もしも命と引き換えに、なにかひとつ包むことができるとしたならば、あなただったら何を包みますか。
「ねえママ」
公園である。4歳になる娘が母親を見上げる。
「なあに、瑠璃」
「キャンディとかキャラメルは、どうして紙につつんであるの?」
「そうねえ、それは包んでいないと、ベタベタになっちゃうからじゃないかしら」
「ふうん。それじゃあの人たちも包まないといけないんじゃない」
瑠璃が指をさした先のベンチには、若いカップルがイチャついていた。
「こら瑠璃、指をさしちゃだめよ。あの人たちは放っておいても、時間が経てば“カサカサ”に乾いてしまうからいいのよ」
「ふうん、そうなんだ」
「そろそろ帰りましょう。風が冷たくなってきたわ」
母は瑠璃を乗せた車椅子を押して病室へもどって行った。瑠璃は生まれながらにして、何やら難しい名前の病気に侵されていた。その短い人生の灯は、今にも消えようとしていた。
仕事が引けて、いつものように父親も病室に駆けつけてくる。妻の顔色を見て、ほっと一息つくのであった。
「元気にしていたかい」父親はやさしく娘に声をかけた。
「パパおかえりなさい。今日瑠璃ね、夢で神さまに会ったんだ」
「へえ。すごいじゃないか。何かお願い事とかしたのかい」
「うん。神さまはね、瑠璃の命と引き換えに、なにか包んであげようって言ってくれたの」
こういう時に、父は思わず涙が出そうになるのだが、いつも無理やりに笑顔をつくるのである。
「それで瑠璃。なにを包んでもらうんだい?」
「あのね、このあいだご本を読んで思ったの」
「うんうん」
「お空に穴が開いちゃっているでしょ。だから地球を包んでくださいって」
背後で片付けをしていた母親が、小さな背中を震わせて泣いているのだった。
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瑠璃は天国へ旅立ってしまった。
その後、地球のオゾン層が修復されたというニュースが流れるということはなかった。それでも残された父と母は、瑠璃の両手いっぱいの愛で包まれている気分だった。