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第6話

「で?何故ロナルド様が追試のお相手を?」


あれから三日。アメリに言われて私は筋肉痛に悩まされるまでダンスの練習をさせられた。


その間にあった治癒に関する試験では、得意ではないながらも、レオナ様に次いで良い成績を残せたので、ダンスの追試は免除して貰えないかと司教に掛け合いに行ったのだが、断られた。


そして追試当日。私を待っていたのは試験官と……第二王子ロナルド様だった。


「聖女のダンスの相手など、結局は王族が務める事になるんだ。今から慣れておくに越したことはないだろ?」

ロナルド様の言葉に私は首を傾げた。


「私とロナルド様が将来こうしてまたダンスをする確率ってどのくらいなんでしょうね?」

踊りながらこうして喋る事が出来る程度には、私はダンスのレッスンを頑張った。自分なりの進歩を感じる。相手がロナルド様な事も私にとっては吉と出た。緊張せずに済む。


「お前は聖女になる自信がないのか?」

ロナルド様の問いに私は『うーん』と唸る。


「聖なる力には……実は三種類があります。『守りの力』『癒しの力』『攻撃の力』です」


「聞いた事がある。この聖女試験にもそれに沿った物が用意されていると」


「ですね。正直、魔王の封印に必要なのは『守りの力』です。現聖女様はこの力に特化していました」


「お祖母様だな。それも聞いた」


「今の聖女候補者でこれに特化した者はおりません。強いて言うならアナベル様が一番得意かもしれませんが、どんぐりの背比べです」


「ふむ。で、お前は?」


「『守りの力』はまぁ……そこそこ。私が一番得意なのは『攻撃の力』です」


「お前にピッタリだな。見たままだ」


「失礼な。でも……私には弱点があります」


「弱点?それは何だ?」


「私の力は不安定で……昼間だと百パーセントの力を出せません。私の力が全て解放出来るのは、夜」


「魔物は夜を好む。お前が攻撃力に特化しているというなら、道理にかなっているな」


「まぁ、そうですね。でも試験は全てにおいて昼間に行われます」


「お前に不利……って訳だ」


「ですねぇ」


「はい!そこまで!!」

試験官の声が聞こえて、私達は足を止めた。ロナルド様と話している内に、試験は終わった様だ。


「今日は表情も柔らかくて、体も硬く無かったわね。とても良く出来ていましたよ」

試験官の言葉に私は、

「じ、じゃあ合格?」

と尋ねる。試験官は笑顔で頷いた。


「やった!!」

と両手を突き上げて喜んだ途端に、試験官の顔が曇る。なるほど……淑女らしくない振る舞いはここでは御法度だった。


「良かったな」

ロナルド様が苦笑しながらも、私の肩を叩いた。


「お相手を務めていただき、ありがとうございました」

頭を下げる私に、『いらん、いらん』といった風にロナルド様は片手をヒラヒラさせながら、去って行った。




「いよいよ魔物が多くなってきたようです」

アメリが眉間に皺を寄せる。


「さっさとこんな試験を終わらせて、魔王の封印に向かうべきだわ。陛下や貴族達はここ王都に居るから比較的安全だし、護衛も山のように付いてる。危険に晒されて、割を食うのはいつも平民だもの」

プリプリ怒る私に、アメリは、


「やはりクラリス様は聖女に向いてると思いますよ。私は」

と私の髪を結いながら言った。


「淑女としての振る舞いも出来ないし、守りの力もそこそこなのに?」

私の思い描く聖女像は限りなく慈悲深い姿だ。私としてはレオナ様が一番相応しい様に思う。彼女も守りの力はそこそこ。だけど聖女としての資格に十分な程の癒しの力を持っている。


「初代聖女様のお話を思い出してください。ただ、ただ国民の為、力を尽くして魔王の封印に成功した初代聖女様は、もちろん淑女の振る舞いが出来る訳もなく、貴族だから、平民だからと区別して守っていた訳でもありません。それが聖女様の核となる気持ちなのではないですか?」


