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消防士

「はい消防署です。火事ですか。救急ですか」

「あの・・・・・・火事です」

 受信イヤフォンから小さな声が聞こえてくる。

「場所はどちらですか」

「・・・・・・」

「場所をお願いします」

「・・・・・・大西公園の隣」

「わかりました。落ち着いてください。何が燃えていますか」

「家」

「わかりました。すぐに消防車が向かいます。あなたのお名前と電話番号を教えてください」

「・・・・・・」

 そこで電話がプツンと切れた。

「どうしました」

 ぼくは管制係員の若い女性に訊ねた。胸に吉田のネームプレートが付けられている。

「子供の声でした」吉田係員はぼくをかえり見た。「いたずらかもしれません」

「場所は?」

「大西公園の隣だそうですが・・・・・・」

「よし、とりあえず出動します」

「出動隊の編成はどうしましょう」

「状況が分かり次第出動指令を出すようにしましょう」ぼくは踵を返した。「吉田さんは再度電話をかけ直して情報を収集してください」

「はい・・・・・・ですが」

「なんですか?」

「非通知番号なんです」


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 緊急電話の番号は覚えやすいように3桁で出来ている。

 かつては緊急電話用に112番が使用されていたのだが、現在は警察が110番と消防署が119番となっている。

 これには電話がプッシュ式になる前のダイヤル式が影響している。緊急時に焦っているひとが、1番の隣の2番を3番と回し間違える事例が多発したため、最短時間で回すことができる1番を2回と正反対に位置する0番と9番をつなげることにしたのである。


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 消防一番隊のぼくたちは消防服を素早く着込むと、深紅に光り輝く消防車に飛び乗った。機関員と呼ばれる隊員が指令書の地図を確認する。

「大西公園です!」

「全員乗ったか」

 隊長が振り向く。

「全員搭乗しました」

「よし」

 隊長は赤色灯とサイレンのスイッチと消防車の動態端末ボタンを『出動』に入れた。消防車は機関員が示した最短ルートに向かって走り出した。


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「隊長。やはり子供のいたずらかもしれませんね。あれからだれからも管制室に通報が入っていないようです」と、ぼくは言った。「左後輪縁石注意!あと30センチ」

「それでも駆けつけるのが消防隊員の仕事だからな」

「ですよね・・・・・・左後方から自転車接近中!」

 ぼくは左右に目を走らせながら、運転手に大声で安全走行を促していた。

 ぼくが消防士になろうと思ったきっかけは、子供の頃に見かけた強靱な肉体と精悍せいかんな顔つきの若い消防士を一目見て憧れを抱いたからだった。

 ところがいつどこでその消防士を見たのか、すっかり記憶から抜け落ちてしまっていて、今でも思い出せないのだ。それでもこうして消防士になれたのだからきっといい思い出だったのだろう。


 ほどなくしてサイレンを鳴らした消防車は現場に到着した。運転手は公園に横付けしてサイレンを止める。隊長は動態端末の『到着』ボタンを押した。

 予想していた通り、どこにも煙らしきものが上がっていない。

「付近を確認!」

 ぼくらは公園の周辺を駆け足で走り廻った。秋風が頬をかすめる。

「ここは・・・・・・」

 ぼくは枯れ枝を取り払った。そこには小さな祠ほこらのようなものがあった。祠の前に棒で何かが組んである。よく見るとそれはマッチ棒でつくった“をけら灯籠とうろう”のようだった。

 そこから目を離すと、急に立ちくらみがして世界が歪みだしたのだった。


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 気がつくと、ぼくの目の前に小さな少年がうずくまっている。マッチでさきほどのをけら灯籠に火を点けようとしていたのだ。マッチの炎が組み上がったをけら灯籠を燃え上がらせた。それは竜が炎を吐いたようにまたたくまに大きな炎に成長していくのだった。

「きみ!」

 ぼくは少年を押しのけて、燃え上がった炎を足でもみ消した。消火された炎の跡に、白い煙がもくもくと立ち昇っている。ぼくはしゃがみ込んで、少年の目をのぞきこんだ。

「だめじゃないか。マッチなんかで遊んだりしたら」

「来てくれたんだね」

 少年の目に涙がにじんでいた。

「え?」

「ぼくのせいで家が火事になっちゃったんだ。それでお父さんもお母さんも死んじゃったんだ」

「きみは・・・・・・」

「だからぼく大人になったら消防士になろうって決めたんだ」

「きみは」

 ぼくは思わず少年を抱きしめていた。

「幼い頃のぼくなのか。そうなんだろう?」


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 気がつくとぼくは隊長に抱きかかえられていた。公園の藪の中で気を失っていたのだという。

「だいじょうぶか?貧血でも起こしたのか」

 ぼくは思わず隊長の顔を見た。

 そして「あのときの消防士はもしかして隊長だったのですか」の一言を飲み込んだ。

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