「いつものところで8時過ぎに待っているよ」
「分かったわ」
「今日は何を食べに行く?」
「そうねえ。たまには和食もいいわね」
「オーケー、いい店を探しておくよ」
ぼくの彼女はデパートの洋服売り場で働いていた。
彼氏のぼくが言うのもなんだが、スタイルがいいので洋服売場を任せられているのだと思う。彼女の勤務はだいたい夜8時過ぎまでだ。
ぼくらはそれから待ち合わせをして、レストランやバーで軽く食事をするのが毎日のルーティンだった。
ところがその日を境にして、彼女が待ち合わせ場所に現れることはなかった。携帯電話もつながらない。なにか事件にでも巻き込まれたのではないだろうか。
意を決してぼくは売り場を訪れた。やはり彼女の姿は見当たらない。彼女の同僚がなにか知っているかもしれない。まさか、ぼくに黙ってデパートを辞めたとか、転勤とかしていたりすることはないだろうか・・・・・・。もしかしたら、病気で休んでいるのかもしれない。
「すみません。
ぼくは近くにいた女性店員を捕まえて訊いた。
「沼宮ですか・・・・・・。少々お待ちください」
年配の店員は奥の男性社員となにやらこちらを見ながらコソコソ話しをしている。店員は済まなそうに戻ってくると言った。
「当店にそのような者はおりませんが」
「過去にも?」
「はい。以前からそのような者は・・・・・・」
ぼくは混乱した。
その時である。ひとつのマネキン人形が目に留まった。洋子に生き写しだった。ぼくは近づいて行って、マジマジとそのマネキンを
「これはいったい・・・・・・」
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この謎を解くため、ぼくはデパートで夜勤のアルバイトに応募した。
特設売場の設営係である。設営は営業終了後に行われる。休憩時間ともなると、ぼくは飲み物を買いに行くふりをして洋子に会いにいった。
「洋子・・・・・・」
もちろん返事が返ってくることはなかった。
ある日、いつものように設営をしているとけたたましく火災報知器が鳴り始めた。地下食品売場から火災が発生したのである。全員が避難を開始する中、ぼくは洋服売り場に走った。そして洋子を抱きかかえると、一目散に階段を駆け下りたのだ。
デパートの社員通用口では、盗難防止用に持ち物検査が行われるのだが、非常時ともなれば別である。ぼくはマネキン人形をかかえながら、難なく洋子をデパートの外へ運び出すことに成功したのであった。
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それからというもの、ぼくの部屋にはいつも洋子がいた。
彼女とぼくはいつでも瞳を見つめ合った。そしてぼくは彼女の髪を撫で、唇を重ねた。ときにはブラウスのボタンをひとつひとつ外すこともある。そして下着も・・・・・・。
その後ぼくは自分の部屋を『人形の家ドールハウス』と呼ぶようになった。
ぼくは毎晩、彼女が一日でも早くもとの人間に戻れるように神様にお願いをした。「そのためなら、なんでもします」と・・・・・・。
ある朝、突然彼女が目を覚ました。念願かなって、とうとう洋子は生身の人間に戻ることができたのだ。するとどうだろう、今度はぼくの身体がまったく動かなくなってしまっていた。
「あら。ここはどこかしら?あれ、容平じゃない。おや・・・・・・容平にそっくりなマネキン人形か」
洋子は腕を組んでしばらくぼくを眺めていた。
(洋子、人形なんかじゃないよ。ぼくは本物の容平だ)
「・・・・・・なんだか無性にむかついてきた!」
そう言うと洋子は僕の首をもぎ取ると、まるでサッカー・ボールか何かのように、力まかせに壁に向かって蹴り飛ばしたのだった。