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風神・雷神

風神ふうじん雷神らいじん。もうすぐ災いが来ます。よろしく頼みますよ」

 千手観音菩薩せんじゅかんのんぼさつが合掌していた手を広げた。

「敵ですか」と雷神が訊いた。

「そうです。エジプトから暗黒神ナイアーラトテップ勢力のひとり、“邪神バステト”がつかわされたようです」

「そのバステトっていうのはどんな神さんですかい」

 風神が風袋ふうたいをかかえて訊いた。

「ネコの邪神です」

「お任せください。この雷神が千手さまをお守りいたします」

「そんなやつ、この風神が風で吹き飛ばしてやりますよ」

「あなた達ふたりにかかっています。お願いしましたよ」

 千手観音は40本の腕を、ひらひらさせながら空の彼方に消えて行った。


「ねえ雷神くん。なんで千手観音さまは腕が42本しかないのに千手さまっていうんだろう?」

「あれ。風神くん知らなかったのかい。合掌している手を除いて、40本の手の1本ずつが25の救いの働きがあるからさ。25が40本で1000だろ」

「なるほど。腕が千本もあると大変だから短縮しているのかと思っていたよ」

「そんなわけあるかい。お、風神。敵が来たぞ!」


 真っ黒な雲を従えて、黄色く光る大きなネコの眼が急速に近づいてきていた。

 風神は担いでいた風袋から、物凄い風圧の風をネコにめがけて吹きかけた。ゴーッという音を響かせて吹きすさぶ風の中で、バステトが足を踏ん張りこちらをにらみつけてくる。

「これでも喰らえ!」

 続けて雷神が太鼓をバチで叩いた。稲妻が一直線にバステトに向かって突き進んで行く。ネコの邪神は軽やかに稲妻をかわすと、猛烈な勢いで雷神たちに襲い掛かって来た。

 雷神は次に大きな太鼓を叩いた。天空からいかずちがバステトの背中にドーンという音を立てて落ちた。さすがのバステトもこれには耐えきれず、おもわず地面に叩きつけられてしまった。

 しかしバステトの力はこんなものではなかった。この世のものとは思われぬ跳躍力で飛び上がると、風神の風袋を鋭い爪で引き裂いたのだ。風神の風袋に3本の亀裂が入った。風がやんだ。

「くそう!」

 雷神が今度は太鼓の乱れ打ちを始めた。天を轟かす雷鳴と、無数の雷が発生し、ネコの邪神バステトを威嚇する。

 そのまま双方の睨み合いが続いた。さすがの雷神も太鼓を打ち続けたせいで疲れが出て来た。雷神は太鼓の打ち方を変えた。天空にカミナリのゴロゴロという音が長く響いた。

 カミナリの語源はもともと“神鳴り”から来ている。バステトも同じように喉をゴロゴロ鳴らしはじめた。

 その間に、風神が風袋の修繕をし終わり、突風を浴びせる準備をした。

「風神。よせ」

 雷神が言うと、バステトは踵を返して空の彼方に逃げて行った。


「雷神。敵は退却したようだな」

「うん」

 雷神が太鼓をたたくのをやめた。そこへ千手観音菩薩が戻ってきた。

「よくやってくれました」

「千手観音さま。あのネコはなぜこのような狼藉を働いたのでしょう?」雷神が訊いた。

「わたしはネズミ年の守護本尊です」

「そうなんですか?」と風神が驚いて言った。

「実は、干支えとを先着順で決めるときに、いたずらなネズミがネコに翌日の日にちを教えてしまったのです」

「なるほど。それを逆恨みして」と雷神が言う。

「そうです。翌日訪れたネコの怒ったことといったらもう・・・・・・」

「それは怒るでしょうね」風神が笑う。

「それでは次回もまた頼みますよ」

 そう言って千手観音はまた空の彼方に消えて行った。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 雷神と風神は煙と共に姿を変えた。

「なあるほど。これでネコが干支に選ばれなかった理由が分かったよ」

「で、どうしておれたちも干支に入っていないのだろう」

 キツネとたぬきが顔をつき合わせる。

「やっぱり・・・・・・」

「この仕事があるからじゃね」

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