「ちょっと行って来らあ」
江戸時代、油は照明のほかに食用、理容など様々なものに使われていた。だから油を売る行商人が繁盛したものである。留吉はそんな行商人のひとりであった。
「どこへ行くんだい?」と女房のお
「どこへって、商売によ」
「また隣のお
「そうだよ」
「やめときなよ。あんた、あそこのご主人とは水と油じゃないか」
「あいつとは
「まったく
「そりゃあおめえ・・・・・・」まさかお富を取り合ったとは口が裂けても言えねえ。
「それじゃあよ。ちょっくら行ってくらあ」
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「邪魔するよ」
「あら」とお富が縫物をしていた顔を上げる。「ちょうど良かった。そろそろ油が切れる頃だったのよ」
「分かってるって。だから来たんじゃねえか」
お富が奥から油用の大徳利を持ってきた。
留吉は
これがこれが結構時間がかかる。こうなると当然お客と世間話が始まるのだ。サボることを“油を売る”と言うのはこの事に由来している。
留吉は内心お富のことが好きだったから、少しでも長くお富の顔を見ていたい。細い油の糸を、さらに細くしてダラダラと会話を楽しむのだった。
「昨日はうちのとちょいと夫婦喧嘩しちゃってね」と、お富が小さく笑う。
「なんでまた」
「ふたりで横丁歩いているとき、若い女が通るたびにあのひと目線が泳ぐのよ」
「へえ、そう言えばおたくの旦那・・・・・・」
「
「今日も
「嘉納屋ですか?」
「あそこのおせんていう若い女給仕にご執心だってもっぱらの噂だぜ」
「なんですって!」
「あいつは昔っからそういうところがあるやつでさあ・・・・・・あ、おれからそんな話を聞いたなんてあいつにしゃべらないでくれよ」
「分かってるわよ!それにしても、あの
「お、終わったみてえだな。お代は月末に取りにまた来るからよ。じゃあな」
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「あんた、随分時間がかかったじゃないの」お光が留吉を
「なんのこたあない。いつもの事だって」留吉は素知らぬ顔で
「油売ってたんじゃないでしょうね」
すると隣の家が何やら騒々しくなり、しまいには亭主の悲鳴が聞こえはじめた。
「売ってたよ。油売りだもの。そいでもってついでに火に油を注いでやったのさ」