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養老の滝

 酒に目のない金蔵きんぞうの夢は、伝説の“養老の滝”を見つけることであった。

 全国の山奥を訪ね歩き、探し続けること二十余年、とうとう山路で倒れてしまった。倒れた場所が茶屋の近くであったのが幸いした。

 老人とその娘が切り盛りしていたその茶屋は、繁盛こそしていなかったが人情に厚かった。倒れた金蔵を甲斐甲斐かいがいしく看病し、いつしか娘と金蔵は結ばれることになった。


「当分酒はお慎みなられたほうがよかろう。このままでは命がなくなるぞ」

 桶で手を洗いながら、町医者が噛んで含めるように言った。

 金蔵と米子よねこ夫婦めおとになったころには、茶屋の主人も他界していて夫婦は二人きりで暮らしていた。

 長年の酒浸りの生活に馴れ親しんだ金蔵が二度目に倒れたとき、町医者が往診に来てくれたのである。さりとて酒をやめられるような金蔵ではなかった。嫁の米子に隠れてでも酒を飲む毎日なのである。

 困り果てた米子は町医者に泣きついた。

「先生、なにか手立てはございませんか・・・・・・」

「ないこともないのじゃが・・・・・・どうだろうな」


 数年後である。茶屋に金蔵の古くからの友人が訪ねてきた。

「お、留吉とめきちじゃねえか」

「金ちゃん。久しぶり。なんかすげえ儲かってるようじゃねえか。村じゃ評判だぜ」

「おう。なんだか急に人が集まってくるようになってな」

「あら、いらっしゃいませ」

 米子が奥から花のような笑顔をみせる。

「故郷の留吉だよ」

 金蔵が留吉を紹介する。

「はじめまして」

「こちらこそ」

「ちょっくら、用足しに行ってくるからよ。待っててくんろ。今日は泊まっていけるんだろ?」

 金蔵がおちょこをかかげて“ぐい”と呑む仕草をして出ていく。


「留吉さん。ごめんなさいね」

「なにがです?」

「じつはお願いがあるんですよ。うちの人、お医者の先生にちょっとした暗示をかけてもらってましてね」

「暗示・・・・・・ですかい。はて何の」

「そう、“催眠術”の一種らしんですけどね。毎晩うちのひとが酒屋さんから買ってくる徳利の中身をかめの水とすり替えていまして」

「はあ、酒を水に・・・・・・」

「そう、その水が酒の味がするように暗示をかけてもらっているんです。ですから、申し訳ないのですが、今晩は水でつき合っていただけませんか?」

「へえ、するってえとあれですかい。あの呑兵衛の金ちゃんが、最近は一滴も酒を飲んでいねえと」

「はい」

「それで、金ちゃんの買ってきた酒はどうしてるんです?」

「裏に川がありますでしょ。夜な夜なそちらに流してるんですの」

「ああ、なるほど。・・・・・・それでかぁ!裏の川って、そこの滝につながってるでしょうが。今じゃ“養老の滝”だって評判になってますぜ」

「はい。おかげさまで」

「はあ!“夫婦水入らず”ってのはこのことだな」

「水じゃなくて、酒いらずですけどね」

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