「確かにそうだけど……今は聖なる力を持つ者は貴族に組みされ、考え方も振る舞いも貴族のそれが求められるし……はぁ……やはり私には難しいわ」


「お嬢様、そんな弱気なお嬢様なんて、お嬢様らしくありませんよ!」


「お嬢様、お嬢様って連呼されてもねぇ」


「なら、尻尾を巻いて逃げ出しますか?アナベル様に背を向けて?ウィリアム様をみすみす手放すのですか?」

痛いところを突いてくる。

こんなにグダグダ言っていても、私がここに留まり続ける理由。それはあの、アナベル様に負けたくないという気持ちが大きい。学生時代に馬鹿にされた事を忘れはしない。私は意外と根に持つタイプだ。

それに……ウィリアム様の事も……。それともう一つ、私には大切な思いがある。


「逃げないわよ。だって……私をここまで育ててくれた……お父様とお母様に悪いもの」


「お二人は……例えお嬢様が聖女になれなくてもお嬢様への気持ちが変わる事はありませんよ」


「分かってるわ。二人がそんな人間ではないって。きっと聖女になれないまま家へ戻っても、笑って許してくれるでしょうね。でも、それは努力してダメだった場合だわ。途中でリタイアするのは……この聖女保護プログラムに手を挙げてくれた二人を裏切る事になるから……」

そう言う私にアメリは笑顔で、


「まぁ、気負わずともお嬢様は聖女としての力を十分に持っています!さぁ、出来ましたよ!」

と私の肩をポンポンと叩いた。


「じゃあ……行ってくるわ」

私は渋々椅子から立ち上がり、アメリに一言いった。


「ねぇ……筆記試験って本当に聖女に必要だと思う?」

そんな私にアメリはまた苦笑いした。



最終試験まで後二日となった。まだ王都には現れていないが、魔物の数は日に日に増えている。

今回の試験は王都を少し離れて森の方へと向かう。

最終試験は正真正銘の『魔物退治』だ。正直……まだ私達は魔物と対峙した事はない。本や司祭様の話だけで理解した気になっているが、実際目の当たりにしたら、私はきちんと力を発揮する事が出来るのだろうか。


遠出になる為、今から馬車で試験会場となる森へと向かう準備をしていた時だった。


「すみません。出発時間を早めます」

助祭の方が部屋に訪れてそう告げた。


「どうされたのですか?」

アメリが心配そうにそう尋ねる。


「道中、この前の雨で崖崩れを起こしている場所がある事がわかりました。迂回しなくてはなりませんので。そうしないと試験が二日後の昼間に出来なくなります」

私はその言葉に助祭に申し出た。


「あの……どうして昼間に拘る必要が?魔物は夜に活動的になります。実際、魔王の封印に向かう時には昼も夜も関係ない。ならば夜に試験を行う方が合理的です」


「そ……そう言われましても……」

助祭は私にそう言われ、困っていた。


「せめて私の意見を大司教様にお伝え下さい。私は大司教様の判断にお任せします」

そう言いながらも私は心の中で『夜!夜!絶対夜!』と声高らかに主張していた。

魔物退治なんてやった事はないけれど、私の力は攻撃に特化している上に、夜なら百パーセントの力を発揮出来る。

現在の私の順位は三番目。レオナ様、アナベル様、そして私。それがこの最終試験に向かう三人だ。

正直、レオナ様とアナベル様は力、成績共に拮抗しており、私だけが少し水をあけられた状況だ。ここで力を発揮しなければ、馬鹿馬鹿しいと思いながらも乗り越えた、テーブルマナーの試験も、ダンスの試験も、何故かこの国の歴史を答える試験も、他国の言語の試験も全てが無駄になってしまう。

私は自分の養父母の顔を思い浮かべていた。

此処に来る前に『自分らしく頑張りなさい』と声を掛けてくれた二人を。

きっと二人は私が聖女になれなくとも『頑張ったね』と褒めて温かく迎えてくれるだろう。だけど、それでは私は二人に何も返せない。感謝を伝える為にも聖女になる為に出来る事をやる。それだけだ。






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