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第25話 プレイヤー&ペナルティ

 ルキは朝になると蛍が目覚める前、一人帰って行った。

 一口減ったミネラルウォーターを残して。蛍を抱き枕にしただけの一夜。

 蛍はふわふわした気持ちで、卵をフライパンに落とした。

 夏休みも終わり、既に九月に入った。まだまだ猛暑は続いているが、朝方は少し気温が下がる。

 夜中に感じたルキの体温と感触。

 蛍は自分がどれだけ油断していたのか。この時ようやく気付く。

 背後から抱き着かれたルキの身体は柔らかかった。以前は刃物を仕込んでいると明かし、その固められた身体に触れた。

 武装していないわけがないというのに、何故か昨夜はしていなかった。


「何だったんだよ……ホントに」


 考えれば考える程、内側に広がる初めての……なにかの感情。


 そこへ背広姿の重明が帰宅した。


「おかえり」


「おう。食ったらすぐ出る。

 今日も図書館か ? 美果さんを待たせるのもなんだから、先に準備して来い」


「もうしてある」


「そうか」


 重明は飛び出てきたトーストを皿にのせると、目玉焼きを持ってきた蛍と卓に着く。


「昨日は眠れたか ? 」


「……あー。うん。別に普通」


「あいつは友達か ? 」


 あいつ……とは ?

 ルキが来たことを知るはずもないのだから、椿希のことだ。

 蛍としては自分にちょっかいを出してきた椿希より、何も言わずに夜に来たルキの方が余程気になっているのが本音だ。


「いや……。なんか絡まれただけ。

 美果を紹介しろって言われて曖昧に返したんだ。だってそいつ転校生で話したことないし……勝手に決めらんないじゃん。変な奴かもしれないのに美果に会わせらんないよ」


「そうか……」


 重明はトーストを折り畳んだりちぎったりするだけで、口に運ぼうとしない。


「……どうしたの ? 」


「いや。……なんで彼はあんな場所に来たんだろうと思ってな……」


 蛍はその言葉を聞き流すように牛乳を注ぐ。重明が何を言いたいのかは分かっている。


「普通じゃないよね。自宅じゃなくて斎場の方に来るなんて。それもあんな裏方に」


「ああ」


「もしかして……親父は本当に俺がそんな事してたと思ってるの ? 」


 蛍から切り出す。

 重明は表情こそ変えないが、激しい動揺に目が泳いだ。


「え ? ……あ……いや ? 」


「だっていくらなんでも死んでるんだよ ?

 ……正直……小学生の頃、一人で家にいること多かったし……実は規制がかかってるホラー映画を親父の部屋で観てた事はあるんだ」


「はぁ !? おめぇ ! 部屋にネットに繋がったテレビあったろうが ! 」


「だって、幼稚園児が見るようなのしか映んないサブスクなんだもん。怖いのはちょっと興味もあったし……」


「……」


 蛍の不器用な話術。

 コンテナゲームで春樹を丸め込めなかった程度だ。決して器用な方では無い。

 しかし、身内につく嘘は別だった。


「でも、見てしまえば『こんなもんか』って感じだったな。ホラー映画がなんで規制されてるのか、ちゃんと今は分かってるつもりだし。大人は騒ぎすぎ。

 寧ろ俺は、子供の頃に観ておいて、良かったと思う」


「…… ? 何故だ ? 」


 真実味。

 自身の体験と、相手の価値観から予測する嘘。相手の望む言葉を吐くだけの行為。相手を知るほど上手くなる。


「だって、規制が無くなって観るって……それ、今の俺くらいの年齢だろ ?

 うち、葬儀屋だし。流石に不謹慎だ。今の俺は観るべきじゃないかな」


「……それは、そうだ。

 …… ? いや別に……好きな映画の好みなんて強制はしねぇよ。

 ただ、俺たちに求められてるのはホラー映画のような残酷な死の姿では無いんだ」


「そうだね。それは同意。でも俺の同級の奴らはそういうモノを興味本位で観る歳なんだろ。だから変なイチャモンつけるような事するんだ」


 初対面では観察を決め込む蛍にとって、相手を短時間で落とすのは苦手だ。しかし相手を知ってしまえばどうとでもなるという特性。

 口の上手いルキならどちらも出来るかもしれないが、蛍はこっちの方が断然得意なのだ。


「今まで、うちが葬儀屋だったからって理由で……いじめとか……」


「無いよ。

 今は絵を教えて貰うの楽しいんだ。今日も夜まで……遅くなると思う。いいだろ ? 」


「ああ。だが、美果さんに夜道を歩かせないように」


「うん。分かった」


「美果さんとは……あれか ? 仲良いのか ? 」


「 ? 仲良いよ ?

