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海外ミステリーツアー

「パパ、これなに・・・・・・お土産?」

 ひとり娘の美子が、テーブルの上にある箱を開けようとした。

「あ、待て。やめろ!」というわたしの声と、妻の奈々江の絶叫が同時だった。

 しかし、その叫びもむなしく美子は箱を開けてしまった。


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「本日は海外ミステリーツアーにご搭乗いただきまして、まことにありがとうございます」


 わたしと妻は、結婚25周年のいわゆる“銀婚式”を迎えていた。当時は両親の反対を押し切り、無理やり籍を入れてしまったので、結婚式も挙げておらず、新婚旅行にも行くことができなかったのだ。そこで、ひとり娘も大学生になったことだし、記念に二人で海外旅行の団体ツアーに申し込んだというわけである。

「本機はまもなく、フロリダ半島を通過し、これよりバミューダ諸島を経由してプエルトリコに向かいます」

 旅先をどこにするのかさんざん迷ったあげく、ミステリー好きの妻とわたしが選んだのが行先の分からないこのミステリーツアーであった。

「おい、ここってまさか・・・・・・」

「バミューダ・トライアングル・・・・・・よね」

「だいじょうぶだろうな」

「前方の雲の中に入ります。少々揺れることが予想されます。シートベルトをお締め下さい」

 機長のアナウンスが聞こえると、旅客機は真っ白な霧の中に突入していったのであった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 わたしは高校1年生に戻っていた。いつも同じ電車で通学しているひとつ先輩の飯島洋子とホームにいた。少し栗色かかった真っ直ぐな髪。整った顔立ち。すらりと伸びた長い足。

 わたしは彼女に本を渡そうとしていた。本の間に手紙を挟んでいた。初めて書いたラブレターだった。心臓がふくらんだ風船ガムのように今にも破裂しそうだった。

「あの・・・・・・」

「はい?」

 飯島洋子は子リスのように小首をかしげてわたしを見た。一瞬頭の中に電気が走って、わたしはその場を駆け出した。


 そう、渡せなかったのである。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 その後、何が起きたのかはよく覚えていない。ただ、甘酸っぱい想い出を満喫したのは間違いないようだった。

 旅行の最後に、わたし達ふたりはお土産を手渡された。それは浦島太郎の玉手箱のようだった。わたし達は家に戻ると、お互いの“玉手箱”をテーブルの上に置き、さあこれをどうしたものかと思案していた。

 開けたとたんあの頃に戻ってしまうとか。それとも前に座っている妻が、奈々江ではなく、飯島洋子に変わっていたらどうしよう。

 わたし達はお互いの顔を見合わせ、ため息をついた。(そんなバカな)

 妻はコーヒーを淹れにキッチンに立った。わたしは小用でトイレに立った。戻ってみると娘の美子が箱を開けていた。

「あ、待て、やめろ!」


・・・・・・なにも起こらなかった。

 中を確認すると、妻の箱にはハート型のチョコレートが1枚入っていた。わたしの箱には、一葉の手紙が本に挟まれていた。宛名を見ると飯島洋子様ではなく、結婚前の妻の名前に書き換えられていた。

 妻はわたしにチョコレートを両手でよこした。そこにはわたしの名前がデコレーションしてあった。

 わたしも妻にラブレターを渡したのだった。

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