真夜中である。
その日小泉の運転するタクシーは、崖が切り立った海岸沿いを走っていた。漆黒の闇の中、タクシーのヘッドライトだけが夜道を明るく照らしていた。
「こんな道じゃ客を拾うこともできやしない。早く駅に向かって終電を逃した客を探そう」
客を山奥の僻地(へきち)まで賃送した帰りであった。そのとき視界の隅に何かが映って通り過ぎた。
「あれ?」
小泉がバックミラーを確認すると、ひとりの若い女が立っていた。髪が長く、白い服を着ていた。
小泉は車をバックさせ、路肩側の窓を開けた。
「お嬢さん。乗って行きますか?」
女の青白い顔が微笑んだ。そしてゆっくりと頷いた。
小泉が後部の自動ドアを開けると、女はゆっくりと乗車してきた。少し違和感を感じた。痩せているからだろうか。なぜか後部座席に人が乗った重量感というものが感じられなかったのである。
「どちらまで?」小泉はバックミラーを覗きながら言った。
女は消え入るような声で市街地の住所を教えた。小泉は車を発進させた。
「お客さん。ラッキーでしたね。あんな場所じゃあ、タクシーなんて滅多に通りませんからね」
女は黙っている。
「それにしてもお客さん。どうしてこんな時間にあんなところにいらっしゃったんです?」
「ちょっと用事があったものですから・・・・・・」
「用事ねえ。あのへんはよく事故があるから気をつけないと。この間も車が崖下に転落したばかりなんですよ」
「・・・・・・そうなんですか」
「運転手は助かったらしいんだけどね。同乗していた彼女が亡くなったって話ですよ。おお怖」
「・・・・・・」
どうやら女はあまり話に乗ってくるタイプではなさそうだ。きっとスマホでもいじっているのだろう。小泉は無理に会話をするのをやめ、運転に集中することにした。
タクシーは市街地に入り、女の言った家の前に到着した。家には明かりが灯っていた。
「あの・・・・・・お金を持ってきますから、ちょっと待っていてください」
女は家の中へと入って行った・・・・・・。
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「あら、おかしいわね。朝子、タクシーなんてどこにもいないわよ」
「え、料金払うから待っててって頼んだのよ。どこにいっちゃったのかしら」
母と娘は周囲を見回した。
タクシーが停車していたその場所には、雨も降っていないのに、なぜかそこだけがびっしょりと濡れていた。