「こんにちは。わたくし、『日本探偵作家倶楽部』の広報をしています
染谷は七三に髪を分け、銀縁メガネの真面目な文学青年といった男だった。
「ああ、きみが染谷くんか。話は聞いているよ」
黒ぶちメガネの乱歩が、眼を細めて微笑んだ。笑うと太く短い眉毛が八の字にたれ下がる。
「まずは、先生のペンネームは『モルグ街の殺人』を書いたアメリカの小説家エドガー・アラン・ポーをもじったそうですが、なぜそうされたのですか?」
「うむ。あの当時は
「それで推理小説を発表されたのですね」
「そう。でもね、あの頃にそういう小説を読む人はごく少数派だったんだ。少しでも目立つように、好きだったポーの名前を拝借させてもらうことにしたのさ」
「なるほど。ご本名はなんとおっしゃられるのでしたっけ?」
「知らんのか。・・・・・・
「そうなんですね。痛快な小説を“書いたろう”っていうわけですか。それは傑作なエピソードになりそうですね」
染谷は背広の胸ポケットから万年筆を取り出すと、大学ノートにメモを取り始めた。
「・・・・・・」
「それで先生。最初から小説家を目指されていたのですか」
「いいや。早稲田の政経を出た後は、職を転々としたよ。貿易会社、古本屋、ラーメン屋、タイプライターの行商、造船会社。探偵事務所でも働いたことがあるよ」
「その時の体験が、
「その通り。それに古本屋は『D坂の殺人事件』で参考になったし、『屋根裏の散歩者』のアイデアはその当時の会社の寮の体験を書いたものだよ」
「なるほど。それで、唐突なお願いになりますが、先生の初恋の話をうかがいたいのです。読者からの熱烈な要望がありまして」
「それはちょっと衝撃的な話になるけどね」
「といいますと・・・・・・?」
「実はぼくの初恋の相手は中学二年の時の男子生徒だったんだ。もちろんあの頃はプラトニック・ラブだがね。手を握ったり、恋文を交換するぐらいしかできなかったんだ」
「先生・・・・・・そっちの気があったんですか」
乱歩のメガネの奥の目に光が宿ったように思えた。
「染谷くんと言ったね。きみはあの頃の彼に面影がどこか似ているんだ」
「あ・・・・・・え・・・・・・あの、ぼくはそういう・・・・・・やめてください」
「なんてね。冗談だよきみ」
「ああ、びっくりした」
「それよりね。きみ本当は『日本探偵作家倶楽部』の広報なんかじゃないんだろう?」
「・・・・・・」
「ぼくの本当の本名は
いつのまにか江戸川乱歩の着流しの袖口から、小型拳銃レミントンの銃口が染谷に向けられていた。
「バレていましたか」
染谷は不敵な笑いを浮かべた。
「おまえは怪人二十面相だな。先週、江戸川乱歩の秘蔵の宝を奪いにくると予告をしてきたね」
「乱歩の純金の万年筆をこれと交換してもらおうと思ってね」
染谷が持っていた万年筆をひねると、ペンの先から白い煙が吹き始めた。
「催眠ガスだな。馬鹿め、言っておくが、おれは江戸川乱歩なんかじゃないぜ」
染谷が一瞬ひるんだ。
「誰だ!」
乱歩がメガネを取り、短髪のかつらを脱いだ。するとそこに
「お、お前は」
「少年探偵団も成長するんだよ。おれは小林探偵事務所の
「お
「なに?」
「また会おう!」
そう言うと、染谷を名乗った怪人二十面相は窓を突き破って姿をくらました。
すぐに小林は窓から顔を突き出して男を探したが、表道路はしんとしていてどこにも人影が見当たらない。小林探偵の脳裏には、遠い昔の情景が浮かんでいた。
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「すごいな小林くん。明智小五郎の弟子なんだって?」
「少年探偵団?」
「そうだよ。怪人二十面相に拉致された、明智小五郎先生をぼくらの手で取り戻すんだ」
「よしわかった」
「ところで明智小五郎って、明智光秀と桂小五郎を掛け合わせて作った名前だって本当?」
「そうだよ。でもきみだってすごいじゃないか。羽柴は豊臣秀吉の前姓で、壮二は新選組の沖田総司をもじったんじゃないのかな」
「へへ。じゃあ将来はぼく、明智先生よりも偉くなっちゃったりしてね」
「言えてる。ははは」
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その後、しばらくして羽柴は姿を消してしまった。
さきほど二代目怪人二十面相が使った万年筆・・・・・・少年探偵団の7つ道具にどこか似ていたような。
「まさかね・・・・・・」
小林芳雄は真夏の抜けるような青空を見上げた。