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scene 26. 黒か白か

 サムたちがあらためて捜査資料を見直しているあいだに、チームは一件めの犯行があった三月二十三日、エイブラムスがラスベガスにいたという事実をつきとめた。被害者との接点はまだ判明していないが、これでエイブラムスが犯人であることはほぼ確実になったといえる。そのおかげか、もうサムを部外者だの民間人だのと云って追いだそうとする者はいなかった。

 〝魅惑の殺人鬼The Fascinating Killer〟ジョナサン・ソガードによって命を奪われた被害者に近しい何者かが、復讐のために模倣犯であるエイブラムスを利用し、ソガードを誘き寄せようとサンフランシスコでの殺人を続けているのでは、というサムの考えをボズウェルに知らせると、チームはすぐに行動を開始した。

 リストを作成し、ある条件でひとつひとつ潰していくような作業はFBIの得意とするところだ。七二年から七四年にかけて起こった三十六件の殺人――その被害者の家族や肉親、恋人などの親しい人物を、当時の捜査資料からピックアップする。次に、そのなかから二十代から五十代の男性以外を消していく。

 そしてチームは、さらにそのなかから連絡がとれなかった者、現在の所在がわからない者というように絞りこんでいった。六年前の事件はオハイオ州やインディアナ州など、中西部を中心にその周辺で起こっていた。いま突然にかかってきた電話を職場や自宅でとることができたなら、少なくともネッドの頭を殴ったとはまず考えられない。

 そうしてリストに次々と打ち消し線を引いていくと、四人の名前が消されないまま残った。

「……さて、どいつだ」

 捜査本部にチーム全員とサムが揃い、皆はホワイトボードに貼られた六年前の被害者と、その関係者の情報を睨んでいた。

「今のところはまだ、共犯の可能性がある関係者でしかない。先ずはこの五ヶ月ほどのあいだに変わった動きがなかったか調べて、居処をつきとめたら張り付くしかないわね」

 ボズウェルがそう云ったとき。テーブルの端に置かれた電話が鳴った。傍にいたヴァーノンが受話器を取り、「わかった。ありがとう」と一言返し、こっちを向く。

「その四人のうち、イライジャ・クレイグは仕事で先月から日本にいると確認がとれたそうだ」

「消えたな。これで三人だ」

 ホワイトボードに書かれた〝Elijah Craig〟の文字に、赤い線が重ねられる。残るはグレン・ターナー、エヴァン・ウィリアムズ、デヴィッド・ジェイコブズの三人であった。

 ターナーはオハイオ州コロンバスの被害者の夫で、現在の住所はクリーブランド。ウィリアムズは被害者の父親で住所はケンタッキー州レキシントン、ジェイコブズは被害者の婚約者で住所はテネシー州ノックスヴィルと名前の下に書かれている。ボズウェルは云った。

「とにかく、徹底的に洗いましょう。本人がみつからないままでも、どれかひとつでも事件のアリバイが確認できればリストから消せるわ」

「三人の乗っている車は?」

 サムが尋ねると、ヴァーノンがその質問の真意を察し、答えた。

「黒いマスタングに乗っている奴はいない」

 さすがにそう簡単にはいかないか。サムは肩を竦め、それぞれの容疑者についての情報を読み返した。――そして、ふとある点に目を留めた。

「……ジェイコブズは、四月に仕事を辞めてる」

 ターナーもウィリアムズも、職業欄は無職とあった。単に失業中なのか、それとも大切な女房や娘を喪い、病んで働けなくなってしまったのかはわからないが、なるほど連絡がとれないわけである。ひょっとすると、家では電話にでることもなく、飲んだくれる毎日を過ごしているのかもしれない。それとも、このサンフランシスコの何処かで、エイブラムスと一緒に身を潜めているのか。

 所在不明というのも充分に怪しいが――サムはそれよりも、ジェイコブズのほうが気にかかった。ジェイコブズの職業は配管工、その横に『四月二十七日退職』と書き添えられている。四月二十七日――三件めの犯行が二十四日。その三日後だ。

「これは、勤め先に確認をとったのか?」

 サムが誰ともなく尋ねると、ヴァーノンがテーブルの上に散らばった資料のなかから、メモを一枚抜きだした。

「ああ、ジェイコブズは二十日から二十六日まで休暇を取っていたが、二十七日になっても出勤せず、昼近くになってから電話で辞めると伝えてきたそうだ。雇い主はかんかんで、数日分ある未払いの給料ももう渡してやる気はないと怒ってた。それはまずいと云ってやったが」

