蛍は自分の鞄を抱えたルキの背を見る。
何度見ても細い。肩幅は標準だが、その腰にコルセットがあると思うと信じられない気持ちになった。
「武装……してるんだよな ? 」
「はは。急に何 ? ケイ。もう俺を脱がせたくなっちゃったの ? 」
「……そういう話じゃない……」
押し黙る蛍を見て、ルキもパカっと開いた口を閉じた。ルキから見下ろした蛍は、やけに従順で、ちょこちょこと傍に付いて来る子鳥のようだった。ルキは静かに目を細めて、会話を続けた。
「俺の装備が気になるかい ? 」
「まぁね。普段は護衛もいるだろ ? そんな量を持ってなくても……一本で十分なんじゃないの ? 」
以前、コルセットに蛍が触れた際、すぐに分かるほど分厚く、鋭利なものが凸凹と並んでいた。決して身軽な物では無い。
二人は獣医を出ると歩道を歩く。絡みつくような温いビル風。ルキのシャツの香りを、蛍の鼻腔へ芳しく運ぶ。
しかし町の空気を感じる間もなく、すぐ横のコインパーキングへ入ることとなる。
「その話も、後からゆっくりね ? 」
一台のワゴンと高級外車が停まっていた。ワゴンの前にはスミスが立っていて、二人を待っていた様だ。こんな時でもスミスは大柄な体型に似合わない程に、礼儀正しく直立していた。そして側にいた蛍を見ると、微笑んで挨拶を口にする。
「涼川 蛍さん。今回も生き残りおめでとうございます」
「あ……いえ……はい」
突然のスミスの言葉に、蛍は意外だと思いながらアーモンド色の瞳を見上げた。流暢な日本語。椎名がルキを盲信しているのとは違い、スミスはビジネスとして完璧な側近だと言い切れるだろう。
「ルキ様のお連れである貴方に物申す立場ではありませんが……。側近としましては、ルキ様をゲームに巻き込むのは、やめていただきたい。……あのノコを取り付けた時は、生きた心地がしませんでしたよ」
「はは」
このセリフも椎名相手ならルキが「余計なお世話だ」と一蹴しかけない。蛍にはそう思えた。
スミスだけがそれを許されている訳ではなく、単純に今日はルキの機嫌がいいだけ。そしてスミスは、それをよく観察できている。
ルキが『細かい気遣いはスミスの方が向いている』と以前言っていたのも、こんな所なのだろう。
「スミスさん。あの時、震えてたもんね」
蛍が言うとスミスも苦笑して答える。
「それはそうですよ。ルキ様にもしもの事があったら……。でもルキ様の見込んだ貴方だ。信じてましたよ」
スミスからしたら、たまったものでは無いはずだったルキを檻に放り込んでの二回戦。
「俺は本気で殺そうとは思ってなかったんだ。ちょっとコイツの困る顔が見たかっただけ」
「その歳で豪胆ですね……」
スミスが参ったとばかりに額を撫でる。蛍の隣、ルキは微笑むだけだった。
「ルキ様。そろそろ時間ですね。全て御用意してあります」
「ありがとう。スミス。
上手くいったかい ? 」
「はい。現在……15時54分……。16時にはローカルニュースで取り上げられるでしょう」
突然不穏な会話が始まる。
蛍はルキとスミスがバタバタする様子を、他人事のように見ていたが、突然状況が変化する。
「二人は ? 」
「中に来てます」
「一体なんの話 ? 」
ルキが後部座席のスライドドアを開けると、よく見知った女が二人座っていたのであった。
