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第3話

私と第一王子であるウィリアム殿下との出会い。それは今から六年程前になる。


十二歳の頃。突然私の右肩に聖なる証が現れた。孤児院から直ぐ様私は教会に連れて行かれ、銀の盆に乗った水に手を浸せと言われたのを覚えている。

私は自分の身に何が起こっているのか分からず、恐怖と戸惑いの中言われるままその水に手を浸した。その途端……水が光を放ち、全て蒸発したのだった。

それが聖なる力を証明するものだという事は後から知った。

あれよあれよと言う間に私はウォルフォード侯爵の養女となっていた。

侯爵の養女となって三ヶ月程が経った頃、私は他の令嬢達に交じって王家のお茶会に招かれた。

大人になって気付いた事だが、あれは一種のお見合いだったのだろう。王子と聖女候補との。

いずれこの国の王となる王子と、王妃になる可能性がある聖女候補者達。王家としては絶対に聖女と王子を結びつけたかったのだ。

正直、この国に戦争を仕掛ける国がないのは、聖女の存在が大きい。

そう……魔王がいるこの国ではあるが、同時に聖女という唯一無二の存在も手にしている。聖女をこの国に留め置く事も王家の大切な仕事なのだ。


あの日、私は場違いな場所に戸惑っていた。

三ヶ月前に貴族の仲間入りをしただけの私にはお茶会での上手な振る舞いなど出来ず、皆の輪にも入る事が出来なかった。


「あれ?君は皆の所に行かないの?」

その男の子は、皆から離れて庭の花々を見ていた私に微笑んだ。

「うん……。何話していいかわからないし」

皆、まだ十代前半の少女だというのに、既に貴族令嬢としての風格が備わっていて、私だけが浮いていた。皆の張り付いた様な笑顔が怖い。


「君……名前は?」


「クラリス……クラリス・ウォルフォード」

三ヶ月前に突然ついたファミリーネームをたどたどしく答える。


「ウォルフォード侯爵の養女になった娘か!なら君も聖なる力を持ってるんだね」

私はコクンと頷いた。


このお茶会では聖女候補以外のご令嬢もいたが、明らかに聖なる力を持った少女達が威張り散らしていたので、私はその仲間だと思われるのが少し恥ずかしかった。


「そうか!凄いね。なら僕の将来のお嫁さん候補かもしれないね!僕の名前はウィリアム。よろしくね」

明るいプロンドに水色の瞳の少年は、そう言って私に右手を差し出した。

私はおずおずとその手を取る。すると、握った手から眩い光が放たれる。

「わっ!!」

「キャッ!!」

思いがけない出来事に二人とも驚いて咄嗟に手を離した。


「い、今の何?」

ウィリアム殿下が自分の手を不思議そうに見つめながら私に尋ねるが、私も初めての経験でわからない。

それより、他の誰かに見られていたら、私が王子を害そうとしたと思われるのではないかと、私は途端に怖くなった。


「わ、分かりません!!」

私はその場から逃げる様に駆け出した。


「ま、待って!」

ウィリアム王子の戸惑った様な声が聞こえたが、私は誤解される事を恐れて、そのままお茶会にも戻らず、その場から走り去ってしまった。


その後も何度か王宮でのお茶会に招待されたが、私は他のご令嬢達と馴染めないままだった。

昔孤児院で一緒だったジェーンが出席している時が、私には少し自分らしく過ごせる時間だった。

王子と聖なる力を持った聖女候補のご令嬢を子どもの内から顔見知りにさせ、良い関係を築いて欲しい……そんな思惑があったのだろうが、その考えは上手くいっていた。


令嬢達は聖女となればいつの日かこの王子達に嫁ぐのだろうと、無意識にも刷り込まれていた様だった。

こんな事を言っている私も……いつの間にか第一王子であるウィリアム様を目で追うようになっていた。彼は、中々皆と馴染めない私に気遣って、良く話しかけてくれていた。


「クラリス、これ食べてみて。凄く美味しいから」

「クラリスはどんな花が好き?僕はやっぱり薔薇が好きだな。王宮には薔薇園があるんだ」

別に特別私に優しくしている訳ではなく、ウィリアム様は皆に優しかった。そう……私が特別な訳じゃない。




「貴女……調子に乗らないでね」

アナベル様がそう私に言って来たのは、学園の中庭だった。

十五になると、貴族の子どもは学園に通わねばならず、私も多分に漏れず通っていた。


「調子に?何の話?」


「ウィリアム様の事よ。貴女みたいにこれ見よがしに『孤立してますぅ。私可哀想でしょう?』としている子を放っておけないだけよ。特別だと思わないで」

アナベルとその取り巻き共に囲まれた私はため息を吐いた。


「別に特別だなんて思ってないわよ」

本当にそんな事は思っていない。ただ彼の優しさが嬉しかったのは事実だ。

孤児だった私が聖なる力とやらを持っているというだけで、急に貴族の仲間入り。戸惑ってばかりの私に気遣ってくれたウィリアム様に感謝している。


「嘘おっしゃい。いつもウィリアム様の隣に座って。貴女の魂胆は分かってるのよ?」


「魂胆?何の話?」


「王妃を狙っているのでしょう?」


「馬鹿馬鹿しい。聖女に選ばれた訳でもなければ、ウィリアム様も……王太子に選ばれた訳ではないわ」

確かに現聖女様の年齢を考えると、世代交代が起こっても仕方ないと思っているが、それを口にするのは憚られる。まるでそれを願っているかの様に思われるのは嫌だった。



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