「電話一本で辞めた? ……その休暇中、どこにいたかは?」

「そこまではまだだ」

 サムはネッドを見た。ネッドは、サムがなにも云わないうちに首を縦に振っていた。

「賭けます?」

「成立せんのだろ」

「おい……こいつだと?」

 サムとネッドのやり取りを見ていたヴァーノンが、ジェイコブズの資料を指で示しながらそう尋ねる。サムは頷いた。

「俺の勘ではな」

 サムがそう一言だけ返すと、ネッドが丁寧に補足した。

「未払いの給料があるのに、ボスの前に顔をださないで電話だけで辞めると伝えたんだろ? ってことはけっこう離れた場所にいて、しかもしばらく戻る気がない――ってことっすよね」

「そういうことだ。だが、まだあとのふたりも調べる必要はある。――どうかな、ボズウェル。ここから三手に分かれて進めるってのは?」

「いいわ。じゃ、ジェイコブズはあなたとキャラハンとジャクソンにまかせる。確実なことがわかったら連絡して」

「了解だ。……前に云ったが、犯人は十六歳の少年を拉致監禁している可能性がある。もしも容疑者をみつけた場合、盾にされないよう慎重に頼む」

 サムがそうボズウェルに念を押すと、「ほんとに目撃したんなら、もうとっくに殺られてるよ」と、誰かが聞えよがしに云った。サムは気づかないふりをしたが、ネッドが動こうとして肘があたった。サムはその腕を掴んだ。振り返ったネッドに小さく首を振ってみせ、制する。

 どっちが云ったのかわからないが、部屋を出ていくふたりの後ろ姿を見やり、ヴァーノンが申し訳無さそうな顔をした。

「すまん」

「かまわんさ。念のためと思って云ったが、あいつらがを引くことはおそらくない」

 ボズウェルも捜査本部を出ていき、サムとネッドとヴァーノンの三人だけが部屋に残った。

「エイブラムスを利用するには、まず奴が模倣殺人をやってるってことを知らなくちゃならん。無論、あとのふたりにも可能性はあるが……ジェイコブズは一週間の休暇中になにかがあって突然、仕事を辞める気になった。もしもその休暇中、ラスベガスかベイカーズフィールドかアナハイムにいたら?」

 サムの仮説に、ヴァーノンは考えこむように顎に手をやった。

「……偶然、殺人を目撃してエイブラムスを利用しようと思いついた?」

「と、思う。だから、犯行現場付近のホテルや観光地で聞き込みをする必要があると思うが……問題は、どこから攻めるかだ。運には頼りたくないな。勝てる確率の高い、いいカードが手にほしい」

「ベガスじゃないっすか? カジノもショーもある」

「可能性は高いな。アナハイムも観光地といえば観光地だが……」

 ヴァーノンが云った。アナハイムには世界でいちばん有名なテーマパークがある。しかし、ネッドとサムは揃って首を捻った。

「あの夢の国? 行かないんじゃないか、連れがいたんなら別だけど……」

「だが連れがいたとしたら、食事のあと部屋で飲み直してベッドに直行だ。深夜に殺しを目撃する暇なんかありゃせん」

「ですよね。……ベイカーズフィールドって、なにかあったっけ」

 ネッドの疑問に答えたのは、またもヴァーノンだった。

「カントリーミュージックが有名だぞ。ビートルズがカバーした〝アクト・ナチュラリー〟のオリジナルが、バック・オーウェンスっていうベイカーズフィールドサウンドのシンガーの曲だ。生演奏が聴けるバーやレストランもたくさんある」

 ――その言葉に、サムとネッドはまじまじとヴァーノンの顔を見つめた。

「……なんだ。俺がカントリーを聴いちゃ悪いのか」

「とんでもない」

「俺もアース・ウィンド&ファイアーとか聴くし、ちっともおかしくない」

「俺もチャーリー・パーカーやセロニアス・モンクを聴くぞ」

 黒人ミュージシャンの有名どころをネッドとサムがそれぞれ挙げたが、ヴァーノンはゆるゆると首を横に振った。

「俺はジャズは聴かん。ディスコもだ。あれは踊るためにある音楽だ、やかましくて聴いてられん。それに俺は、特にカントリーだけを聴くわけじゃない。エルヴィスもマーヴィン・ゲイも、パット・ブーンもオーティス・レディングも聴く」

 サムは肩を竦め、ネッドに向いて小声で云った。

「……意外とおもしろい奴だな」

「話してみなきゃ、人ってわからないもんすよね」

「まったくだ。……まあ、話さなくてもわかる方法もあるがな」

「……いいカードを拾いに行くんすか?」

「聞こえてるぞ」

 ヴァーノンに睨まれ、サムはにっと含みのある笑みを浮かべた。

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