「やっほ〜 ! ケイ君♡」
「ケイくん、退院おめでとう」
美果と結々花だった。
肩上まで上がった美果の髪は綺麗に整えられ、より個性的で奇抜なショートボブになっていた。結々花は相変わらず緊張感の無い様子で座席にもたれている。
「スミス、タブレットを」
「こちらです」
スミスがタブレットを全員に渡す。ルキと蛍もワゴンに乗り込みタブレットを見つめる。そこに映っていたものは夕方のニュース番組だった。
「ニュース ? なんで ? 」
困惑する蛍にルキが答える。
「前にケイが言ってたろ ? 美果ちゃんの誘拐事件で良くない噂が独り歩きしてるって。確かに『俺達の責任』だね。アフターフォローだよ。
今日から、あの日の被害者は美果ちゃんじゃ無くなる」
「どういう事 ? 」
「そろそろかしらね」
結々花が画面を見るよう、皆の会話を切る。
全国ニュースを読み上げる番組が終わり、16時ジャスト。爽やかなメロディと共にローカルニュースへ切り替わる。キャスターの挨拶が終わると早速始まった。
『続報です。六月十五日 正午過ぎに、西湊市の芸術大学の駐車場で女性が拉致された事件です。防犯カメラに映っていた被害者女性が昨夜、警察に保護されました』
ここでカメラが切り替わる。
美果が誘拐される瞬間の映像が映し出された。
『被害女性は緑星市に住む、29歳の臨時講師で、たまたま当日は大学へ出勤しており、退勤時に車へ乗せられたという事で……『交際していた男性に借金があった』『知人の代理と名乗る男に車に乗るよう脅迫された』という旨を話しており、自力で逃げてきた所を交番で保護されました。尚、怪我は無く、命にも別状はないとの事です。引き続き、警察が詳しく調べています。
続いて、地元小学校の学習発表会に知事が訪れ、賑わいを──』
全員、タブレットから顔を上げる。
「随分アナログなアフターフォローだけど。29歳……なら、流石に美果だとは思わないかな」
「大丈夫。こっちもあるわよ」
結々花がタブレットを動画サイトに切り替える。
「今回作ったアカウントよ。投稿時間を過去に細工するのが一番大変な作業だったわ。
これ、被害者女性が交番に駆け込んだ瞬間の動画よ」
映し出された動画は、知らない男がラーメンをハフハフと啜っているだけだった。動画名には『ラーメン超査 ガン』と書いてある。そして男は店を出ると、看板の前で食べた感想や味の種類を、知った風な口調でベラベラ語り始めた。
その背後。件の交番が写っていた。
「あ、来た」
交番の入口に、美果が着ていたチュニックと同じ服装の女性がフラフラと入って行った。
「これだけ ? このチャンネル、観てる人どのくらいなの ? こんなんで気付かれるものなの ? 」
「勿論、畳み掛けたわよ」
「ラーメン配信者はルキくんの黒服さんにお願いしたの。こっちは別なチャンネル」
次に映った動画は『事件推察、考察』勢の配信チャンネルだ。自動読み上げシステムを使ったキャラクターが、芸大の防犯カメラの映像を流し、語り始める。
『♡今回紹介するのは、六月十五日に誘拐された、女性講師の誘拐事件だぜ。
♢誘拐なんて、一体何があったのかしら ?
♡まずはこの動画だ。これは監禁現場から命からがら逃げて来た被害者が、交番へ辿りついた瞬間の映像だ。
♢本物なの ?
