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第26話 誘惑のテーブルマナー

「それではわたしの手札をオープンします」


 蛍手札メモ『5↓』、坂下手札メモ『10↑』。

 ルキ 手札オープン。『Q』。12 !


 蛍 減点8。坂下 減点4。


 ゲームは3ゲーム目。既に会場のボルテージは最高潮に達していた。


 拘束椅子と更に右腕を固定された椎名が苦悶の表情で歯を食いしばっている。腕の肉は3分の1を失っている状態だった。

 それを四方から取り囲むカメラ。会場の巨大なスクリーンに、それぞれの顔や切断面が写し出されている。

 その中でも観覧車の目を引いたのは、咽び泣きながら椎名の右腕に歯を立てる坂下の姿である。


「うっ…… !! あがぁっ ! 」


 骨だ。

 このゲームにおいて、部位を選ぶプレイヤー 坂下が真っ先に考えなければならなかった事。

 骨を如何にして食いちぎるかだ。

 少しずつ齧ってどうにかなる訳も無く、ひたすらに歯を立て続ける。先に置かれていたテーブルナイフを使うことも試して見たが、まさか人骨が切れる程では無い。齧ってはナイフで摩擦し、また齧っては諦める事を繰り返す。


「一口分だよ ! さぁさぁ、しっかり齧って下さいね ! 」


「うぅ…… !! ギギギ…… ! 」


 食いちぎった肉の断面から吹き出す鮮血。顔にビチャビチャと浴び続けた坂下のスーツは、ジャケットからワイシャツまで真っ赤に染まっていた。

 椎名はナプキンを咥え、ひたすらに激痛に耐える。朦朧とする意識を何とか保とうとするが、人はそう頑丈では無い。


「うっ……んぁぁぁっ !! うぅ〜〜〜っ !! 」


 下がっていく体温と経験したことのない痛みで、脳が拒絶し全身が痙攣し始める。


 一方、蛍と美果のコンビ。

 静かに。静かに。蛍は美果を食していた。


「蛍 ! 俺はおめぇに賭けてんぞ ! もっとゆっくり食えよぉ〜 ! 」


 骨に苦戦する坂下もあながち間違いとは言いきれないのだ。ルールは『先に切り離された方が負け』。時間はかかればかかる程有利。しかし蛍は現在、総減点数18点で、完全切断まで半分以上を食べてしまった。


 蛍が選んだ美果の切断部位──それは髪だった。


 拘束椅子に縛られ、その背後に髪を乗せる台が設置された。美果のうねりの強いパーマの髪をナイフでギコギコと切ると、フォークで巻き取り、上品に口に運ぶ。

 その蛍の顔色は全く変わらない。自宅で食事でもしているかのように、無言で、味わうように咀嚼している。


「蛍 ! もっとゆっくり食えっつーの ! 」


 蛍は喧しく自分に声を上げる『自称蛍ファン』の中年を見ると、思いついたように声をかけた。


「そうだ。おじさん、料理に残ってるそのパスタソース頂戴 ? 」


「はあ !? 食いかけだが…… !? 」


「髪はいいんだけどさ……整髪料そのものを食べてる気分なんだ」


「ほら、持ってけ。届くか ? 」


 男は鉄格子の隙間から斜めに傾け、食べ終えたパスタ皿を蛍に渡した。

 ルキは黙認だ。


「どうだ !? 」


「さっきよりいいよ。ありがとうおじさん」


「そりゃ良かっ……いや、違うそうじゃねぇよぉ ! ゆっくり食えって言ってんだろ〜 ! 」


 そこへルキがふらりと檻の前に立つ。

 機嫌が悪いのは蛍より美果で、ルキを見て目が釣り上がる。


「ルキ ! ケイくんを止めなさいよ。これって有りなの !? 」


「美果ちゃん、それはケイに失礼だよ」


 このハイペースでは、今回はケイが先に負ける。


「それでもケイは美果ちゃんを無傷で帰す気で髪を選んだんだ。紳士じゃないか」


 会場の女性客も、これには歓喜の声をあげていた。


「so cute ! あ〜ん ! 可愛らしいわぁ 」


「なんて健気なの !! 」


 しかし美果は勝つつもりで──蛍を勝たせる為に来たのだ。


「だから ! それじゃルール違反なんじゃないのって聞いてるのよ ! 」


「分かって無いね。確かに美果ちゃんは無傷だしペナルティーを受けてるとは言えない。けれど、その分をケイが負担してるだけだよ ?

