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煩悩

「ああ、なんてことだ・・・」

 ぼくが苦しみ悩んでいると、知らない間に背後に痩身の見知らぬ男性が立っていた。

「なにを悩んでいるのだ?」

 男の坊主頭で上等な袈裟けさに身を包んでいた。どこかの高貴なお坊さんのようだった。彫刻のほどこされた豪華な噴水のように柔和な微笑みを満面にたたえている。

「だ、誰ですか?!」

 ぼくは慌てて抱えていた頭を上げた。

「ゴータマ・シッダッタです」

豪玉ごうたま知ったるだ?なにそれ」

「日本では釈迦しゃかと呼ばれております」

「ああ。お釈迦さまか・・・・・・え、なんで?」

 ぼくは眼をむいた。

「なんでって、あなたが呼んだのでしょう」

「いや、たしかに神さま仏さま・・・・・・とは言いましたよ。でもいきなりお釈迦さまが目の前に現れるとこっちはビビッちゃいますよ」

「これは失礼」男は森林のような静けさで笑った。「ところであなた、今日は何の日かご存じかな?」

 ぼくはテレビを指さした。

「紅白歌合戦をやってます。大晦日です」

「ではなぜお寺に行かないのです?」

「なぜって・・・・・・もしかして除夜の鐘でもきに行けとおっしゃるのですか?」

 お釈迦さまは静かに微笑んで頷いた。

「お見受けしたところ、あなたは煩悩のかたまりのようですね」

「はあ・・・・・・(余計なお世話です)。ところで煩悩っていうのは108つもあるって本当ですか?」

「いい質問です。ご説明いたしましょう」

 お釈迦さまが空間をなぞると、そこに黒板のようなものが現れた。まるでテレビのイリュージョン番組をみているようだ。

「人の感情を揺さぶるものは6つ・・・見る(眼)、聞く(耳)、嗅ぐ(鼻)、味わう(舌)、触る(身)、感じる(意)。そして感情の起伏が、快感(好)、不快(悪)、平常(平)の3つ。さらに心に影響を与える環境が綺麗(浄)と汚い(染)の2つ。最後に悩みを時元的に捉えると、現在、過去、未来の3つあります。以上の煩悩が組み合わさると、6×3×2×3で108になるのです」

「なるほど。それが鐘を撞つくことによって消え去ると」

「いいえ。人の煩悩は決して消すことはできません。煩悩があるからこその人間なのですから」

「じゃあ鐘をく意味がないじゃないですか」

「あります」

 釈迦は手を合わせた。「金、権力、美貌など、いくら欲しいものが手に入ったとしても、人は本当の意味で幸せにはなれません!」

「それ、全部ぼくが欲しいものですけど」

「外側がどんなに満たされても、人は幸せにはなれないのです」お釈迦さまは悲しい顔をした。「人が幸せになれない原因はあなた方の内側にあるのですから」

「じゃあ結局どうすればいいのですか?」

「煩悩と折り合いをつけて上手につき合って行くことです。除夜の鐘は煩悩に満たされた心を一旦リセットして、その準備を整えるために行うものです。そうすればあなたは日々幸福で満たされることでしょう」

 そこまで言い終えると、お釈迦さまの姿はまるでそれまで観ていたテレビのスイッチを切ったかのようにプツンと闇にかき消えてしまった。


 夢だったのだろうか・・・・・・。


 そう言えば、年越し蕎麦が食べかけだった。ぼくは慌てて目の前のたぬき蕎麦をすすった。

 ん、たぬき?


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 とりあえずぼくはお釈迦さまに言われたとおり、近くのお寺に除夜の鐘を撞つきに行くことにした。

 除夜とは古い年が新しい年に押しのけられることなのだそうだ。ぼくは心の底に響く鐘の音を聞きながら清流のように清らかな気持ちになって帰宅したのだ。


 翌朝ぼくは心も新たに、パチンコ屋に行って初打ちをした。すると昨日まで頭を悩ませていた昨年の負けをすっかり取り戻すことができたのだ。

 ぼくは思わず快哉かいさいを叫んでいた。

「さすが“豪玉知ったるだ”!」


 遠くでかすかに「ポーン」という、たぬきが腹鼓はらづつみをたたく音が聴こえたような気がした。

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