♡本物だ。『ラーメン超査 ガン』さんから提供して頂いたんだぜ。ガンさんのリンクは概要欄にあるから行ってみてくれ』
交番へ駆け込む女性の姿が流れた。髪型や服は同じ風でも、美果とはかけ離れた顔つきの女性の姿。ズームにし、モザイクもかけず映し出される。
「彼女も俺の黒服。背丈も体型も似てたからお願いしたんだ」
「確かに……この人があの不鮮明な防犯カメラに映ってたとしたら、みんなが美果と間違えてもおかしくないね」
「あとは適当にSNSを使って、噂が消えるのを待つだけ。すぐでは無いかもしれないけど、消えるまではサポートするよ。
『被害者が現れて、別の人間だと証明する』これが一番手っ取り早いんだ」
ルキの説明を聞き終わると、美果はタブレットを伏せ複雑そうな笑みを浮かべた。
「黒服の方も結々花さんも……ありがとうございます。噂が消えるのはありがたいけれど。でも……今回の事で噂してた連中に、わたしは興味無いし。別に良かったのに」
勿論、そんな訳はないのだ。
大学内で広まってしまった噂。ありもしない自分のイメージ。今更、全てが消えるとは思えず諦めていただけだ。
蛍は図書館で見た美果の様子に、確かにそう感じたから、ルキにアヤをつけたのだ。
「でもさ、そういうの言ってる奴って一部のしつこい奴じゃないの ? 美果ちゃんに対抗心あるタイプの子とかさ〜」
結々花が心配そうに美果の背に手を当てる。その手の平の温もりに、つい美果の口が滑った。
「わたし、そいつに入学直後に告られて断ったの」
「うわぁ〜。そういうこと !? 全く。男のヤキモチはみみっちいわよねぇ〜」
「毛の生え揃ってない同級のガキに興味なんかないんですよ」
美果の理想は熊のような酒豪の男性だ。それにしても、酷い口振りにルキが苦笑する。
「いや、美果ちゃん。ケイもいるし、暴言は慎しもうね」
ルキが咎めるが、美果は口を尖らせたままだ。
「ケイくんは生え揃って無くてもいい男よ」
「う、うん。そうか。いや、生えてる生えてないって、言うもんじゃないよ美果ちゃん……」
「あのねぇ。暴言がどうとか言葉の表現とか……あんたみたいなクソ野郎に言われたくないわよ ! 」
「あ〜もう、本当になんなのこの子 ! 結々花ちゃん、助けてよ。美果ちゃんいつも辛辣なんだよ」
「いえ……なんか意外過ぎて……。美果ちゃん、ルキさん相手に度胸ありすぎよね」
「ふん ! 」
ずっとやり取りを聞いていたケイがタブレットから顔を上げた。
「美果、そいつ。どういう奴なの ? 」
珍しく蛍が美果に交友関係を聞き出した。
「え ? どういうって……中野 祐介っていう奴で……。
あれね。『なんで芸大に来たのか ??? 』ってイメージの男だったわ。
どうして ? 気になるの ? 」
「だって美果に交際申し込むとか、絶対マトモじゃないし」
「ブフっ !! 」
「ちょっと ! ケイ君、酷っ !! そんな事ないわよ ! ってかルキ ! あんた笑ったわね !? 」
「ごめんごめん、ケイに同感過ぎてさぁ」
「ったく !! ほんとにアンタにだけは言われたくない !
中野は一応、皆に一目置かれてるのよ。南湊市のデザイン会社は両親が社長らしいの。既に『絵』のレールが確定してる男よ。芸大にいる全員が芸術を仕事にできる訳じゃない。だからそういう交友関係には敏感に反応しちゃうのかもね。取り巻きが多いわ」
「南湊のデザイン会社って、美術館の建築にも関わった会社よね ? 確か建築の方が妻の実家だ〜とかで」
「ええ。今も中野は実家から通いで、大金持ってうろついてるらしいです」
「ふーん」
「金持ちのデザイン会社ねぇ。いいじゃない、玉の輿よ ! 美果ちゃん、なんで断ったの ? 」
結々花の問いに、美果は唇をウィッと曲げる。
「そいつが下戸だからよ」
「「「あぁ〜…………」」」
居合わせた三人全員が呆れた溜息を吐いた。熊のように改造しようがあっても、下戸は体質的なものだ。最初から縁のない仲なのだ。
「さてと ! 」
ルキは頃合を見計らい、手をポンと膝に付ける。
「報告も済んだし。これでお開きかな」
「そうね。美果ちゃん、アパートまで送るわ。
ルキくん、明日から通常業務に戻るわね」
「ああ。ご苦労様。
美果ちゃんも気をつけて」
「……はい。結々花さん、お願いします」
蛍とルキに見送られ、美果は結々花の軽自動車に乗り帰路についた。
「帰った帰った。あの二人が並ぶと警戒しちゃうよ。女の子って本当にヤダよね〜。
スミス、俺のゴーストを」
「はい。こちらです」
スミスがルキの愛車のキーを渡した。
ワゴンの前方に停めていた、一台の黒い車。
「じゃあ、少し出てくるから」
「お気をつけて」
運転席に乗り込むルキと共に、蛍も助手席に向かう。
「蛍さん。ルキ様をお願いしますね」
「……え ? はい……」
『お願い』とは ?
