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scene 12. 捜索

 サムは再びリックのアパートメントに立ち寄り、リックにミゲルを連れてこさせた。いくらこれまでのような心配はないといっても、まだ九歳の子供をそう長い時間ひとりにはしておけない。

 リックに戸締まりはしたかと確認し、ふたりを車に乗せ、サムは考えた――本当なら児童保護施設に任せるべきだろうが、リックは反撥するだろう。サム自身も気が進まなかった。施設というのがけっして居心地の良いところばかりではないと知っているし、エミリオのこともある。

 とりあえず、母親が快方に向かっていると連絡がくるまではなんとかするか、と肚を決めたとき。後部座席から「リック、おなか空いた」と声が聞こえた。

 「そりゃあ大変だ」と笑ってサムはドギーダイナーへ向かい、面差しのよく似た兄弟たちに三人分のテイクアウトを頼んだ。


 ホットドッグとフレンチフライを食べながら、ミゲルはジョンが餌を食べるのを興味深げに見ていた。大きな犬を怖がるどころか、好きそうなことにほっとする。リックはエミリオのことが気にかかるのだろう、浮かない顔をしていたが、サムは缶のドッグフードとドライフードが仕舞ってある場所を教えたり、冷蔵庫にあるジュースなんかは好きに飲んでいい、ただしビールはだめだぞ、などと話しかけて気を逸らした。

 腹を満たすと、ジョンを兄弟たちにまかせ、サムはさっそくエミリオ捜索に出かけてくるとリックに告げた。リックは自分も一緒に捜しに行きたそうな様子だったが、なにかあったら自分もかけるかもしれないから、オフィスの電話番をしていてくれと頼むと、任せてと頷いた。

 エミリオの部屋から失敬してきた一枚の写真をじっくりと注視し、その顔を眼にしっかりと焼きつける。そうしてサムは車に乗りこみ、再びミッション地区へと向かった。



 エミリオの家を再び訪ねたが応答はなく、夫人はまだ帰宅していないようだった。裏手にまわってまたエミリオの部屋の窓から侵入し、サムは家中、キッチンのパントリーから地下室まで隈なくチェックした。だがどこにもエミリオが軟禁されている様子はなく、とりあえずほっとする。ネッドが可能性を指摘した、親に虐待されて動けないというようなことはないようだ。

 エミリオの部屋も、もう一度ベッドマットの下やゴミ箱の中まで徹底的に調べ尽くす。だが書き損じた書き置きや破られた日記帳の切れ端はおろか、何者かに呼び出された手紙も脅迫文の書かれたカードも、なにもみつからなかった。この年頃の子なら隠し持っていたりする小さな折りたたみナイフフォールディングナイフや、煙草も乾燥大麻の欠片も見当たらない。躰を売っていたとは聞いたがそれ以外、なんらかの犯罪行為に関わっていたような感触は微塵もなかった。コンドームすら出てこないことに、ちゃんとつけるものはつけないと病気を感染うつされるぞと、サムは顔を顰めた。

 そうして部屋の捜索を終えると、サムは人に見られないよう、そっと窓から出て何食わぬ顔で表通りに戻った。

 車を移動し、メモしてきた交友関係をあたりながら、リックが最後にエミリオを見たという辺りで聞き込みを始める。本当なら親を説得して捜索願いを出させ、エミリオはなんらかのトラブルに巻きこまれ拉致された可能性があると、警察の重い尻を叩くのだが――父親が警官だと云っていたし、母親のあの様子では身代金を要求する電話でもかかってこない限り、それは望めないかもしれない。しかし誘拐事件の可能性は低い――誘拐するならマリーナ地区やパシフィックハイツ辺りの、もっと富裕層の子供を狙うだろう。

 ひとりで地道にやるか、とサムは一軒一軒訪ねては写真を示し、最近見かけてはいないかと丁寧に訊いてまわった。だがエミリオを見たという人物はまったくみつからなかった。もちろん、これがそう簡単なことでないことは覚悟していた。なにしろ姿を見なくなってから、もう三週間もの日数が経過している。四十八時間どころの話ではない。

 だが一年以上経っていようと、手掛かりを得られることが皆無ではないとサムは知っている。サムは思った――窓の外を眺め、その日にあったことを毎日欠かさず日記につけている老女でもいてくれると助かるのだが。

 根気よく聞き込みを続けて一時間ほどが経ったときだった。広い通りの一角で、自転車に乗った少年たちが五人、集まってなにやら駄弁っていた。サムは少年たちに近づいていき、「ちょっとすまんが」と話しかけた。