 坂下はこれが終われば問題なく、健康に帰れる。けれどケイはそうじゃない。毛髪は人間の内臓では消化できないからね。

 これは俺のゲームで、俺がルール。ケイは自分を犠牲にして、負けてもいいから二人仲良く生きて帰る事を選んだ。俺のルールを逆手にとった作戦勝ちってところだよ」


「はぁ !? ちょ……そうなの !? ケイくん ! 負けてど、どうすんのよ !! 内臓とか、ヤバくないの !!? 」


 蛍は切り分けた髪で、皿に残ったトマトソースを丁寧に絡めている。


「平気。あとから少し吐けばいいし」


「わたしの毛量 ! どんだけあると思ってんのよ ! 」


 蛍にとって毛髪を食するのは初めてじゃない。多少は一般人より胃が慣れている。

 だが美果のヘアスタイルは、長いスパイラルパーマ。それもこの毛量では消化不良だけでは無く、早期に取り除かないと腸閉塞の恐れもありうる。

 蛍自身の髪でないことは明白で、医者に行ったら探られるだろう。

 それはルキも望まない。


「それはそうなんだよね。医者も手配しなきゃだし、俺も手間かかるよ。何もさ、すぐに負ける気なら、髪にしなけりゃいいのに。美果ちゃんも指の一本くらい文句言わないでしょ ? 」


「美果にそれはさせない」


「ケイくん……」


 蛍は美果の芸術に対しての情熱を知っている。絵描きに必要なものは手指だけでは無い。見聞を広げるため。または風景を描きに。遠くへ行ける満足な足腰もまだまだ必要なのだ。それを諦めさせたくない。

 そして自分のスケッチブックの秘密。

 それを守り通している美果に対して出来る、蛍なりの精一杯の恩返しだった。


「……っ。食べた……。早く次のカード取れよ」


 蛍はナイフとフォークを台に揃えると、ルキの進行を待つ。


「全く……。ケイには簡単すぎるお題だったかい ? 次からは、負けたら必ず死ぬルールにしないとね。

 それと坂下さん、あんたもいつまで齧ってるつもりだい ? 」


 そう言いながら坂下を見下ろす。拳を握りしめたまま、椎名の骨を目の前にして泣き続けているだけ。

 あまりにみすぼらしく、しょうもない。悪徳警官にもなりきれなかった中途半端な悪人だ。


「ケイはこのまま行けば負け確。それに坂下はいつまでも犬みたいに骨齧ってるだけ」


「ワーハッハッハ !! 」


 この台詞に観覧者達はしょうもない物を見るように笑い声をあげた。


「スミス、厨房から刃物持ってきて。あとは硬めの角材」


「かしこまりました」


 数分後、鉈が運ばれて来るとルキは椎名の檻に入る。

 肉が全て切れてしまわぬよう、腕の側面に木材を固定する。


「椎名。これで全て解決だ。終わったら戻っておいで」


 ルキが優しく微笑むのを見上げ、椎名は歓喜の表情を浮かべた。


「……ル……ルキ様……あ、ありが……とうございます ! 」


 ガツッ !!


