「なんだあの音は」家康は耳を疑った。
徳川の本陣に向かって、明らかに何かが近づいて来ている。
「まさか、豊臣軍がここまで押し寄せて来たのではあるまいな」
しかし怒声と剣が絡み合う音が確実に迫りつつあった。その時、突如として本陣の幕が真二つに切裂かれた。
「真田幸村である!家康殿、お命ちょうだい致す」
深紅の
驚いたのは家康の警護を固めていた旗本達だ。まさか敵がここまでたどり着くなど、想像すらしていなかったからである。
そしてこともあろうに彼らは、総大将の家康をほったらかしにして、蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出したからたまらない。家康の本陣は火事に見舞われた映画館さながらのパニック状態におちいった。
「お、おい待て!わたしを置いて行くとは何事だ!」
家康も腰を抜かさんばかりに這いつくばって逃げ出した。
「殿、おつかまり下さい」
家康につき従ったのは、家臣の
これは、戦国時代最後の戦い『大阪夏の陣』の話しである。
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天下分け目の決戦『関ケ原の戦い』は、徳川家康に軍配が上がった。
まだ幼かった豊臣秀頼に代わって家康が政務を取り仕切ることになったのだが、秀頼が大人になっても家康は豊臣家にその権力を返上しようとしなかった。
「家康め。おふざけじゃないよ」それに腹を立てたのが、秀頼の母の
スターウォーズで例えたならば、帝国軍(ダースベイダーならぬ徳川家康)と、反乱軍(寄せ集めの豊臣残党たち)の戦いの火ぶたが切って落とされたのだ。
そもそも強大な帝国軍15万人に対して、反乱軍は半分以下の軍勢である。とうてい豊臣軍が勝てるはずがない。豊臣の反乱軍はジリジリと不利な戦況におちいって行った。
「急ぎ総大将の出陣をお願い奉る!」
真田幸村は再三にわたり、豊臣本陣の秀頼に対して出陣要請を出した。戦況を変えるには総大将みずからが出陣して、豊臣軍の士気を高めることが必要不可欠だと考えたからである。
しかし淀殿からの返答はにべもなかった。
「却下します。秀頼は幼きときから、竹刀一本持たせたことがないのです」
「なんという過保護な大将だろう!」
やむなく幸村は最後の手段に出ることを決意した。この戦いに勝つには、もはやひとつしか方法が残っていない。相手の総大将、徳川家康の首を獲ることである。
それは、スターウォーズで主人公が敵の巨大宇宙兵器『デス・スター』の弱点を狙うのに似ていた。少数の兵士で、何重にも布陣された防衛網を突破して、敵の本陣を叩くという作戦なのだ。
真田軍は“赤備え”といわれる、甲冑から脇差物までの全てを深紅で統一していた。紅の軍団は家康軍のぶ厚い3重の防波堤を、電気ドリルで穴をこじ開けるようにして突進して行った。
まずは、
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「もはやこれまでじゃ。自害いたす!」
家康は真田幸村のあまりの恐ろしさに慄いて叫んだ。
「殿、最後まであきらめてはなりませぬ」
家康の歯の根も合わぬほどの怯えように、家臣の久次はなんとか家康を生き延びさせるのに必死だった。家康は、二度に渡って幸村に追い詰められ、その都度自害を口にしていた。
「どうしたい家康さん。天下人が情けない声を出して」
「何やつ!」
小倉久次が振り向くのと、そのみぞおちに当て身が当てられるのが同時だった。久次はその場で気を失った。
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「家康。これにて最後。首を頂戴いたす!」
幸村は家康を、本陣から11kmも追いかけ回していた。追い詰めたのはこれで三度目である。観念したのか、家康は樹の幹に座って真田幸村に対峙した。
「ああ、貴殿には敗け申した」
家康はゆっくりと幸村を見上げて笑った。
「幸村よ。おぬし、あの過保護に育ったおぼっちゃま(秀頼)に、本当に天下を治められるとでも思っているのか。・・・・・・どうなのだ」
真田幸村の血に染まり、
「天下太平の世を作れるのは、この家康ただひとり。そう思わぬか?」
幸村は地面に刀を落とした。
「おおせの通りである。これで戦国の世も終わりだ。もはやわたしの生きる場所はなくなった・・・・・・」
幸村は家康を睨んだ。
「ところでおぬし、家康の影武者であろう。先ほどまでの情けない男とはあきらかに態度が違うではないか」
家康はニヤリと笑うと、仮面を剥いだ。
「いかにも。霧隠よ」
「歳蔵、お前であったか。今度は徳川についたか」
「もはや忍者の時代も終わり。ここで天下人に恩を売っておくのも悪くなかろうと」
幸村はふんと鼻で笑い「達者で暮らせ」と言うと、背を向けて立ち去った。
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その後、真田幸村は立ち寄った神社の境内で、名もない武士に抵抗もせずにわざと討たれた。淀殿と豊臣秀頼は立て籠もっていた城に火を放ち自害したという。
豊臣家が消滅した瞬間である。
大阪城の燃えさかる炎が天を真っ赤に染め上げた。それはまるで真の侍、真田幸村を失って泣いているようにも見えたという。