「坂本龍馬、覚悟!」
ここは
「何者だ!」まずは同席していた陸援隊の中岡慎太郎が斬られた。
「?」
龍馬と呼ばれた男は、杯を傾けたまま虚ろな眼差しを賊にむけるのだった。
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「龍さん。悪いことは言わない。しばらく池田屋には近づかないほうがいい」
「総司。おんし、そがなん言うてだいじょうぶか」
沖田総司は壁を一枚隔てて、背中越しに龍馬と話をしていた。
「わたしは坂本龍馬という男に惚れています。あなただけは、斬りたくない。生き残ってもらいたい」
「池田屋に討ち入るがか」
「そうです。浪人狩りをします。ですが、龍さんが言うように薩長が手を組むとなれば、幕府も最早うかうかしていられませんね」
その時、尊王攘夷の志士たちが沖田総司に近づいて来ていた。
「しっ。龍さん、見ていてください」
龍馬は壁の穴に目をつけた。そして、懐から銃身の長いピストルをするりと出すと、いざという時には沖田の援護をしようと構えたのだった。
沖田総司は刀を抜くと、低く平正眼の構えを取った。賊の3人が刀を振りかざした次の瞬間、沖田は大きく一歩踏み出すと、その足が着地するよりも速く、稲妻のような速さで3本の突きを繰り出していた。沖田の右足が着地したのと、3人の賊が倒れたのがほぼ同時であった。
龍馬は「ひゅう」と口笛を吹いた。
「今のが巷でいう新選組一番隊組長、沖田総司の『三段突き』かね」
沖田は刀を収めた。「北辰一刀流、免許皆伝の坂本龍馬なら簡単にできますよ」
龍馬は笑ってこたえた。
「わしにはできんぜよ」
「・・・・・・龍さんに折り入って相談があります」
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1864年7月8日の夜半、京都三条の池田屋に潜伏していた攘夷派志士の一団に対し、近藤勇を隊長とする京都治安組織の新選組が踏み込んだ。その中には沖田総司も主力として動員されていた。
狭い旅籠での戦闘は、熾烈を極めた。沖田総司の疾風のような太刀裁きも、狭い旅籠の中では、柱や
結核である。蘭法医の松本良順の診察によれば、余命半年余りとのことであった。だが、沖田総司はその病気を誰にも、近藤勇にさえも悟られることなく今まで隠し通してきたのだ。
この喀血により、沖田は病床につき新選組の第一線から退くことになる。
あくる日、沖田は申し合わせた通り坂本龍馬と入れ替わった。長身の二人は、背格好がよく似ていたので、着ているものを交換するだけで顔をよく知らない者にとっては区別がつかなかったという。
「おや、沖田どの。これは不思議なこともあるものだ。一夜にして結核がすっかり治っている」
往診に来た松本良順は大袈裟に驚いてみせた。
「先生もお人が悪いやね」頭をかきながら龍馬が苦笑いをする。
「お父上」そこへ良順の娘が飛び込んできた。眼に大粒の涙をためている。「沖田さまが!」
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沖田総司は帯刀していなかった。病魔により、起きているのがやっとの状態だったのである。敵の刃はまともに沖田の額に深く突き刺さった。声を立てる間もなく、二の太刀、三の太刀が沖田の身体を切り裂いていた。
「おい、これが本当にあの坂本なのか」
「さあ、分からぬ。あまりにも無抵抗すぎるな」
刺客たちはそのあっけなさに逆に恐れおののき、そそくさとその場を後にしたという。
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「先生。ほんなら、わしもこれにて死んだことにしとうせよ」
松本良順は手を洗って渋々答えた。
「まあ、いいだろう。結核患者の棺桶なんざ、漬物石が入っていたとしても、番所も開けやしねえだろうからな」
龍馬の頭の中に、先日の沖田との会話が鮮やかに蘇ってくる。
「龍さん。わたし達は間違っていたのですかね」
「そがなんはないぜよ。やり方が違うだけで、みんな日本のために働いただけなのさ」
「どちらにしても、わたしにはもう先がありません。龍さん、この国の将来はあなたに任せます」
「総司。寂しいこと言いなさんな。わしたちの絆は永遠ちゃ」
幕府が倒れ、明治政府が発足したのはそれよりも少し後のことである。その後龍馬は、寺田屋に
「新婚旅行以来じゃな」
快活に笑う龍馬に、お竜も微笑みながら寄り添うのであった。
時々西郷隆盛や木戸孝允などが、隠密で面会に来ていたようである。当の本人は「わしなんかヒモのような生活ぞね」と自嘲していたが、まんざらでもなさそうである。
坂本龍馬は歴史の表舞台から消えた。しかしその後も影の実力者として、日本の発展に君臨したのだという。
人びとは龍馬のことを、暗号で“