朝起きて、直ぐにため息を吐く。
今日は苦手なダンスの試験。
アメリに励まされて試験会場であるダンスホールにやって来たが、気が重い。
「クラリス様、顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
私の前にピンク色の髪の毛に金色の瞳、ふわふわとした綿菓子の様な令嬢が、心配そうな様子で立っていた。
「レオナ様、ご心配ありがとうございます。ダンスに自信がないので、不安になっただけです」
私は貴族特有の貼り付けた様な笑顔を返した。
「まぁ、そうでしたの。でもクラリス様は手足が長いので、きっとダイナミックで優雅に見えますわ。それにダンスは一人でするものではありません。パートナーのリードにお任せすれば大丈夫ですわ」
おっとりとしたレオナ様にそう言われて、私は何となく力が抜けた。
レオナ様は貴族のご令嬢ながら、誰に対しても平等に優しく、聖なる力もかなりのポテンシャルだ。正直、今残っている候補の中で、一番『聖女』という名に相応しいと思う。
裏表のない彼女は私にとって、この殺伐とした聖女試験の一服の清涼剤の様な存在である。
この聖女試験が始まってもうそろそろ十日程経つが、最初五十人程居た候補者も既に三分の一程度に減っていた。
まぁ……一日目の力の測定で十五人が脱落したのだが。
「皆様、ご機嫌よう」
そう言いながら、最後にこのホールに笑顔で登場した人物。この聖女試験に臨むご令嬢の中では最も身分の高い『アナベル・ローナン公爵令嬢』
この人物もレオナ様とは違う理由で聖女に最も近い人物と言えよう。
まずは身分。公爵令嬢という恵まれた境遇であり、尚且つこの国の宰相の娘だ。
宰相の娘が聖なる力を持って生まれたと分かった時には、皆が口々に『試験などせず、アナベル様を聖女にして、ゆくゆくはこの国の王妃に!』と言っていたんだそうだ。
その筆頭が父親であるローナン宰相なのだから、何となくそれで良いかもな……という雰囲気が生まれたらしいが、流石に実力があるかどうか分からない者に聖女を任せられないという、至極真っ当な答えを出した陛下に、皆は我に返ったという。
……権力とは恐ろしいものだと、私はこの話を養父母から聞かされてつくづくそう思った。
うちの養父母である、ウォルフォード侯爵は身分で言えば侯爵とかなり高い身分であるが、何となくのんびりとした人の良い夫妻だ。
『聖女保護プログラム』に手を挙げた理由は、自分達に実子が居ないから。しかし聖女候補を養子にした所で私は女。跡継ぎにはなり得ないのに……そう質問したら『だって女の子が欲しかったんですもの』と養母は笑って答えた。
私が十五になり、貴族の通う学園への入学が決まった年に、養父母は親戚筋の伯爵家から養子を迎えた。私より二つ歳下のロイは賢く聡明な子であった。……根暗だけど。
最後のアナベル様が入室して直ぐに、試験官がやって来た。
「皆様、今日はダンスの試験となります。本来ならば私がお相手を務めるところなのですが……今日は特別ゲストがいらっしゃっていますよ」
試験官が私達の前でにこやかに挨拶をした。そして扉の方へと手のひらを向けると、重々しい扉が開き、そこには……
「まぁ!ウィリアム王子だわ!」
「第一王子よ!まさかダンスの審査員?それとも」
「もしや、お相手して貰えるのではない?キャーッ!どうしましょう」
聖女候補者達が皆、浮足立つ。
扉を開けた先にはこの国の第一王子である、ウィリアム王子が立っていた。
王子は爽やかな笑顔と共に私達の前まで来ると、こう言った。
「皆さん、こんにちは。今日はダンスの試験だと聞いて僕に相手を務めさせて貰おうとここにやって来ました。
皆様の中から未来の聖女が選ばれる。王家と聖女の縁がとても深いのは、ご存知の通りです。これからダンスを踊る機会もあるというもの。これはその予行練習だと思って下さい」
その言葉に皆が黄色い声を上げた。
反面、私は足がガクガクと震え始めていた。ダンスの試験だというだけでも気が重かったのに……相手がウィリアム王子とは……緊張して手まで冷たくなって来た。どうしよう……。