「ただいま」
パパとママが外出先から戻ってきた。
「あら」部屋に入るなりママがあきれた顔で言う。
「またそのお人形と遊んでいたの?」
「先日買ってあげた新しいおもちゃはどうもお気に召さないらしいね」
父がコートをハンガーに掛けながら苦笑する。
人形の名前はポポという。この人形だけが、ぼくの唯一の遊び相手だったのだ。とくに家が貧乏だというわけでもなかったのだが、なぜだろう、このクタクタの人形が妙に気に入ってしまったのである。
ぼくは小学生になると町のリトルリーグに入った。ぼくはあまり運動神経がよくなかったが、たまに監督がお情けで起用してくれる。
ぼくは遠投ができないので外野には回されず、その日はショートを守らせてもらうことになった。ところがその日ピッチャーの配球が甘く、思い切りバッターに打ち返された鋭いボールはぼくの正面に飛んできた。地面にバウンドしたボールは、もろにぼくの左目に当たってしまった。ぼくはその場で倒れ、救急車で病院に運ばれた。
病院に着いて医師の診察を受けたが、軽い打撲程度という診断だった。
「この程度で済んでよかったな」と、パパが胸を撫で下ろした。
「もう、野球なんてやらせるからよ」
母は眉をひそめた。
家に帰るとぼくはあることに気がついた。人形のポポの左目が潰れていたのだ。その晩ぼくはポポを抱きしめて眠った。
ある日ぼくは交通事故に遭遇した。横断歩道を渡っていると、一台の車がスピードを落とさずにぼくを跳ね飛ばしてしまったのだ。このときもぼくは軽傷で済んだ。それでも一応ひと晩病院に泊まることになった。
翌日ぼくが家に帰ると、ポポのお腹が裂けて中の綿が飛び出していた。ぼくは居間に行って、ママの裁縫箱をこっそり借りてきて、涙で滲んだ眼をこすりながら見よう見まねでポポのお腹を縫合したのだった。
翌日ぼくが学校から帰ってくると、いつもの場所にポポの姿がいなかった。ママに尋ねると冷たい返答が返ってきた。
「ああ、あの人形。もうボロボロで汚かったからゴミと一緒に出しといたわよ。もっといいものをパパに買ってもらえるように頼んでおいたからお楽しみにね」
「ママのバカ!」
ぼくは部屋に戻って号泣した。
その晩ぼくは神様にお願いした。
「一生に一度のお願いです。どうかポポを返してください。あとはもう何もいりません」
翌朝枕元にポポが戻っていた。ぼくは驚いてポポを抱きしめた。
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「おはよう。浩、今日はサッカーの試合だろ」
「早くしないと遅刻しちゃうわよ」
ぼくは息を呑んだ。
ダイニングに座っていたのは、ぼくのまったく知らないおじさんとおばさんだったからだ。