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MISSING:探偵サム・マクニールの事件簿
烏丸千弦
ミステリーサスペンス
2024年12月05日
公開日
70,383文字
連載中
【J/S&N series #2】 サムはFBIを定年退職後、サンフランシスコに移り私立探偵業を始めていた。依頼といえば猫捜しや浮気調査など地味な仕事ばかりだが、なんとか細々とやっている。
そんなある日、現役時代の最後の相棒、ネッドが訪ねてくる。

ネッドは嘗てサムと共に担当した〝魅惑の殺人鬼〟の事件を彷彿とさせる若い女性を狙った連続殺人事件の捜査のため、サンフランシスコまで来たのだと云う。
〝魅惑の殺人鬼〟ジョニー・ソガードは五年前、川に転落して死亡したとみられているが、遺体は発見されていない。生きて逃げ遂せたソガードが再び犯行を繰り返しているのか、それとも模倣犯なのか。
探偵事務所に舞い込む依頼を熟しながら、ネッドの相談とも愚痴ともつかない話を聞いていたサムだったが、やがて事件は思いもしなかった展開に――

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舞台は一九七九年のアメリカ。

〈三十六人めの被害者:The Untold Story of SERIAL KILLER Jonny Sogard〉に登場するサムが主役のスピンオフです。
いちおう上記のお話の続編にはあたりますが、こちらのみ読まれても問題ありません。


三十六人めの被害者:The Untold Story of SERIAL KILLER Jonny Sogard
≫ https://www.neopage.com/book/31063599624705700


※【カクヨム】【ステキブンゲイ】でも同時連載しています。
※【pixiv】は作品内の更新を通知する機能がないため、こちらでの連載終了に伴い一挙公開する予定です。
※ 作者は未熟です。加筆修正については随時、気づいた折々に断りなく行います。が、もちろんそれによって物語の展開が変わるようなことはありません。
※ この物語はフィクションです。作中に登場する実在の人物・団体等と一切関係はなく、描かれているのは作者のリアリティのある夢に過ぎません。
※ この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

scene 1. 来訪者

 ――一九七九年 サンフランシスコ――


 ブルー・マルガリータのような六月の空を、張り巡らされた電線が切り裂いている。

 ほんの少し残念なこの空の景色も、ゴールデンゲートブリッジやケーブルカーと同様、サンフランシスコらしさの一部なのだろう。そしてこの、まるでパッチワークのような継ぎ接ぎだらけのアスファルトも、寄せくる波のようにうねる坂道も。

 平坦な土地ならまだまだ足腰への負担など感じやしないのにと、サムはうんざりしながらくたびれた革靴を履いた足を止めた。

「……くそ、逃げ足の速い奴め……。今度こそ逃がさんぞ、こちとら元FBIだ。なめられてたまるもんか」

 息をつきながら、サムがそう呟いたとき。かさ、という音が微かに耳を擽った。

 人生の半分もの長い年月、危険の伴う現場で犯罪者を追い詰めてきた者に特有の鋭い目つきで、サムはその音が聞こえたほうに目を向けた。

 坂道沿いに立ち並ぶ、カラフルなヴィクトリアンハウス。勾配の急な土地に合わせ、フロントドアは階段を上がった先にあり、その横にはガレージ。両隣にぴったりと挟まれている家屋は縦に長く、三角屋根の下の大きな出窓が空の色を映している。

 十九世紀末に建てられた美しい住宅が軒を連ねるこの風景も、サンフランシスコを象徴する眺めのひとつだ。サムはすっと姿勢を伸ばしてその一軒の家に向くと、階段横の植え込みにゆっくりと近づいた。歩きながら右手をポケットに入れ、忍ばせていたものをぐっと握る。そしてその腕を、サムはそっと植え込みに向かって伸ばした。

 その気配を察知したのだろうか。対象が、身を隠していた植え込みの陰からそろそろとその姿の一部を現す。

「みつけたぞ……。もう逃げるなよ、悪いようにはしないから、諦めてこっちへ来るんだ」

 サムはそう云いながら、そっと拳を開いてみせた。握りしめていた掌のなかから、ころころと茶色い粒が転げ落ちる。がさっと小枝を鳴らしてようやく全身を見せた対象は、サムの手の匂いを嗅ぐとぱくりとその粒に齧りついた。

「よしよし、いい子だ……」

 美味しそうにキャットフードを頬張り始めたシルバータビーの猫を、サムは両手でがっしりと捕まえた。食事の邪魔をされた猫が、ミギャアアァと可愛げの欠片もない声で鳴きながら必死に暴れる。

