」

レオナの呑気な声が聞こえて、更にイライラする。

結局、クラリスとかいう女は戻って来なかった。尻尾を巻いて逃げ出した奴に用はない。


ウィリアム王子から、参加者全員に小さなブーケが配られた。皆はそれに夢中だ。何と言っても各々の雰囲気に合わせた色合いの花が用意されていた事に、参加者皆が感激している。しかし、私は自分に渡された赤の薔薇をメインとしたブーケより、その場に居なかった主のせいでポツンとテーブルに残された紫と白を基調としたブーケの方が気になったのだった。


そのお茶会の事を父に報告した途端、父の顔色が変わった事を覚えている。


「……クラリス・ウォルフォード……か。いいか、アナベル。その女には気をつけろ」


父が何故、あんなに難しい顔をして私にそう言ったのか……未だにその謎は解けていない。解けてはいないが、この聖女試験で彼女の力が大きなものだという事は何となく分かっていた。だが、上手くそれを使いこなせていない印象は否めない。


「……夜に解放出来る力……ね」

これは使えそうだ。私は自分の計画を反芻しながらほくそ笑んだ。


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