自分は敵なはず。しかし今日は殺る気は無いのだから、トラブルに関しては『お願い』なのか ?
蛍は何となくスミスに頷いただけだった。
□□□□□
緑星市から幹線道路に乗り、北上する。
「どこに行くんだ ? 」
「前に聞いたろ ? どうして俺が、こんな田舎で長期滞在してるのかって理由。
ある人に会いに来たんだ」
「ある人 ? この町に知り合いがいるのか ? 」
「そう。その休暇中散歩してて、ケイを見つけたってところかな」
「……だろうね。こんな都市部でもない田舎で、世界的な富豪達が毎回集まってるとかおかしすぎるよ。目立つし」
「湊市周辺に来るのだけは、Mも反対はしないからさ」
大きな十字路に差し掛かった時、蛍がルキのハンドルを握る手にそっと触れた。
「ケイ ? 」
「直進しないで。左に行ってくれる ? 」
現在地は南湊市。
すぐに察したルキはウィンカーを左に出したが、同時に蛍を横目で見た。
「なんだよ。他の男の所に向かうなんてさ。
ケイ、今日は俺に付き合ってくれるんじゃないの ? 」
「別に。終わらせてからでいいだろ」
「んもー。今日中にそいつに会えなかったらどうするの ? 」
蛍は美果の噂を触れ回った中野と言う男を、次の獲物に選んだ。リュックの中から小さなボタン式スタンガンを手の平側へ装着すると、サイクルグローブで隠す。
「そりゃ確かに。ケイが殺るのを見れるし、いいけどさ。そういう奴って常に群れてるよね。手伝おうか ? 」
「一人でいい」
そう言い、最後に愛用のナイフを抜いた。
「どうせ似たような奴の集まりだろ」
「ふふ……いいね。行こうか」
車は中野の会社と併設した自宅へと向かう。蛍はスマホを見ると、その周辺から駅やバス停を確認し、どうしても通らなければならないポイントを割り出す。
「ここかな。最短距離だし、歩きやすい道だ。車停めて」
既に夕刻。
日が陰り初めて来た。街灯のない路地は静かだった。
「静かな住宅地だね。一区画先にはコンビニも多いけど……防犯カメラの心配は無いのかい ? 」
「この辺はセキュリティを入れてる家、少ない。そんなに神経質な土地じゃないんだ。それに二十四時間営業の店の周辺は、みんな昼もカーテン閉めがち」
「確実では無いと思うけど」
「車庫に車が無い家ばかりだ。カメラを見つけたら家ごと燃やせばいい。
中野に会わなかったら別の日にする。下見に車で来れたのがラッキーだから」
作業的。ルキはそう感じた。
蛍が中野を獲物に選んだのは、美果の為などでは無い。それらしい理由があっただけで、誰でもいいのだ。その発作は思いつきのようにやってくる。だからいつもナイフを常備している。
感覚的にどう狩ればいいのかも分かっている。
「……来た。流石ケイ。待機二十分で、本当にこの道に来たね」
若者が暗い路地を数人のグループで歩いて来た。
「顔、見えないけど間違いないの ? 」
「図書館で一度見かけてる奴らだと思う。本当に別人ならスルーしてもいいけど」
『してもいいけど』の後に言葉は続かない。
