「まぁ……なんて失礼なの?ウィリアム様の悪口を言うなんて……」
周りを取り囲んだ令嬢達もヒソヒソ、コソコソと耳打ちだ。感じが悪いったらありゃしない。
それに私は事実を言っただけで、ウィリアム様の悪口を言ったつもりもない。
「ねぇ、もう行って良いかしら?昼休みが終わってしまうわ」
私は取り囲んだ令嬢達の間をすり抜けて、この輪の中から出ようとした。
その時、ドサッ!!
「痛っ!」
誰かが私に足を引っ掛けた。
見事に地面に転んだ私は見下ろしている令嬢達をキッと睨んだ。
「クスクスクスクス。クラリスさん、前を向いて歩かないと危ないわよ?」
アナベル様は笑いを堪えきれない様だ。
それにつられるように、周りの令嬢達もクスクスと笑う。
私はそんな視線に負けたくなくて、すっくと立ち上がってスカートに付いた土埃をパンパンと手で払った。
「……くだらない。聖女って……力さえあればなれるの?心が汚くても?」
私の言葉にアナベル様の顔がスッと無表情になる。
「聖女ってね……卑しい血の流れる女はなれないのよ?」
アナベル様の声は冷たい。
「あら?初代の聖女様は平民だったと記憶してるけど?」
多分、私達の間には見えない火花が散っていた事だろう。周りの令嬢達も若干引いている。
私のその言葉に答えることなく、アナベル様は私の肩にわざとぶつかる様にして、その場から立ち去った。
取り巻き達もそれに付き従うかの様にアナベル様の背中を追って私の周りから居なくなった。
「ったく……面倒くさい」
もう一度スカートの砂を払って、私は歩き出した。
アナベル様が聖女の……そして未来の王妃の座を狙っているのは間違いないし、彼女はそれを隠そうともしていない。
我が国の二人の王子。その二人のどちらかが王太子に……そして後に国王陛下になるのだが、周りの評価としてはウィリアム様が一歩も二歩もリードしているといった雰囲気だ。だって第二王子は……
「女って怖えーな」
私が歩いていると、木にもたれかかる様に腕を組んで立っていた男子生徒が声を掛けて来た。
「ロナルド様……見ていたのなら助けてくれても良かったのですよ?」
私は足を止め、この国の第二王子であるロナルド様に向き直ってそう言った。
「マジで勘弁な。女同士の諍いなど怖くて口も出せないし」
「……面白がっていますよね?」
クラスメイトでもあるロナルド様を私は睨んだ。しかし、飄々としたロナルド様はどこ吹く風だ。
「別に?ただ兄さんは相変わらず、おモテになるなぁって感心してたんだよ。だが、兄さんが王太子になるって決まった訳じゃないのに、まるでそれが既定路線の様に話されるのは面白くないな。俺の存在は無視か?」
「私はそうは言ってませんけど?」
「確かに。お前だけはそう言わなかった」
「そんな早くから見ていたのなら、尚更助けたら?」
クラスメイトという事も相まって、ついつい砕けた口調になってしまった。まぁ……元々平民であった私は「〜ですのよ。オホホホホ」みたいなやり取りが苦手だ。
「なぁ……お前は兄さんの方が王太子に相応しいと思うか?」
ウィリアム様が王太子に相応しいという声が多くあるのは私も理解しているし、私も納得する部分はある。だが……
「立ち振舞いとしてはウィリアム様は相応しいと思うわ。勤勉で真面目。優しさもあるし貴族達の受けは良い。……でも国王ってそれだけで務まるのかしら?」
正直、私は平民の出身だ。しかも孤児。そんな私から見れば国王陛下は貴族の機嫌ばかりを気にして、下々の者達の事を真剣に考えてくれているのか?と疑問に思った事は一度や二度ではない。
ウィリアム様はその陛下の血を色濃く継いでいる事も確かだった。
「ふーん……お前と俺は同意見の様だ」
「同意見?」
「兄さんは確かに『王族』って感じの考え方だ。国を豊かにする……その考えは俺と同じだが、焦点を当てる場所が違う。貴族の役割は確かに大きいが……それ以上に国力を上げるには国民全員の力が必要だ」
「……じゃあ、自分の方が王太子に相応しいと?そう思っているって事でしょうか?」
「そうだ。俺はこの国をもっと笑顔の多い国にしたい。その夢を実現するには……俺が国王になった方が良いって事だよ」
最後の言葉は少し茶化す様な物言いだったが……これがロナルド様の本心なのだという事は良くわかった。
「ならばもう少し真面目にお勉強なさったら如何です?馬鹿は国王になれませんよ?」
「お前に言われたくないね!」
「はぁ?私は元々孤児で、何にも勉強してこなかったんだから仕方ないじゃないですか!これでも必死なんです!!」
お互い痛い所を突かれて少しムキになってしまう。クソッ!言わなきゃ良かった。
しかし後悔しても遅い。お互い少し睨み合った後、顔を見合わせて同時に吹き出した。
「プッ!」
「フフフフフ」
「こんな所で俺達が言い争っていても仕方ない」
「ですね。あ!早くしないと昼休み終わっちゃう!」
そう言った私に、ロナルド様はハンカチを差し出した。
「転けた拍子に怪我でもしたんじゃないか?手のひらから血が出てる。傷を洗ってこれでも巻くと良い」
そう言ったロナルド様は私の手にハンカチを無理矢理握らせると、去って行った。
私はハンカチを握っていない方の手のひらを開いた。大した傷ではないが、血が滲んでいる。
私はロナルド様が去って行った方角へ視線を向けた。もうそこに彼の姿はないが、不器用な優しさを感じて、少し心が温かくなった。