「諦めろ! もう逃げられんぞ、逃がすもんか。さあ、家に送ってやるからおとなしくしろ……暴れるな!」

 用意していた麻袋に猫を放りこみ、口を縛ろうとしたそのとき。猫は素早い動きで左前肢を飛びださせ、サムの右頬に赤い二本の線を残した。





 ひと仕事終え、サムは探偵事務所に戻ろうと車を走らせていた。

 相変わらずの坂道に、街路樹が夕暮れ時の陽を浴びて長い影を落としている。その舗道の向こうには、ついさっき迷い猫を確保した家と同様の造りの家が軒を連ねている。ライラック、ライトグリーン、クリームイエロー。思い思いの色に塗られた家々が立ち並ぶその通りをしばらく進み、交差点が見えてきたところでサムはなんだ、と顔を顰めた。

 角から数えて三軒め、『McNEILマクニール DETECTIVE AGENCY探偵事務所』と出窓にでかでかと描かれた自宅兼オフィスのすぐ前に、見慣れない車が駐まっていた。朱色がかった鮮やかな赤のボディにルーバーフードの白いストライプが目立つ、オールズモビル・442コンバーチブル。

 バハ・ブロンズ色のボディにウッドパネルという地味なステーションワゴンのブレーキを踏みながら、サムはむう、と口先を尖らせた。

 オールズモビルが駐められているのは、ガレージに入れるのが面倒なとき、また出かける予定があるときに、サムがいつも車を駐めておく場所だった。路上駐車などめずらしくもない。だからまあ、百歩譲ってそれはいいとして――この位置では邪魔で、車をガレージに入れることもできない。

 ちくしょう、いったい何処のどいつだ。隣の客かなにかか? と憤慨しながら、サムはしょうがなくオールズモビルの後ろにAMC*のステーションワゴンを駐め、通り過ぎざまにこつんとつま先をぶつけてやった。器物損壊罪という言葉が脳裏をちらつかなければ、へこむくらい強く蹴ってやりたいところだ。

 サムはエントランスへと伸びる階段を上がり、やれやれとドアを開けようとして――ぴたりと、キーホルダーを持っているその手を止めた。

 僅かにドアが開いている。鍵を掛け忘れた覚えはない――間貸ししている住人がひとりいるが、彼は裏口の鍵しか持っていず、こちらから出入りすることはない。自分の留守中、電話には出てくれるが、依頼人など来客の応対はしなくていいと云ってある。

 サムは音がしないようキーホルダーを握りしめ、ズボンのポケットに仕舞った。そしてその手を今度は懐に入れ、愛用のチーフズ・スペシャルを握りこむ。しっくりと手に馴染むコンパクトなリボルバーを低く構え、サムは閉まりきっていなかったそのドアを静かに押し開けた。

 気配を殺し、足音をたてずそっと中に入る。エントランス前方、右側には二階への階段、その左にはダイニングルームへ続く真っ直ぐな廊下。耳を澄ます。階上うえや奥から物音は聞こえず、なんの気配も感じない。サムは銃を構えたまま左の壁にぴたりと身をつけ、オフィスとして使っている手前の部屋を覗った。

 間口は狭く、奥へと広い特徴的な家屋。探偵事務所のオフィスも同様に二部屋を繋げたような長方形だ。その間を仕切るように飾り棚があり、本などが並ぶ上部の隙間から僅かに向こう側の応接室が窺える。だが、そこに人影は見えなかった。

 僅かな空気の動き、息遣い。何者かがいる気配を察知し、サムはオフィスの通りに面した側、出窓を背に置いたデスクが見えるまで、壁の陰からそっと顔をだした。

 ――デスクの奥、壁際の棚の前に長身の男が立っている。きちんとスーツを着こんではいるが、髪は今どきの若者のような長髪だ。それに――背中、肩。上着の皺の寄り方で、銃のホルスターを着けているとわかる。

 サムは静かに、素早い動きで男の背後を取り、両手で狙いをつけた銃口をぴた、と止めた。

「動くな。そのまま両手をあげて壁に手をつけ。妙な動きをしたら耳の穴がひとつ増えるぞ」

 低い威圧感のある声でそう告げる。侵入者は云われたとおりゆっくりとホールドアップし――「うへぇ、勘弁してください」と、躰を捻って振り返ろうとした。

 その横顔に、サムは思わず銃口を向けたまま目を瞠った。

「俺っすよ、俺。やだなあ、まさかもう忘れたとか云いませんよね?」

 よく知った、まだ学生気分が抜けていないような軽薄な口調。ホールドアップしたまま真っ直ぐにこちらを向いたその男は、三年前にサムが定年退職するまで連邦捜査局FBIで捜査を共にした相棒、ネッドことエドワード・キャラハンであった。









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※ AMC・・・アメリカン・モーターズ・コーポレーション(American Motors Corporation)。一九五四年、ナッシュ・ケルビネーター・コーポレーションとハドソン・モーター・カー・カンパニーが合併して設立されたアメリカの自動車製造会社。

 ジャヴェリン/AMXやグレムリン、ペーサーなど、他とは一線を画したデザインの車が人気であった。

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