 ……ああ、そういう話 ? 美果は凄く大人なんだ。俺の先生だし、そんな風な目で見たら失礼だよ」


「すまん。その通りだな。

 しかし、熱心な方だ。俺も御礼を考えるから、好きな物とか聞いてこい」


「あー。そうだね。

 じゃ、行ってくる」


 蛍は大きめのリュックを背負うと、家を出た。

 斎場の駐車場を抜け、 商店街通りを歩き駅に向かう。

 小さな駅舎の前。一台の大型ワゴンが停車していた。


「……」


 蛍が立ち止まると、運転席から知った顔が出てくる 。


「涼川 蛍様、どうぞ」


 スミスだ。

 後部座席のスライドドアを開け蛍に乗るよう促す。その後部座席には先客がいた。


「おはよ。誘ってくれてありがと」


 美果だ。蛍からの指名で強制参加となったのに、妙に機嫌が良かった。


「美果、ごめ……」


「やめて。いいの。内緒で、前回みたいに行かれちゃう方が傷付くの。任せて」


「美果……」


 □□□


 車は東湊市を南下し緑星市へ入る。県内で最も人口の多い土地だ。

 人口が多いとはいえ、地方都市である事には変わりは無い。

 温泉地域とも離れた、寂れたオフシーズンのシティホテルへ連れてこられた。

 十階建てのずんぐりむっくりとした古い外観と、不釣り合いな程豪勢な門構え。


「こんな人の多い場所でやるの ? 」


 蛍と美果は車内からホテルを眺めた。


「出入り口には勿論、逃走防止に部下を置きますが……お二人は逃げないでしょう ? 」


 スミスが入口に乗り付けると黒服達が群がってきた。蛍と美果を出迎えロビーに誘導する。

 歩道には通行人が行き交っているが、気にしないようだ。

 部下に入れ替わり運転席を降りたスミスに通行人の視線が釘付けになる。

 褐色肌に長身。スーツを着たスミスの姿は、まさに絵に描いたような『要人のSP』という出で立ちだ。更にホテルマンとは似ても似つかない様相の黒服達だ。悪目立ちにも程がある。