蛍は車から飛び出すと、ヘッドライトの灯りの前へ飛び出していく。蛍の後ろ姿をルキはぼんやりと眺めていた。
まず蛍が笑顔で集団に近寄ると、グループのリーダー格に手を伸ばす。恐らくあれが中野なのだろう。
人懐こく笑顔で中野を見上げる蛍の手を、ヘラヘラとその手を握った。次の瞬間、思いがけない電撃に、中野が苦悶の表情で仰け反った。
蛍の身体が揺らぐ。
中野の腹を蛍のナイフが横に滑っていた。ボロボロとホースのような物体が地面に落ちる頃、隣にいた女の髪を掴み、素早く首を掻っ切った。
「う、うわぁぁぁっ !! 」
ようやく悲鳴が車まで届いたが、蛍のナイフは既に逃げようとした別な男の背を捉え、立ちすくんでしまった最後の女にも容赦無く襲いかかった。
一瞬だ。
蛍は倒れ込んだ四人を見下ろすと、念入りに全員の首を斬り付け、確実に致命傷を与えて戻る。
「ちょっとケイ〜。その格好で俺のゴーストに乗るつもり ? 」
「知らないよあんたの車なんて」
全身に血を浴びて戻ってきた蛍に、ルキは高揚感を抑えられなかった 。「まだまだ殺人鬼として蛍は未発達だ」と思ったからだ。
「一撃で殺しきってしまうなんて……勿体無い事するなぁ〜」
「殺れればいい」
ぐしょぐしょのグローブをリュックに詰め込み、ナイフをシャツの裾で拭う。顔から靴まで生臭い血に塗れた蛍を見たルキは運転席から蛍に抱きつく。
「ケイ〜♡」
「……いや。……行けよ早く。運転しろ」
突然絡みついてきたルキに蛍が顔を背ける。
「無理じゃん。こんな姿見せられたらさぁ。それに、初めから俺を誘ってたろ ? 」
「誘ったのはゲームだけだよ」
「ふーん ? そうなの ? 」
ルキは素っ気なく窓の外を見る蛍の上に、スルリと跨った。
「はぁっ !? なんだよいきなり ! あんたの服、汚れるけど ? 」
「いいよ」
ルキは一度蛍の背に手を回し、ワザと身体を合わせて血を受け取った。
「こんな状況下だ。お互い、おかしな嘘はやめようよ。
ゲームの前日。あの晩の話を聞かせてよ。
俺はケイに会いたくなったから部屋に行ったんだ。ゲームの話をしたら絶対食いつくだろうと、分かってて言った。ケイと話したいが為にね」
「それは……気付いてたけど。なんで俺が参加出来ないのか、最初は分からなかった」
「椎名の事があったからね。
俺のゲーム。少しは気晴らしにはなってるだろ ? だからと言ってケイの殺しは止まらないみたいだね」
「あんたのゲームは毎回、俺が直接殺せない。
……俺は時々。人が人に見えなくなって……。急に「殺らなきゃ」って気持ちになるんだ」
「シリアルキラーらしい発言だね。刺激が足りないなら、いつでも俺が与えることは出来るよ。
でも『別な刺激』はケイ次第だよ。俺もケイに嫌われたくないもんね。
あの晩、期待してたろ ? 」
「……。少しは」
「ふふ。ありがと。俺もあの時、ちょっと迷ってた。けど、見栄を張っただけ」
「……今、がっついてるだろ」
「今はいいの。純粋なスキンシップなんだけど ?
