「
加代の手がぼくの手をひっぱる。京都五山送り火の日は、今年も大勢のひとでごったがえしていた。
「そないに急がんでも」
加代は牛乳瓶の底のようなメガネをかけていた。生まれつきの弱視なのだ。メガネを外した彼女の素顔をほとんどの人が知らない。
「ごめん。急ぎすぎた」
ぼくは送り火の
ぼくらは人波に押し流されて、なんとか
ぼくと加代はそっと眼を瞑る。すると、魂がふたりの身体からするりと抜けだして天高く舞い上がった。
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京都大文字焼きの大は、奈良時代、大文字山のふもとにある浄土寺が火災に見舞われたとき、天空に阿弥陀仏が現れて眩いばかりの光明を発せられた。
その光を空海(弘法大師)が“大”の字と見定めて儀式としたのが始まりだと言われる。
ぼくと加代は上空から、まず大の文字に火が灯るのを確認した。この“大”は、精霊の
その5分後に“妙法”に火が灯る。精霊が何無妙法蓮華経を唱え始めるのだ。
さらに“舟形”に火が灯された。三途の川を精霊が船に乗ってお渡りになる。
次は“左大文字”だ。精霊は再び後ろ姿をお見せになる。
最後に“鳥居”が現れる。精霊はこの鳥居をくぐって黄泉よみの国に帰られるのだ。
ぼくらは目を開けた。目の前に大文字焼きが赤々と燃えている。
「伸ちゃん。綺麗やな」加代がにっこりと笑って大文字焼きを見ている。
「うん。加代、手を出してごらん」
「こう?」
「手でお椀を作って」
加代が両手で丸いお椀を作った。ぼくは
「冷たおして気持ちええわ」
ぼくは笑った。「その水に大文字を映して飲み干してごらん。願いが叶かなうから」
加代は言われた通りに、水に浮かぶ大文字を飲み干した。
次にぼくは袂から大ぶりの茄子を取り出した。茄子の胴には大きく穴が開けられている。
「今度はこの穴から大文字をみるんだ」
「なんか伸ちゃん注文がおおいなあ」
加代は素直に言われた通りにする。
「目の病が治るって言い伝えがあるんだ」
「アホみたい。そないなわけあらへんて」
加代が微笑みながら茄子の望遠鏡を覗いている。
大文字焼きはおよそ30分で消えて行った。精霊さんも冥界に帰られたのだろう。
「じゃぼくらも帰ろうか」ぼくは加代の手を引いて帰ろうとした。
「ちょい待って伸ちゃん。ぼけてもうて良う見えへんで」
「どうした?」
加代はメガネを外した。
「あ、これでようやく見えるようになったわ」
目の前に、加代の美しい素顔が現れた。