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天才的異次元バスター

「行くわよ」

 浅子は車のエンジンをかけて、愛犬のルーシーに声をかけた。ルーシーは多少不安はあったが、とりあえず元気な声でワンと鳴いておいた。


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 それは暗黒異次元と呼ばれていた。悪の異次元が、巨大なガマガエルのようにぱっくりと口を開けたのだ。われわれの世界は、その黒い異次元世界に今まさに取り込まれようとしていた。

「どうにかならんのか」国防大臣が軍の司令部の無線に向かって怒鳴っていた。「このままだと、われわれの世界が飲み込まれてしまうぞ」

「そうおっしゃられましても」軍の司令官が返答する。「あの異次元世界には、敵意や悪意のある攻撃が一切無効になってしまう魔法がかけられているようなのです」

「それがどうした。ミサイルでも核弾頭でもぶち込んでやればいいだろうが」

「もう何回も発射しました」

「で、どうなったのだ」

「異次元世界に入ったとたん、花束に代わって落ちて行ったのです」

「なんだと」

「ですから、敵意のある攻撃はすべて無効になってしまうのです。戦車も戦闘機も」

「戦車と戦闘機はどうなった」

「ねずみとコマ鳥に変えられてしまって・・・・・・」とうとう司令官は泣き出した。

「手だては無いということか」

「はい。お手上げ状態です」

 その時、レーダー官が騒ぎ出した。

「何かが異次元帯に近づいています。どうやら一般人の乗った車のようです」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「ルーシー。あたしさあ、方向音痴なんだよね」

「ワン!」

 浅子の運転する車はグングンとスピードを上げて、見知らぬ高速道路に入ろうとしていた。

「こんな道路あったっけ。まあいいか、乗っちゃおう。遅刻しちゃうもん」

 浅子は気軽にハンドルを切っていた。高速道路には見知らぬ形のスポーツカーや、装甲車のようなごつい車がひっきりなしに走っていた。浅子はその間に割り込んで行ったのだ。

「あたし、高速道路の合流って苦手なんだよね」

 そう言いながら、なにも考えずに道路に侵入していた。後ろで急ブレーキをかける音がして、何台かの車輛のぶつかる音が聞こえた。ルームミラーをみると、黒煙があがっている。

「あら、何かあったのかしら?」

「ワン」

 ルーシーは冷や汗をかいていた。(浅子さん。あなたのせいですけど・・・・・・)

「ルーシー。あたしって、車庫入れと車線変更も苦手なのよね」

 そう言うと、浅子はなにも考えずに車線を変更した。背後でまたタイヤの軋む音が聞こえたと思うと、火柱が立ち昇った。

「車の教習所であなたは空間認識能力が欠如しているって言われたのよね」

「ワン!(ひどいもんだ)」

 ルーシーが吠えた。

「へんな道路ねえ」

 その調子で浅子が異次元道路を駆け抜けると、次々と火柱が上がり、異次元世界はパニックに陥っていた。暗黒異次世界は浅子の車にこれ以上ない恐怖を感じ、トカゲの尻尾のように浅子の走っている空間だけを切り取ると、その場から黒板の絵でも搔き消すように消えて行った。

「やった」浅子はいつもの道路に戻っていた。「ルーシー。これで遅刻しないで済みそうよ」

 浅子の車が会社の駐車場に猛烈なスピードで近づいた。だからほんのちょっとだけブレーキを踏むタイミングがずれたようだ。

 浅子の車は路肩に乗り上げ、片輪走行のまま社長のレクサスの天井に乗り上げて、横倒しの状態で停車した。ぐらぐら揺れる車の上で浅子は途方にくれそうになった。

「ま、いいか」

「ワン(よくないよ)」

 浅子はとりあえず携帯電話をかけた。浅子がありとあらゆる人脈に電話をしたものだから、元彼を含めた知人友人がぞくぞくと集まってきた。


「どうしたらこうなる?」元彼と現在の彼とが話し合っている。

 そこへ国防大臣がパトカーに先導されてやって来て、クレーン車を使って浅子を救い出してくれた。

「どうもありがとう」とりあえずいつもの笑顔で浅子が礼を言った。

 国防大臣が笑顔で浅子と握手を交わした。

「きみはもしかしたら天才なのかもしれない。でも・・・・・・悪いことは言わない。車の運転は控えた方がいい。これは君のためじゃない。世のため人のためだ」

 ルーシーが「ワン」と吠えた。

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