そもそも、ゲームマスターを企画に参加させるなんて、おこがましい事だよ」
ルキの顔が蛍に近付く。
「それを……デートで、チャラにしてやるって…………言ってるのさ……」
互いの口唇が触れ、舌が重なる。その柔らかな瞬間は刹那で、ルキの舌は蛍の敏感な部分をねっとりと這わせる。
「んっ……」
「閉じるなよ。ケイ」
「はぁ、んっ ! はぁ……ぅんむ…… ! 」
上手い。
蛍が感じたのはそこまでだ。長く続く口腔の快感に全身の力が抜けていく。
「はぁ……はぁっ」
キスだけで堕ちてしまった。紅潮した顔で、馬乗りになっているルキを見つめる。「もっとして欲しい」。この台詞はまだまだ蛍の口からは出ないが、表情が全てを物語ってしまった。
「そのナイフ、愛用 ? 見てもいい ? 」
「え……はぁ ? いいけど……」
ルキは意地悪にも一度身体を剥がすと、蛍の握りっぱなしだったナイフを、静かに取り上げた。
「グリップが馴染む。使い込まれてるね。でも……しばらく研いでないでしょ。最も、その方が獲物は苦しむから、どちらが正しいと言う事じゃないけどね。
ケイは殺すとき、楽しまないんだね」
「ここじゃ人目に付く。それをやるときは、声をかけてから移動する」
「だから手口が似ないのか。以前、この周辺の事件を調べたよ。今日はソレをしなかった。なんで ?
今のケイの動きは『殺し屋』と同じだ」
「何が言いたいんだよ」
ルキはシャツのボタンを外すとコルセットを外し足元に下ろす。そして仏頂面のまま答える蛍の顔に再び頬を寄せた。蛍に拒絶の様子は無い。寧ろ、跨った時に既に膨張していた部分をより熱く感じた。
頬を蛍の頭に擦り寄せ、髪にも口づける。そして膨らんだ部分を押さえ付けるように上から重心をかけて座り直す。
「なっ、痛っ。重いっ」
「ふふ。可愛いケイ。見て欲しいのはナイフより、こっちだよね ? せっかくの快楽殺人が台無しになっちゃうんだから」
「現場では何もしない主義なんだ」
「賢い。でもここは俺の車の中。早く俺が欲しいだろ ?
その我慢を隠す為に、中野を狙ったんだ。殺戮とセックスがペアリングされてるんだ」
そう言って、ヘッドライトを消しエンジンを止める。
「だから ? 」
「何も。俺は止めたりしないって言ったろ ?
望み通りにするさ。ほら、脱いでごらん」
ルキはケイの下部を剥き出しにすると、自分の露出したものを合わせて手に包む。
「エアコン付けないと暑いんじゃ……んぁ、 そんなとこ……一緒に擦るなよ…… ! 」
「せっかくの血が乾く前に、俺にも分けてよ。ね ? 全部混ざって気持ちいいだろ ? 」
「お前……っ ! 動か……すな」
ルキの手の中。二匹の淫らな蛇がしごかれる。その上、ルキの腰は手の中でもゆっくり動き、二つの刺激に蛍は悶え息が上がる。
「こんなケイを見せられちゃ……俺も我慢は出来ないよ」
「う……むっ」
深く。
息を吹き込む様に口付けを交わす。
溢れた二人分の体液で蛍のものをするすると愛撫しながら、ルキの視線がふと犯行現場に向く。暗闇に目が慣れて、人体が重なるように路上に積もっているのが車内からでも分かる。
「ふふ……通行人が来て、あの現場に反応するのも見てから帰りたいね……」
「っ……この車こそ、見られて大丈夫なのか ? 」
「俺が証拠の一つ消せないとでも ? 」
「ああ。あんた、そう言う奴だったな……あっ……」
首筋に這うルキのピアス。
「はぁ……っ、あっ……あぁ……っ」
蛍は躊躇いなく吐息を漏らし、煽る様にルキの背に手を回す。
