「ウィリアム殿下!是非私と最初に踊って下さいませ!」
甲高い耳障りな声に私は我に返った。そうだ……ダンスの試験だった。
私は笑顔でウィリアム様の前に進み出たアナベル様を見た。
「やぁ、アナベル嬢。参ったな……僕には試験の順番を決める権利はないんだが……」
そう言いながら、少し困った表情を浮かべるウィリアム様は、助けを求める様に試験官へと視線を投げた。
試験官はそっと溜め息を吐く。
「……では、現在の成績の上位順に試験を行う事にしましょう」
試験官の言葉に私は目眩を覚えた。成績順?上から?嘘でしょう?
その言葉の通りなら私は三番目。あぁ……心の準備が全く出来ていない。
まずはアナベル様が踊り始めた。さすが公爵令嬢。嫌な奴だけど、とても優雅でウィリアム様のリードもスムーズだ。
あぁ……ウィリアム様の足を踏んでしまったらどうしよう。というか、あんな近くで向き合って踊るなんて、私には無理だ。
どうしよう……お腹が痛いと言って逃げ出してしまおうか。
そんな子どもじみた事を考えてしまう程、私は緊張していた。
子どもの頃は何も考えず、握手なんてしてしまったけど、あの後からは、極力近づき過ぎない様に過ごしていた。
……あれ?そういえばデビュタントの時に私と踊ったのはロナルド様だった事を思い出した。
まぁ、お陰で緊張せずに済んだのだから、感謝しかない。
ロナルド様の足を踏んだ気がするが、然程大騒ぎにもならず私がデビュタントを終える事が出来た事にもお礼が言いたいぐらいだ。
ふと、ここで私は不安になってきた。もし私がウィリアム様の手に触れてしまったら……あの眩い光がまた発せられてしまうのだろうかと。そんな事になれば、ダンスの試験どころではない。処罰なんて事になったりしないのだろうか……ただダンスの試験というだけでも嫌だったし、ウィリアム様が相手と言われて、ますます緊張していた所に新たな問題だ。私の頭は半ばパニックになっていた。
……よし!パートナーを替えてもらおう!それがこの状況を打開する、唯一にして最上の答えだ。
私は意を決して試験官にそう告げようと決心した所で、
「やぁ、クラリス。久しぶりだね。最近はお茶会に顔を出してくれていなかったから……」
と言って、既にウィリアム様が私の目の前に立っていた。
流石に本人の前で『パートナー替えてください!』などと言える訳もなく、私は怖怖とウィリアム様が差し出した手にそっと自分の手を重ねた。思わず目を瞑る。
「クラリス?どうかした?」
ウィリアム様の声に私は薄っすらと目を開けて確認する。
私とウィリアム様との間には何の変化も見られない。今回は何も起こらなかった様だ。その事実にホッとしたのも束の間、今度はウィリアム様の手に触れているという事実に改めて緊張してしまった。
結果から言おう。ダンスの試験は散々だった。
「だから練習してくださいとあれほど言いましたのに」
アメリが『ほら見た事か』と言わんばかりに私に言った。
教会で私に与えられた一室。一室と言っても寝室と侍女の部屋が続きにあるので、実質三部屋が聖女候補者の各々に用意されている。しかし、逃げ場はない。私は侍女としては若干……いや、結構態度の大きなアメリに責められるままになっていた。
「ウィリアム様が相手なら、どんなに練習してても無駄よ。緊張でどっちにしろ失敗してたわ」
「でも練習していれば『足を踏んでしまうかもしれない』という恐怖からの、あのヘッピリ腰の様ななんとも無様なダンスは踊らなくても良かったのではないてすか?」
侍女と令嬢というには気安すぎる関係の私達だが、これは私が願った事だ。
急に貴族の養女となった私は、あまり恭しく扱われるのに慣れていない。蝶よ花よと育てられた人間では無い為、そう扱われるのにむず痒い感じがして、アメリには友達の様に接して欲しいとお願いしていた。
アメリも最初は戸惑い困惑していたが、結局は私の願いを聞き入れてくれたのだった。
この聖女試験に臨むとなった時、いの一番に私に付いて行くと言ってくれた。今では頼れる少し歳上の姉の様な感覚なのだが……
「だって……ウィリアム様の足なんて踏んだ日には……えっと……ほら東洋の国で言う……『ハラキリ』?をしなきゃいけなくなっちゃうわ」
「ロナルド様の足は散々踏んでも処罰されなかったのにですか?ウィリアム様もそんな事で怒りゃしませんよ」
「…………」
こうして歯に衣着せぬ物言いに、言い負かされる事もしばしばだ。
「何にせよ、この試験は不合格ね」
私が溜め息を吐けば、今まで私のドレスを片付けていたアメリが、何かの紙を手に私の元へとやって来た。
「追試があるそうですよ。今度はしっかり練習して臨んで下さいね」
私はその言葉に目の前が暗くなる感覚を覚えた。