 頭の上から思い切り振り下ろされる鉈。

 鈍い音。骨が折れ、刃が側面の木材にざっくりと埋まる。


「ひぐっ !! ああああぁぁぁぁっ !! 」


 切断面の一部の骨が砕け飛び、それを見た坂下は顔面蒼白で鉄格子に張り付き震えている。


「イカレてる ! 」


「ひぃっ !! ……ぐく……っ !! くっ………… !! 」


 失血で更に青ざめて行く椎名の身体。


「坂下さん」


「ひっ !? 」


「これで食べやすくなったでしょ ? さぁ。椎名が死ぬ前に食べてあげてね ? 」


 躊躇い無いルキの残虐性。


「うぉぼぉろろ……」


 食べ慣れない人肉と生臭い血液の味に、遂に嘔吐してしまう。ボタボタと口から流れ落ちる鮮血と醜い塊。


「うわぁぁぁ ! 」


「駄目駄目〜食えよ ! 」


「飲め !! ちゃんと食えーーー !! 」


 観覧者のブーイングが飛び交う。


「次だ、次 ! 早く食わせろ ! 」


「食えー !! 」


 檻から出たルキが再び山札に手を伸ばす。


「さぁ続行です。

 それではわたしのカードです」


 親のルキが一枚引き、プレートに立てる。


 蛍も坂下も、何も考えずメモにペンを走らせる。

 これは勘や、確率を狙うゲームではない。

 ペナルティー側の苦痛の表情と、プレイヤーの苦悶の表情を味わうだけの見世物なのだ。


 蛍 手札メモ『K↑』。

 坂下 手札メモ『7↓』。


「オープン」


 ルキ 手札 『3』。


 蛍 減点10。

 坂下 減点5点。


 椎名の腕の肉はあと僅か。骨の問題は無くなった。坂下が5回も大口で頬張れば蛍を超えるだろう。

 しかし蛍の減点は10。絶望的だ。しかも蛍はフォークに巻き付けられるだけ巻き付け、大口で喉に流し込んでいる。


 今回で決まる。


「蛍よぉ〜、俺はおめぇに賭けてたのにぃ〜」


 蛍のスピードは衰えない。


「おじさん。そのサラダいらないならドレッシング頂戴」


「うぐぅ〜 ! 持ってけ〜 ! どうにでもなれだ ! 」


 ドレッシングの油分が喉越しを助け、柑橘風味のバルサミコ酢の酸味が馨しい。ドレッシングを大量にかけ、胃の毛髪ごと酢で溶かし細くする策だ。やらないよりいいだろう。


「酸っぱくないの ? 」


 美果が不思議そうに尋ねる。


「酸っぱいけど……整髪料の味よりマシ」


「まぁ……。大丈夫ならいいけど……」


「もう終わる」


「うそ !? 」


 蛍がフォークに巻き付けた毛の束を、ナイフでギコギコと切っていく。


「ケイの勝利か ! それとも ! ……って、もう〜。坂下さん ? 早く食べてね ! 」


 ルキの無茶難題にも、坂下のナイフはピクりとも動かなかった。


「うぅ……こんな ! こんな事をするために !! 警官になった訳じゃない !! あぁぁぁっ !! 」


 どれだけ泣いても、誰の心にも響かない。

 闇組織と繋がっている警官は、どこの国でも嫌われる。

 前列で見ていた椿希は、腹立たしい様子でそれを見守っていた。


「終わりました」


 蛍が挙手。


「あらら、早っ……。

 勝者、坂下椎名ペアに決定です !! 」


 会場から伝わる『いまいち』と言う不満気な空気にルキは危機感を覚える。

 椎名は拘束椅子から開放されると、すぐさま新しく拾われた闇医者の元へ運び込まれた。


「負けじゃねぇか !! おい蛍 ! 俺は二度とおめぇに賭けねぇよ ! 」


 親父がぷんすか怒る姿を見て、蛍は檻の前方へ踏み出す。


「そう言わないでよ、おじさん。

 美果、無事 ? 」


「無事も何も……。こんなんで二人仲良く帰れるの ?

 ケイくんは大丈夫なの ? 」


「うん。大丈夫」


 そしてルキを手招きした。


「ケイ……なんだい ? 」


「俺のファンは、そこのおじさんの他にもいるんだろ ?

 こんな形で負けたし、少し謝罪スピーチさせろよ」


 そう言いルキの持っていたマイクを指さす。


「いいけど……どういうつもり ? 」


 意図の分からない蛍の行動。蛍は自らオーディエンスに言葉を投げかける様な、浮かれたタイプでは無いはず。この時、ルキの感じた不穏な空気は間違いではなかった。


『俺を応援してくれた人、賭けてくれた人。損はさせません。

 まだ俺は生きてるし、坂下刑事も生きてる』


 皆、何を言い出すのかと静まり、興味深く蛍を見上げていた。


『ペナルティー者を変えて、二回戦といきましょう ! 』


 ざわ…… !


