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世界でもっとも恐ろしい生物

 わたしの名前はジャクソン・カー。蚊である。

 とある公園の水たまりで産湯を使い、現在最大の軍隊を率いている一大勢力の大将である。

 たかが蚊じゃないかと侮あなどるなかれ。あなたは人命を奪う殺人生物ベスト5を知っているか。

 5位は年間1万人の犠牲者を出すワニなどがいる。4位はあなたの身近にもいるだろう。なんと犬だ。年間2万5千人が死んでいる。狂犬病は恐ろしいぞ。栄えある3位はヘビだ。毎年5万人が噛まれてあの世行きだ。そして2位は何だと思う?何を隠そう、お前たち自身だ。戦争やテロで約50万人の人間が死んでいる。

 さあ、もうお分かりだろう。世界で最も人間を殺しまくっている生物。年間70万人以上もの犠牲者を出すわれわれ蚊が、この世で一番恐ろしい生物なのだ。

「どうだ、恐れ入ったか。マラリアやテング熱をお見舞いしてやろうか」

「隊長。さきほどから何をひとりでおっしゃっているので?」

 ペパー中尉が不思議そうな顔をしてわたしを見る。

「いや、ひとり言だ。ところで次のターゲットは決まったのか?」

 わたしはホバリングをしてペパーと対峙した。

「あの、ベンチで昼間からビールを飲んでいる中年の男性はどうでしょうか」

「血液型は」

「B型です」

「そうか。願わくばO型が理想なのだが、まあいいだろう」

 われわれ蚊軍団には、ターゲットにしやすい血液型があるのだ。1番がO型、2番がB型、3番がAB型、最後がA型だ。

 O型はボーっとしていて蚊に刺されても気がつかない奴が多い。そして気がついたとしても、まあいいや的な感じでわれわれに復讐しようとしないおおらかさが好印象なのだ。

 B型は気が散っているやつが多いから、その隙にこっそり血をいただくことができる。

 一番警戒しなければならないのは、執念深いA型の人間だ。あいつらは刺されたと知るや、どこまでもわれわれを抹殺しようとするから要注意だ。

「それに大将。やつは酒を飲んでいます。われわれにどうぞ刺してくれと言っているようなもんです」

 アルコールを飲むと、身体から二酸化炭素が吐き出される。われわれはその匂いが大好きなのだ。哀れベンチの男はたっぷりとわれわれの餌食になってしまったのだった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 しばらくすると雨が降りはじめた。

 そこで我々は一旦お寺の本堂に逃げ込むことにする。そこには袈裟けさを着た和尚がお経を唱えて座っていた。眉も髭も真っ白な、痩せ細った坊主だった。

「お主たち、雨宿りか」

 なんと和尚が振り向いたではないか。

「貴様、われわれがわかるのか?」

 わたしは和尚を鋭い眼光で睨みつけた。

御仏みほとけに仕える身だからな。お主たちは、人間よりも強いのだろう」

「ほう。よく知っているな」

「“カ”を英訳すると“パワー”だからのう」

「おお和尚、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」

「あなた方には、いかなる者もかなわぬよ。降参じゃ。神仏と同じ扱いをさせていただくよ」

「なんと・・・・・・神仏と同じ扱いとは好待遇だな和尚」

 和尚はニッコリ笑うと、線香を焚きだした。紫煙がゆらゆらとあたりに漂うと、和尚はふたたびお経を唱えはじめた。

「おお、なんというぐわしいかおりだ。まるで黄泉よみの国にいざなわれるようではないか」

 カーの軍隊は次々と眠りに落ちて行くのだった。

「ありがたい。ありがたい・・・・・・」

けむに巻くとはまさにこのことじゃ」和尚が片目を開けてつぶやいた。

 和尚の点けたのは、線香は線香でも『蚊取り線香』だったのである。

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