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ねずみはどこに行った?

「おじいちゃん。ねずみはどこに行ったの?それに兎もお馬も、鶏さんもいないし・・・・・・」

 孫の高司に言われて金吾は言葉に詰まってしまった。


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 1914年(大正3年)。皇居の正面玄関の直線上に日本最大の駅舎が建設されることになった。

 東京駅である。

 当時、日本鉄道建設を指導していたのはドイツ人の技術者フランツ・バルツァーだった。

「日本の象徴らしく、西洋風の建物に瓦葺きの駅舎を建てたらどうでしょう」

 バルツァーは和洋折衷の駅舎を建てることを進言した。

 しかし、日本政府はそれに難色を示した。明治からはじまる西洋化の風潮にあくまでもこだわったのである。白羽の矢が立ったのは、当時建築家として名を馳せていた辰野金吾たつのきんごであった。彼は九州佐賀県の出身で、東大工学部在学中に英国人のジョサイア・コンドルに師事した人物である。

「皇室の玄関を象徴した駅舎を建造しましょう。全長335メートルの鉄筋3階建てで、赤煉瓦で覆った上に白い花崗岩でラインを入れます。そして屋根には塔(ドーム)を配置しましょう」

 この提案が採用され、のちにこの形式は『辰野式ルネッサンス』と呼ばれるようになった。


「お父さん。今度もまた素晴らしい建物になりそうですね」

 長男でフランス文学者の辰野隆が息子を連れて建築中の東京駅を見物に来ていた。

「高司。おじいさんの建物は丈夫そうだろう」赤煉瓦の駅舎を指さして父親が言った。「おじいちゃんの名前は辰野金吾っていうんだけど、頑丈な建物をつくるから“辰野堅固”って呼ばれているんだ」

「ふうん。おじいちゃんすごい」

「中も見てごらん」

 金吾に連れられて駅舎の中に入る。

「わあ。お城の中みたい」

 声が反響してこだまする。天井にはドームを取り囲むようにして、浮き彫り彫刻が施されていた。

「牛、虎、竜、蛇、羊、猿、犬、猪ですか」

 隆がぐるりと見回して言う。

「高司くん。これはね方角を現わしているんだよ」金吾がしゃがんで天井を指さす。「丑寅うしとらは北東、辰巳たつみは東南、ひつじさるは南西、戍亥いぬいが北西だ。どうだ面白いだろう」

「おじいちゃん、これって十二支だよね。ねずみはどこに行ったの?それに兎もお馬も、鶏さんもいないよ」

 孫の高司に言われて金吾は言葉に詰まってしまった。

「うん・・・・・・そうだな・・・・・・。この東京駅から電車に乗っておじいちゃんの田舎に行ったのさ」

「それどこ?」

武雄たけお温泉というところだよ」

 とっさに金吾の頭は今建築中の武雄温泉新館を思い浮かべていた。

「あそこの楼門にいるんだ。今度おじいちゃんと一緒に見に行こうか」

「うんわかった」


 今でも武雄温泉楼門には意味不明のねずみと兎と馬と鶏のレリーフが刻まれて保存されている。

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