「……ん……んぅ。わっ、うくっ ! 舐め回すなよ、くすぐったい ! 早くしろよっ」
車内に響く蛍の震えた声と、ルキの立てるリップノイズ。
「……ふふ」
血と臓物の匂いの中、二人は赤く染まりながら互いの肌を合わせていく。
蛍がルキの肩に力を入れると、ルキはそれに答えるように後部座席へと蛍を連れ込んだ。上下逆になった蛍が、ルキの反り立った部分を口に含む。
小さな舌が淫らに動くのを見ると、ルキは容赦なく蛍の髪を掴み、思い切り自分に押し付ける。
「ング !! 」
「ふ…… ! 最高……」
「うっ、がは……っ ! 待っ……」
「ほら、しっかり咥えて」
「グッ……ウグ ! 」
蛍は咳き込みながら半分を飲み干し、顔にかかった分の白濁を拭おうとする。しかし、その手を強く掴まれ身体を倒される。
「痛ぅ……顔くらい拭かせろよ。……っ ! おいっ」
「ケイのここって、本当にいつでも柔らかいよね」
ルキの長い指が、ケイの根元から更に後ろへツーっと滑り秘部をまさぐる。
「あぁ…… ! はぁっ」
入って来た指は最初から狙い所を正確に突き、押し上げ、撫で付ける。
大きく喘いだ蛍の口の中、見え隠れする舌をルキが強く摘んだ。
「この口で。俺を味わった感想はどう ? 」
「んんっ ! 〜〜〜っ」
グリグリと舌を親指で撫で付けながら、蛍が絶頂を迎えてもルキの指は全く引き抜く気配がない。
狂気の中で通じ合った、二体の悪魔。
その行為は残酷なほど官能的で、何度達しても終わらない。既に蛍の全身は、意思に関係なくルキを求め始める。
蛍は根からの性的倒錯者だ。死体だけと限らず、異常状況によってしか快楽を得られない。本来自分の脅威である、ルキに抱かれることは異常なはずなのだ。だからこそ抵抗しない。
「ほら、休まないでケイ。手が暇そうだね」
「やる。やるって……だからっ ! んん ! もう……イケねぇよっ…… ! 離せ…… ! 」
一方ルキは加虐性愛の欲も持て余している。一度は蛍の口内にエクスタシーを吐き出したが、その後は蛍を弄び、反応を楽しむばかりだ。
「手加減しないよ。その手を止めたら、俺のカミソリが背の肌を薄く浅く、ジワジワと裂くかもね」
「じゃあ指っ ! 抜け……待っ ! また……っ ! ああ…… ! 」
暴力的な快感と、薄れていく羞恥心。蛍が求めずとも立て続けに襲う波。ルキは息が出来ずに藻掻く蛍を押さえ付け、血と混ざりあった涙をチュッっと口に含んだ。
「なぁ〜んだ。全然まだ出るじゃん」
「弄るなよ ! 一旦、休む ! 俺が…… ! 」
四つ這いで逃げようとする蛍の腰をルキの長い腕が抱え込み、ようやく垂れ下がった部分を再び握り、中も攻め続ける。
悪夢のような快楽の地獄。
二人揃って堕ちていく。
□□□□
結局、通行人は朝まで現れなかった。
女性の悲鳴でルキがふと目を覚ました時、蛍は腕の中で深い眠りについたままだった。
朝日に照らされた、凄惨な犯行現場。
民家の壁にまで吹き上がった血痕、地面に広がる四人分の血溜まりは側溝に流れ、恐らく遙か遠くに見える点滅信号の側まで届いたのだろう。一匹の犬が側溝に向かい吠えているのが見える。
よくも朝まで気付かれなかったものだと、ルキはぼんやりその光景を眺めた。
「長居したな……。ケイ。起きて」
「……ん。……ぅん〜」
ルキは寝起きの悪い蛍を何とか横に転がすと、運転席に戻り車を走らせたのだった。
「はは。……俺を殺るんじゃないのか ? ケイ……」
座席の下に置かれた蛍の抜き身のナイフを一瞥し、そう呟いた。
「らしくないよね……お互いに……」