「ケイ ? どういう事かな ? 」


 ルキはこの時どうしていいか、判断が出来なかった。これは自分のゲーム。ゲームマスターはルキなのだ。

 しかし今、実権は蛍に流れ、観覧者もそれを望んでいる。早々に止めなければ……ルキの立ち位置が蛍に喰われる。


「ケイくん !? 」


 美果が蛍にしがみつく。


(これで帰れるのに !? なんで !? )


(ルキを仕留める)


(今…… ? )


(うん。

 ルキ、美果を解放して」


「……いいよ。美果ちゃん、お疲れ様」


 黒服に檻の扉が開かれるが、美果は呆然と立ち竦んでしまった。


「きゃ……客席に居てもいいの ? 」


「美果っ」


 蛍としては無傷で帰したいしかし美果は納得しないだろう。美果に問われたルキも、すぐに了承した。


「いいよ。椿希くんの隣にいてね」


 美果がステージを降りる。再び蛍はマイクを口に当てる。


『開始前、椎名さんに聞いたんだ……。今までのこのイベントの最強王はルキだと。

 ルキ、俺のペナルティー役になってよ。ぜひ組んでみたいんだ ! 皆さんも興味あるでしょう ? 」


「……ルキ様が…… !? また観れるの〜っ !!? 」


「うぉぉぉっ !! ルキ様 ! 」


「王者復活 !! 行けー ! 」


 ルキは引きつった笑みで蛍を見据える。観衆に背をむけ、檻の中の蛍に首を振る。


「無駄だよケイ。俺がその手に乗ると思う ? 」


『なんだよ。部下の腕は斬れるのに自分の身体は惜しいのか ? 』


(……マイクを切れ。

 そうだな。俺を参加させるならそれなりの代償を貰うよ ? 」


「お前の言う代償なんか怖くないね。俺はこのショーの商品で、お前のペットだろ ? ペットの躾が出来ないゲームマスターだと思われてもいいのか ? 」


「安い脅しだなぁ。ケイ、このイベントは決して無法地帯になってはいけないんだ。なんのために俺がいるのかを考えるべきだ。進行役をその辺の黒服にやらせたら全ての均衡が崩れるのさ。

 俺が。最強の俺がホールを仕切っている理由を考えろ」


 蛍とルキ。

 一歩も引かない状況。

 蛍を言いくるめようと、ルキは慎重に言葉を探す。

 そのルキの頬を突然、蛍が両手で包んだ。


「ケイ ? なにをs……ん」


 チュプ……ジュ……。


 そのまま数秒──舌を絡ませ、吸い付き、口内をくすぐられる。

 唐突なパフォーマンスに、初めは観覧者の中からも困惑の声が上がった。

 しかし頬を撫で、背伸びながらルキに顔を寄せる蛍の姿は、なんとも妖艶にどこか恐ろしく見えた。幼い顔付きと不釣り合いな鋭い瞳。ルキを挑発するような素振りだが、完全に殺気立っている獣。

 更にそれに動じないルキの振る舞いにも驚かされた。ブロンドの前髪がサラりと乱れ、蛍を見詰めるシルバーグレイの瞳に拒絶は無い。

 二人の姿はまさに耽美で、思わず全員が見惚れる瞬間だった。


「っはぁ……ケイっ」


 慌てて蛍から距離をとる。このままでは蛍にペースを乱されてしまいそうだった。ルキは観覧者達の前で醜態を晒したと、唇を拭い蛍を睨む。


「どうしたんだい ? 」


 尚も微笑を浮かべ続けるルキの瞳と、蛍の見下した視線が絡む。


「ほら。ゲーム……シたくなったろ ? 」


「ふっ…… ! ……あははは ! 」


 しなやかに腕を組みながら、ルキは蛍の不器用な誘いに大笑いする。しかし本当は全身、総毛立っていた。

 不器用ながらも強引に勝負の場へ引き摺り出されてしまう。そうなれば蛍は美果に対してのようには、手加減しないだろう。本気で殺しに来るはずだ。観覧者の期待の眼差し。もう引くに引けない所まで来てしまった。

 その前席から、突然手が上がる。


「はいは〜い ! それならぁ、坂下刑事のペアを俺にさせて下さ〜い ! 」


 椿希だ。


「伯父さん役に立たないし〜。俺がプレイヤー側に立候補したいんすけどぉ、駄目すかぁ ? 」


 これにはルキの顔色も豹変する。パフォーマンスとしては文句の無い展開だが、ルキの相手……プレイヤーが蛍で、敵チームが椿希であることは問題だ。両者ともルキを邪魔な存在と認識している分、口裏合わせが無くとも共謀される恐れがある。何とか抑えたいところではある。