「この写真の子を捜しているんだが、最近見かけたりしてないかな」

 すると少年たちは顔を見合わせ、少し途惑ったような表情をした。

「……それ、エミリオだろ。あいつ、どうかしたの」

「エミリオを知ってるのか。最後に見かけたのはいつか、憶えてる?」

 少年のひとりは自転車から降り、うーんと首を捻った。

「あれ、いつだったかなあ。俺、親が厳しくっていつも六時頃には家に帰るんだけど、そのときにすれ違ったんだ。でもけっこう前だし、何曜日だったかも憶えてないよ」

 六時。リックが最後に見たのは夕方頃Early eveningと云っていた。

「三週間くらい前の日曜じゃないか? 家に帰ってから、なにか平日とは違うことがあったりしなかった?」

「あー、そうだ。日曜かも。帰ったら父さんがTVのニュースを視てたんだ。ほら、あの飛行機事故の」

「191便の? あの事故が起こったのは二十五日の金曜だぞ」

「うん、だから続報ってやつだよ。うち、日曜しかその時間に父さんいないもん」

 信じるに足る根拠を備えた証言に頷く。その少年にエミリオがどっちに向かったかを聞き、サムは引き続き足取りを追った。



「――二十七日の日曜に間違いない?」

 サムが尋ねると、警官はぱらぱらと記録を捲り、「ああ、間違いない。二十七日の、午後十一時五十分だ」と答えた。

「ありがとう。もしまた見かけたら、そのときは保護してくれ。できなかった場合も、あとからでも電話をもらえるとたすかる」

「制服を見て逃げなきゃな」


 捜索はミッション地区を離れ、カストロ地区に移っていた。

 偶々通りかかったパトロール中の車を停め、警官に尋ねてみたところ、エミリオは非公式な要注意青少年リストに載っていた。警官によるとエミリオは万引きで補導されたこともあるそうだが、エミリオの父親と同僚であるその警官は、以降なにかあってもその場で注意するだけで、手錠をかけたことはないという。

 二十七日の夜、つまりリックと一緒だった二十六日の次の日、エミリオは客を待って裏路地にいたらしい。警官はまたおまえかと声をかけたが、フェンスを乗り越えて逃げられ、それ以上追うことはしなかったと話した。

「捕まえてもどうせすぐ釈放だしな。問題のあるガキひとり連行しても手柄にもならん。同僚と気まずくなるだけ損だ」

「そりゃあ、そうだろうよ」

 なにか云いたげな警官に背を向けて、サムはリックが超えていったと云うその場所を見た。細い路地を挟んだビルの間に、チェーンリンクゲートが設置されている。網の目には太い鎖が通され南京錠がつけられているが、足をかけて乗り越えるのは難しくないだろうなと思われた。

 フェンスの向こうはダンプスターが置かれ、ゴミや空き瓶なども散らばっていて荒れているが、他に特に変わったものは見当たらない。警官を撒いて通り抜けただけのようだ。

 名刺を渡して警官に礼を云い、淡い水色のポリスカー*が走り去るのを見送る。そうしてサムはぐるりと路地の向こう側へまわり、さらに聞き込みを続けた。





 捜索を始めて二日めの夜。サムはリックとミゲルがよく彷徨いていたというカストロ地区の一角で、エミリオに会ったという男をみつけた。

 正確には会った、ではなく買ったと云うべきだろう。ハイになっているのかへらへらと締まらない笑みを浮かべた男はエミリオがお気に入りの常連で、買う買わないは別にして、見かければ必ず声をかけているのだと云う。

「あの子さあ、可愛いんだよ。見た目はやんちゃそうなふつうの男の子なんだけど、ちょっとした仕種とか、言葉遣いがいいんだよね。――日曜? うん、確かだよ。僕はその日、給料日明けで懐が暖かくてね、エミリオには口で愉しませてもらったんだけど、たんまりと払ってやったよ。だからたぶん、その日は僕が最後の客だったんじゃないかな。僕が帰るとき、エミリオもあっちのほうに歩いてったよ」

 男はそう云って南の方向を指さした。

「そうか、助かったよありがとう……。ところで」

 サムはにっこりと笑顔を浮かべ、男に向かって云った。「若い子が好きなのか? 確かエミリオは、まだ十六歳のはずだが」

「そう、十六! 可愛いよねえ、男の子はね、あのくらいの年齢までじゃなきゃだめだよ。ほんとは十二くらいがいいんだけど、さすがにそのくらいの子はこの辺りに立っちゃいないしね。よく見かける二十歳はたちくらいの子なんてもう、完全に賞味期限切れ――」

 一分後。痛そうに顔を顰め、右手をぶらぶらと振りながら歩くサムの背後で、男が血塗れの顔を苦痛に歪め、股間を押さえて舗道に転がっていた。









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※ 七〇年代後半、サンフランシスコの警察車両は従来の黒と白ではなく、淡い水色(Baby Blue)と白のツートンカラーであった。これは警察のイメージチェンジを図った、当時の署長チャールズ・ゲインによる改革のひとつであった。


 ゲインは一九七五年にジョージ・モスコーニ市長からサンフランシスコ市警察の署長に任命された。ゲインは警察車両の配色を変更した以外にも、勤務中の飲酒を禁止するなどの改革を実施していたが、そのため警官たちからは疎まれていた。

 黒人市民との対話を重視し、ブラックパンサー党との直接的な対話を行ったことでも知られているゲインは同性愛者に対しても肯定的で、ゲイの警官がカミングアウトしたらどうするかと質問されたとき、彼は一〇〇%支持するだろうと答えた。当時、全国紙の見出しを飾ったこの発言はまだ偏見や差別の残る世に衝撃を与え、ゲインを任命したモスコーニ市長までもが保守的な警官たちに嫌われるという事態になった。

 ゲインは八〇年一月に警察署長の職を退くことになるが、そのきっかけは『ホワイトナイトの暴動White Night riots』で、警察がデモ隊を制圧することに消極的だと批判されたことであった。彼の最後の仕事は署長として、警察署初のオープンリーゲイの警官の宣誓式を執り行うことだったという。

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