「
一番目の姉のサダコがぬいだ服を放ってきた。
「あ、ひとが捨てた服だからって、勝手に盗らないでよ」
そう言うと、二番目の姉のトミコはビリビリと自分の服を破いて栞に投げつけるのだった。
「ふん」
その隣で、爪の手入れをしている三番目の姉のアミが鼻で笑っている。栞が拾い上げたそれらの服は、一着数万円はするブランドの洋服であった。この五条家の新しい女たちは、流行が過ぎたというだけで、一度しか来ていない洋服であろうと、いとも簡単に捨てるのに抵抗が全くないようだった。
五条栞は母を中学生の時に亡くした。つい数年前までは、紡績会社を経営する父と栞との二人家族であった。家事は栞も手伝っていたが、主には家政婦の静にお願いしていた。そんなある日、父は美しい女性と再婚したのだ。しかも、栞よりも年上の連れ子を三人も連れてである。
「新しい姉が一度に3人もできたんだ。これで栞も寂しくないだろう」
楽観的な父は上機嫌でそう言ったのだった。それからが悲劇の始まりである。
「あら、不経済ね」
家計は継母が押さえていた。栞のお小遣いは必要な時に渡すということになり、実質栞の収入源は無くなったに等しい。
栞は毎晩のように、母を想って枕を濡らすのだった。
「でも、これで父が幸せならば仕方がない、わたしが我慢すればいいのだ」と自分に言い聞かせてはその哀れな状況に涙が止まらないのであった。
そんなある日、父の業界でファッション・パーティーの開催が決まった。これ見よがしに、業界関係者とその家族がここ一番の衣装で着飾って盛大にパーティーを開くのである。主催はキング・オブ・ファッションといわれるファッション界の重鎮じゅうちんと、その御曹司のフランツである。フランツは新進気鋭のデザイナーで、マスコミから『ファッション王子』と呼ばれて久しい。
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「あらいけない」
パーティー会場である。
「お母様。どうしたの」
サダコが母をみる。
「このドレスに合うと思って買っておいた、ブレスレットを付けてくるの忘れちゃったのよ」
残念そうに眉をしかめる。
「あら、じゃ栞に持って来させればいいじゃない」とアミが言う。
「そうよ、じゃ私が電話してあげるわ」そう言うとトミコは家に電話をかけた。「あ、栞。トミコだけど」
「はい、トミコお姉さま」
「悪いんだけど、お母様がブレスレット忘れちゃったそうなの。鏡台にあるから持ってきてくれない」トミコはニヤリと笑う。「あ、それと、くれぐれも“ちゃんとしたパーティードレス”で来ないとだめよ。五条家の恥になるからね。わかった?」
「うん。わかった・・・・・・」
電話が切れた。
最初から誘われていないけれど、行くつもりもなかった。でもどうしよう。栞は悩んでいた。なぜなら、着ていく服がないからだ。数年前まで持っていたドレスはサイズが合わない。
「そうだわ」
そう、栞はファッションにも興味があったし、とにかく洋服が大好きだったのである。
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パーティー会場に栞が現れた。彼女は見たこともないドレスに身を包んでいた。その場のすべての来客者が目を見張るのだった。
「まあ、あの娘のドレス、なんて素敵なの」
栞は姉たちの捨てようとしていた、ボロボロに切り刻まれた洋服を捨てないで大切に保管していたのだ。そして使えそうな100枚近いパーツをつなぎ合わせて、一着のドレスに仕立て上げたのである。
どよめきの中で、ファッション王子のフランツが、会話を止めて彼女に目を向けた。
「あれは・・・・・・」
「お継母様、どうぞ」
栞はブレスレットを両手で差し出した。
「あなた・・・・・・それ」
継母が唖然とした。
「ああ、それわたしの捨てた服の袖じゃない」
サダコが声を荒げる。
「その襟。わたしの捨てたバルタンじゃん」
トミコが目を剥く。
「そのフリルだって、アミの捨てたジャネルだよね」
姉たちはそろって栞に飛び掛かった。
「返してよ!」
「返しなさいよ!」
「返せってば!」
そして、栞の作ったドレスは、取り巻く群衆の前で、またただのボロ切れとなって散ってしまったのだった。
「ちょっと君たち!」
泣きべそをかく栞の前に立ちはだかったのは、ファッション王子のフランツだった。「ぼくの彼女に乱暴しないでほしいね」
フランツは下着姿同然の栞を、自分の羽織っていた白いマントで包みこむとそう言い放った。
「なんですって」
今度は継母と姉たちが半べそをかく番だった。
「ぼくはここのところ、毎晩この人の夢ばかり見ていたんだ」
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その後、栞は王子のお嫁さんになって幸せに暮らしたそうだ。きっと捨てられそうになった、洋服たちが王子に夢を見させていたのだろう。
ベッドの中で王子は言った。
「服とは、醜いものを隠すためにあるんじゃない。君にはもう服なんていらない」
「ああ、フランツ」栞は王子の首に腕を回す。「そんなことを言っても、わたしはあなたにたくさんいただいてしまったわ。“幸福”っていう服をね」
フランツは栞を抱き寄せて言った。
「ぼくは君に“全面降伏”さ」