「坂下刑事をペナルティー側に ? 君の伯父だろう ? 」


「あんたが招待状くれたんだぜ。もう俺がここに来た時点で、俺が伯父を『切り捨てる』気だ〜って分かってただろ ? 俺は使えない伯父を処分できるし、上手く行けば梅乃様の死の原因になった、あんたとけいくんを始末できる。

 それに何よりさぁ ! 俺もケイと遊んでみたいんだよねぇ ! 」


「……モテるね、ケイ……」


「あいつは俺も知らない」


 蛍は椅子に座ると、ルキに鋭い視線を送った。


「逃げ場無いだろあんた。さぁ早く入れよ。檻に」


「……それだと進行役がいなくなるでしょ ? それは危険だよ」


 その時。

 分厚い防音扉が開き、男が二人入ってきた。

 出入口付近にいた観覧者が思わず声を上げ、立ち上がり会釈をする。


『俺がやろう』


 マイクを握り、会場に一言。

 響く男の声は暗く……重い……。

 まるで刃のような、感情のない声色だった。

 ルキの全身が強ばる。


「あの人、誰ぇ〜 ? 」


 椿希が会場に入ってきた白い男を見る。しかし蛍はすぐに理解した。


「あれがお前の飼い主か ? 」


 ルキは「ああ」と一言返事を返しただけ。

 Mだ。

 染め上げたブロンドに、彫りの深いルックス。青い瞳が印象的で、ハイブランドのオールホワイト。白一色とはいえ、その着こなしと仕草には品がある。

 ルキは一度歯を食いしばってから、笑顔で振り返った。


「M。日本へいらしてたのですか ? 」


「お前が戻らんからな。余程ここが気に入ってるようだな。……ソレが噂のガキか」


「……はい。涼川 蛍です。なかなか見所があります」


 そう言うしかない。

 再三、ルキに顔を出せと言っていたが、全く帰って来る気配のないルキ。Mがこんな地方都市まで押しかけてきた理由だ。Mはルキがお気に入りに絡んでる間は、自分の元へ帰らない事を知っている。


「そうか。見所か。

 いいぞ。ゲームはわたしが引き継ぐ。お前が中に入るのだろ ? 命までは取らんルールだそうじゃないか」


「……はい。勝ちますので、問題ありません」


 Mは椿希に目をやると、頷いて見せる。


「お前もいいぞ。人員の入れ替えを許可する」


「おぉ〜 ! あざっす ! 」


 椿希はすぐに檻に入ると、迷いなく檻の中にいた坂下刑事を殴り飛ばした。


「ガハッ !! 椿希〜 ! 何すんだよ !! 」


「全くもう〜。度胸なしのクソじゃんかぁ〜 ! もう〜 ! もう〜 !

