『ペンは剣よりも強し』とは、イギリスの劇作家リットンが書いた劇中の言葉である。現在では“文筆で表現した言論や思想は、武力よりも影響力を持つ”という意味で使われている。
しかし実際のリットンの劇では、武器を持つことのできない
だから現代に伝わったものとは若干意味合いが違うのである。
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クーデターの難を逃れたリシュリーは、ホテルの部屋に入るなりポーターに扉を施錠させた。
「ふう。危ないところだった」
「リシュリー様。すぐ近くに追手が迫ってきているそうですが・・・・・・」
「ああ。わかっておる」少々たれ目のリシュリーは口ひげをいじりながらをポーターに言った。「だいじょうぶだ。わたしにはこれがある」
そう言うと、リシュリーは懐から1本のペンを取り出して見せた。
「ペン・・・・・・でございますか」
「そうペンだ。だがこれはただのペンではないぞ。このペンに入っているのは魔法のインクなのだ」
「魔法ですって。リシュリー様、このような状況でご冗談など・・・・・・」
「冗談などではない。これは正真正銘の魔法のペンなのだ」
そのとき誰かがドアを叩きだした。
「我々は正規軍だ。このドアを開けろ!開けないとたたき壊すぞ」
「ひえ!」ポーターが恐れおののいている。「リシュリー様、いかがいたしますか」
リシュリーは落ち着いてドアに近づいていくと、ドアの前の床にペンで大きく円を描き、中心に“穴”と書きくわえた。ポーターがぎょっとしてその様子を見ていた。リシュリーはきっと恐怖で気が触れてしまったのに違いない。
ポーターは戦闘の巻き添えを食わぬように寝室に飛び込もうとした。
「ちょっと、この窓を開けてくれ」
リシュリーは窓をこじ開けようとしていた。飛び降りるつもりなのか。ここのフロアは7階で足場がないから隣の部屋に飛び移ることも不可能なのだ。
背後からドアを破ろうとする音が大きく響いてくる。
ポーターは鍵を外して窓を全開にした。さあ、飛び降りたいならどうぞご自由に。
「よし」
ひとつ頷くと、リシュリーはペンでまどから空中に向かってなにやら2本の線を描き出した。そして2本の線の中央に、今度は“道”と書かれている。
リシュリーはその二本の線の上を空に向かって、さらに線を描き足しながら歩き出した。
「今のうちだ。ポーター、グズグズするな。わたしの荷物を持ってついて来い」
ついて来いって言われても・・・・・・。やむなくポーターは荷物を抱えてリシュリーの書いた道の上を歩き出した。それはまさに透明なのに道の感触だった。
「リシュリー様。とても信じられません」
「それはそうだろうよ。きみだってぼくが書いたポーターの絵に過ぎないのだからな」