「パパ、これなに・・・・・・お土産?」
ひとり娘の美子が、テーブルの上にある箱を開けようとした。
「あ、待て。やめろ!」というわたしの声と、妻の奈々江の絶叫が同時だった。
しかし、その叫びもむなしく美子は箱を開けてしまった。
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「本日は海外ミステリーツアーにご搭乗いただきまして、まことにありがとうございます」
わたしと妻は、結婚25周年のいわゆる“銀婚式”を迎えていた。当時は両親の反対を押し切り、無理やり籍を入れてしまったので、結婚式も挙げておらず、新婚旅行にも行くことができなかったのだ。そこで、ひとり娘も大学生になったことだし、記念に二人で海外旅行の団体ツアーに申し込んだというわけである。
「本機はまもなく、フロリダ半島を通過し、これよりバミューダ諸島を経由してプエルトリコに向かいます」
旅先をどこにするのかさんざん迷ったあげく、ミステリー好きの妻とわたしが選んだのが行先の分からないこのミステリーツアーであった。
「おい、ここってまさか・・・・・・」
「バミューダ・トライアングル・・・・・・よね」
「だいじょうぶだろうな」
「前方の雲の中に入ります。少々揺れることが予想されます。シートベルトをお締め下さい」
機長のアナウンスが聞こえると、旅客機は真っ白な霧の中に突入していったのであった。
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わたしは高校1年生に戻っていた。いつも同じ電車で通学しているひとつ先輩の飯島洋子とホームにいた。少し栗色かかった真っ直ぐな髪。整った顔立ち。すらりと伸びた長い足。
わたしは彼女に本を渡そうとしていた。本の間に手紙を挟んでいた。初めて書いたラブレターだった。心臓がふくらんだ風船ガムのように今にも破裂しそうだった。
「あの・・・・・・」
「はい?」
飯島洋子は子リスのように小首をかしげてわたしを見た。一瞬頭の中に電気が走って、わたしはその場を駆け出した。
そう、渡せなかったのである。
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その後、何が起きたのかはよく覚えていない。ただ、甘酸っぱい想い出を満喫したのは間違いないようだった。
旅行の最後に、わたし達ふたりはお土産を手渡された。それは浦島太郎の玉手箱のようだった。わたし達は家に戻ると、お互いの“玉手箱”をテーブルの上に置き、さあこれをどうしたものかと思案していた。
開けたとたんあの頃に戻ってしまうとか。それとも前に座っている妻が、奈々江ではなく、飯島洋子に変わっていたらどうしよう。
わたし達はお互いの顔を見合わせ、ため息をついた。(そんなバカな)
妻はコーヒーを淹れにキッチンに立った。わたしは小用でトイレに立った。戻ってみると娘の美子が箱を開けていた。
「あ、待て、やめろ!」
・・・・・・なにも起こらなかった。
中を確認すると、妻の箱にはハート型のチョコレートが1枚入っていた。わたしの箱には、一葉の手紙が本に挟まれていた。宛名を見ると飯島洋子様ではなく、結婚前の妻の名前に書き換えられていた。
妻はわたしにチョコレートを両手でよこした。そこにはわたしの名前がデコレーションしてあった。
わたしも妻にラブレターを渡したのだった。