 まぁいいや。次は伯父さんがペナルティー組だよ♡」


「やめろ ! 俺はもうやらん !! 帰る !! 帰れるって言っただろうがーーーっ !! 」


 逃げ惑う坂下を、檻に入ってきた黒服が取り押さえ椅子に拘束する。

 蛍は隣の檻の騒ぎを聴きながら、檻に入ろうとしないルキを挑発する。


「さぁ。あんたも観念しなよ」


「ふふ。それで優位に立ったつもりかい ? 俺は言った通り、百戦錬磨だよ ? 」


「負けても勝ってもいいんだ。とりあえず俺、あんたを食えるんだから」


「いいさ。付き合うよ。

 デート一回ね。さっきの続き、してもいいんだろ ? 」


「俺が書くあんたの切断部位が、首じゃないといいな」


 そう言い、蛍が赤いメモにペンを走らせようとした時、Mがストップをかける。


「君はまた怪我をしない部位を書く気か ? そんなルールにしてはつまらないだろう。

 部位は利き腕 ! これは絶対ルールにする ! 」


 ルキは苦い笑いだが拒否はしない。出来ないのだ。

 騒いだのは拘束椅子の坂下だけで、すぐに猿轡を噛まされる。

 Mは黒服に用意された椅子に落ち着くと、参加者の蛍達へ配られたルール解説を眺め首を傾げる。


「う〜む……。high & rawの減点条件……『点数に応じてペナルティー側の指定部位を齧って』…… ? 何だこのルールは。

 面倒だ。一度で腕を切り落とせる仕組みにしろ。骨の問題もあったようだな。

 ルキ、もう少し考えて開催しなさい。これではプレイヤーが戦意を喪失してしまう。上手い具合に希望がないと必死にならんだろう ? 」


「は、はい。申し訳ございません」


「まず肉を変えようか。プレイヤーが高校生二人なんだ。少し配慮しようじゃないか。

 ジェームス」


 Mが自身の付き人を呼ぶ。


「はい」


 かつて幼い頃、ルキがしていたポジションだ。今はルキと同じ年の頃の、白人男性が付いていた。


「近くで一番鮮度のいい肉を二体持って来なさい。

 言ってる意味はわかるな ? 」


「かしこまりました」


 そう返事をし、数十分。

 会場に戻って来たジェームスの引くワゴンには、大きな箱が乗っていた。


「同じ程度の大きさで、二体です」


「うむ。よし。それぞれ1gの狂いなく調節してあげなさい。不公平だからね。

 スミスだったか ? SAWの用意は終わったか ? 」


「す、すぐ済みます ! 」


 スミスは震える手で、ルキの側で丸ノコの取り付けを行っていた。見てるだけで動揺が伝わってくるほどの拒絶反応。途中、何度もレンチを落としながらようやく取り付けが完了する。


「ル、ルキ様…… ! こんな事になるなんて ! 」


「大丈夫だよ、スミス。椎名は間に合いそう ? 」


「はい。命には別状ないかと……」


「そう。なら良かった。俺もサクッと終わらせる。

 ケイ、俺の腕を飛ばすな……とは言わないけれどさ。Mのルールだ。気を抜いたら思い通りにはいかないからね ? 」


「そうらしいね。あんたの飼い主も狂ってる」


 蛍の目の前に運ばれて来たもの。

 生きたウサギだった。

 丸い目玉が不思議そうに蛍を見上げ、鼻をヒクヒクさせている。

 これには椿希もたじろいだ。馬鹿な大人は殴れても、小動物に罪は無い。

 ルキが蛍の様子を伺う。随分落ち着いているように見えた。


「ケイ。動物もシた事あるの ? 」


「まぁね」


「それを聞いて安心したよ」


 最後に新しいナイフとフォーク、数本のペティナイフが運ばれて来た。


「ルールはシンプルです。

 タイムリミットは一時間。2.6kgのウサギ。食べきればノーペナルティー。両者残りが出た場合、食べた分量を計測。より多く食べていただきます !

 フードロスの時代ですからねぇ。多く残したチームのペナルティー者が、腕を切断する。

 実にシンプルなゲームです。フードファイト !!

 いえ、ねぇ……。わたしも彼らの命まではとりませんよ。最近、歳のせいかわたしも丸くなりましてねぇ」


「くすくす……」


「久々にお目にかかったけれど、相変わらずダンディね」


「ダンディだぁ ? 違うさ。あれが真の『成功者』さ。男が惚れる男だ」


「それにしてもクレイジーね。人肉はわたし達にもパーティーで振る舞われたことがあるけれど……」


「流石に生食では食べないし。ペット用のウサギだなんて」


 Mはスマートフォンを手にすると、サイトのフォームを掲げる。


「チップをお賭けになる方は、今ベッドしてください。

 蛍くん、椿希くん。必要な器具があったら言いなさい。加熱道具以外でね」


 椿希は蛍と目が合うと軽くウインクをして絡み始める

 。


「けいくん〜。コツ教えて〜 ? 生ウサギだよ ? まーじで ? 」


「別に。ユッケとか馬肉とか。一緒だろ生肉なんて」


「全然違ぁ〜う〜。そーじゃなぁ〜いー ! ねぇ ? ルキさぁん ? けいっておかしいよね〜 ? 」


「ふ……。君も梅乃ちゃんの性格引き継いでるみたいで何よりだよ……こっちは腕の心配でいっぱいさ」


「あははは !! いやいや〜、うちの伯父さん見ぃてよ ! 口ふさがれてるけど、泣きっぱなしだから ! 」


 椿希の軽口に観覧者も笑う。蛍は観覧者の中に先程の中年男性を見つけると声をかけた。


「おじさん、俺に賭けてくれた ? 」


「勿論だ !! 行ったれー ! 」


蛍と椿希。両者ペティナイフを手にする。

Mは立ち上がると、幕を開けた。


「それでは、ゲーム開始 !! 」

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