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まねき猫

 ぼくは招き猫の寛太かんた。浅草で骨董屋を営いとなんでいる。夏も終わりの頃、ぼくの店に背の高い外国人が訪れた。

「こんにちは。きみはここのご主人ですか?」と外国の紳士が青い眼をぼくに向けた。

「はい招き猫の寛太といいます」

「きみがあの有名な“招き猫”ですか」

「おそれいります」

「わたし、ジョンソンと言います。日本の招き猫に興味があって、はるばるアメリカからやって来ました」

「はあ、それはご苦労なこって」

「それでひとつお伺いしてよろしいでしょうか?」

「どうぞなんなりと」

「招き猫の生い立ちを教えてくれませんか。仕事仲間に報告をあげたいのです」

「はあ、それはいいですが、いくつか説がありますよ」

「なるべく簡潔にお願いできますか」

 ジョンソンは背広の内ポケットからメモとペンを取り出した。


「それでは3つだけ」ぼくは一点を見つめながら話はじめた。「むかし浅草のある老婆が、貧乏のため家と愛猫を手放すことになってしまいました。すると悲しむ老婆の夢の中にその猫が現れたのです」

「ほう。夢の中に」

「そうです。猫は自分の人形を作れば幸福がやってくると告げました。その通りに老婆がすると、不思議とお金が入って元の家に戻ってこれたというから摩訶不思議です。この噂は評判になって招き猫の置物が大量に出回ったそうです」

「なるほど。その猫は幸運を持ってきてくれたのですね。ラッキー・キャットと呼びたいです」


「つぎは江戸時代に井伊直孝いいなおたかという大名の話です」

「大名とは王様ですか?」

「州知事みたいなもんですね。その直孝が鷹狩をしている途中に悪天候に見舞われてしまいました。それで大木の下で雨宿りをしていると、そこへ白い猫が現れました。猫は直孝に手招きをするのでついて行ってみるとそこは荒れた寺でした。するとそこへ突然雷の音が、ガラガラドッシャーン!」

「カミナリが落ちたのですね」

「そうです。それもさきほど直孝が雨宿りしていた大木の根本に落ちたのです」

「ほう、それで」

「直孝はその白い猫のおかげで命拾いをしたのです。そのお寺は豪徳寺(東京都世田谷区)と言って、今でも猫の人形をたくさんまつっています」

「その猫は大名さんに、おいでおいでをしたのですね。ウェルカム・キャットと呼びたいです」


「最後は、吉原の遊郭に薄雲太夫うすぐもだゆうという花魁おいらんの話です」

「花魁とはなんでしょうか?」

「うんと・・・・・・今で言うとアイドル歌手みたいなもんです」

「人気芸能人ですね。マリリンモンロー的な」

「まあ、そんな感じですね。彼女は三毛猫を飼っていて、たいそう可愛がっていたそうなんです。そんなある日のこと、太夫がトイレに行こうとしたところ、この三毛猫が狂ったように邪魔をするではありませんか」

「それは花魁さんも困ったでしょうね。漏れちゃったりしたらたいへんです」

「そうです。怒った太夫は持っていた脇差で猫を切りつけてしまったそうです」

「ほう!」

「すると三毛猫の首はトイレにまで飛んで行き、トイレの中に潜んでいた大蛇をかみ殺したそうなんです」

「猫が自分の命を張って薄雲太夫を助けたのですか」

「その通りです。その猫は薄雲太夫によって西方寺(東京都豊島区)で埋葬されました」

「それは花魁さんもショックだったでしょうね」

「毎日のように嘆き悲しむ花魁を見かねて、馴染みの唐物商が香木で作った猫の像をプレゼントしたのだそうです。それが流行はやりものとして売られるようになったということです」

「えらい猫もいたものですね。スーパーキャットと呼びたいす。・・・・・・ところで、招き猫には最近さまざまな色が着いているようですが」

「そうです。最初は白黒しかなかったのですが、いまでは8色もあるんです」

「色によって、ご利益りやくが違うのですか?」

「風水が流行ったせいです」

 ぼくはカウンターから飛び降りて、カラフルな仲間のところに歩いて行った。

「白は開運・商売繁盛、黒は魔除け、黄色は金運アップ、ピンクは恋愛成就、赤は無病息災、青は学力向上、緑は交通安全、紫は健康長寿に効果があると言われています」

「それは迷いますね。ところで右手と左手を上げている猫がいるのはなぜですか?」

「右手はお金、左手は人を招くといいます。そして両手を上げている猫はその両方にご利益があると言われています」

「よし、決めました。その白くて両手を上げている招き猫を大量にアメリカに輸入したいのですが」

「そうですか。とうとうぼくらも海外進出ですね。ところでジョンソンさんはどんなお仕事をなさっておられるのです?」

「銀行マンです」

「銀行?それなら金運アップで黄色の方がよくないですか」

「いえいえ、両手を上げているのがいいのです。なにしろアメリカは銃社会ですから。強盗が多くてね」

「あの・・・・・・ぼくたち身代わり地蔵じゃないんですけど!」

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