「目立ってんだけど……」


「なんでもいいわ。暑いし、入りましょ」


 美果が蛍を引っ張りズカズカとフロントに入る。二人はすぐ違和感に気付いた。


「……フロントの人、黒服なのか ? 」


「まさか、ホテルの人誰もいないの ? 貸切 ? 」


「ええ。支配人は買収済ですし、勤務されてる方々には慰安旅行へ行っていただきました」


「相変わらず、無茶なやり方ね。コンテナもここも、一般人を買収なんかしないで自分たちで会場作ればいいじゃない。金はあるんでしょ ? 」


「転々とする我々としましては借りた方が楽なんですよ。ここをシマにしている組とも友好関係を気付いてますし。

 観覧者のお客様も旅行好きな方が多いので」


「リッチなことね」


 蛍は二人から離れ、ホテルのパンフレットを手にする。

 外観の割りに豪華な客室。結婚式も行える会場に豪勢な食事の写真。


「このホテルの……部屋でゲームするの ? 狭くないの ? 」


「いいえ。今回は直接会場で。観覧者様の目の前で行います」


「目の前 !? 」


「ええ。ただし、こちらに入っていただきますが……」


 スミスに連れられて一階の厨房横の大型エレベーターが開く。

 そのエレベーターの中には、滑車が付いた鉄製の檻が入っていた。


「この中へ二人づつどうぞ。この檻ごと会場へ運びますので。これは観覧者からご自身を守る為にも必要なものです。

 対戦相手二人は既に案内済みです。ゲームまではトラブルの無いようお願いいたします」


「はぁ〜。ほんっと、わたしたちって動物園の動物扱いなのね」


 蛍が最初に足を踏み入れる。エレベーターに乗るギリギリの大きさだ。

 そこに二つの椅子と机、他にも小物が数点並んでいる。

 呆然とセットに戸惑っていると、スミスはエレベーターのボタンを押し、一度外へ出る。


「では、会場へ」


 エレベーターの扉がゆっくり閉まる。


 □□□□□□


「来たぞ !! 」


 エレベーターのドアが開いた瞬間、大きなどよめきと喝采が沸いた。

 蛍と美果は自分たちに向けられた視線と歓声に度肝を抜かれていた。

 今までと確実に違う場の空気。

 観覧者の姿が見える。相変わらずマスク着用だが、明るい会場の照明では肌の質まで分かるほど近い距離感。


「おい ! 俺はお前に賭けたぞ蛍 ! 」


「ミカ !! ミカもいるわよ !? 」


 会場にひしめき合う円卓の合間を縫って、ウェイター役の黒服が料理を運ぶ。コック帽を被っている男も、厨房服の中は真っ白なワイシャツだ。

 観覧者達の顔触れをしっかり見るのは蛍も美果も初めてだった。

 どの人間も普通に見える。

 ドレスも上質な生地だが派手でもなく、マスクをもし外しても厳つい反社会的な顔付きだ……なんてことも無いだろう。街に存在する極一般的な人間たちに見えた。


 蛍と美果の入った檻は、ステージ中央に並べられた。

 その隣にもう一つ。同じ檻があった。

 蛍は前を向いたまま、その中で拘束着を着せられた椎名に呟いた。


「……何それ。ハンニバルのコスプレ ? 」


「…………黙れ」


 奥にいた坂下刑事は檻の隅で立ち尽くし、理解不能な表情で観覧者を見つめていた。


「く……こんなっ ! こんな馬鹿な事あるわけが無い ! 」


 自己暗示をかけ続ける坂下刑事を、椎名と蛍は冷たく無視を決め込む。


「ふーん。椎名、あいつと組むの ? 不安だね」


「俺にそんな揺さぶりは効かない」


「そうかな ? ルキのやつ、坂下を生かして帰らせる気は無いんじゃない ? だとしたら、一緒に組むあんたは負け確じゃん。

 一体、何やったんだ ? 」


「……ルキ様の……ただの思い違いさ。

 今日証明してみせる。死ぬのはお前だ、涼川 蛍」


 全卓にアルコールが注がれた頃、照明が落ちる。

 観覧者達のお喋りが止まると、スポットライトがステージを照らす。


「紳士淑女の皆様、ようこそ、非日常へ」


 光を浴びたルキが姿を現した。


「ルキ様、今日もお美しいわね」


「ええ、一度夜を共にしていただきたいわぁ」


 ふわりとした金髪に銀の瞳。冷徹に笑う薄い唇。今日は光沢のあるショコラ色のタキシードだ。その細い腰、長い首筋。

 思わず、蛍はジッと目で追ってしまう。

 昨日の憔悴していた面影など微塵も感じさせない、爽やかな笑顔。

 ふと一瞬、視線が合う。

 蛍は思わず反射的に目を背けた。その感情がなんなのか、蛍は自分で理解していない。出来ないのだ。生きた人間に対し、考えたことも無いことなのだ。


 ルキはしばらく挨拶を続ける。観覧者達は思い思いに飲み食いを楽しみ、檻の中の蛍達を眺める。そしてルキの陽気な口振りに微笑えみ、談笑していた。


「今回のゲームは至ってシンプル ! 『ハイ&ロー』です」


 これには蛍と美果が顔を見合わせる。観覧者も同じだ。世界共通の一般的なトランプゲームだ。在り来りすぎる。

 更にハイアンドローならば、参加者が偶数である必要は無い上に、運が味方するゲームだ。


「ただし、特別ルールを御用意しております !

 こちらのセットをご覧下さい」


 黒服が用意された台の上のセットをスクリーンに映す。

 ゲームで使う物。

 メモ紙、封筒、ペン、ナイフとフォーク。そして離れたところにトランプ。

 黒服が一人現れ、蛍達参加者にはルール説明が記載された用紙が配布された。


「それでは皆様にルール説明をいたします。

 まず、各檻の中の二人を『プレイヤーになる者』と『ペナルティーを受ける者』に分かれて貰います。これは二人で相談して決めて貰いましょう。

 わたくしがハイローの『親』をします。

 プレイヤーの『子』は檻の中で、手元のメモに1〜13までの数字を書き、更に親のカードより上か下かを↑↓で当てて頂きます。

 highかlawかだけでなく、数字も当てる仕様です。

 次に得点の計算方法です。

 親が『6』の時、プレイヤーが『3↑』と予想した場合を例にします。

 まずプレイヤーはこの場合↑を選択しましたので、ハイローは負けになり1点の減点になります。

 更に親のカードの数字『6』から、子が予想した数字の『3』を引き、差分の3と言う数字も減点とします。

 この例題では合計4点の減点となります。

 親が『1』、プレイヤーが『1↓』の場合等、足し引き出来ない同じ数字は減点無し。↓↑のペナルティーだけ減点です。

 もしプレイヤーがピッタリを当てに来たい場合、↑↓ではなく、『=』と記入して頂きます。ただし、=を使用し負けた場合、減点は2点、当たればペナルティー無し」


 蛍と美果、坂下と椎名はそれぞれ説明用紙を見つめ、頭に叩き込んでいく。

 紙にはより詳しく書いてはあるが、明確にルールは違わないようだ。

 親が『5』、子が『12↑』の場合、差分だけがペナルティーとなる。

 親は観覧者にトランプが新品であることを確認してもらい、数人にシャッフルして貰い山場から引く。


「プレイヤーは1〜13までの数字を選んで、ルキの引いたトランプの数より上↑か下↓か、もしくは同じ=かをメモに書くだけか」


「ハイアンドローでしょ ? 別に数字の差分なんて出す必要無くない ? 」


 外れた数字の差分が減点。当たりの場合は減点無し。

 更に↑↓で外れた場合、追加で減点1点。当たった場合は減点は免除される。

 ジャスト=狙いで外れた場合は減点2点だ。

 蛍も美果と同じ意見だが、『点数』の存在に不安が過ぎる。勝ち負け以外にもなにかに減点分を使用するのではないかと思えてならない。

 事実、それは正しかった。


「そうなりますと『常に得点は減る一方じゃないのか ? 加点は無いのか ? 』と、お客様の中にお思いの方もいるのではと思います。

 実はここで更なる遊び心を御用意致しました !

 檻の中に一枚だけある赤いメモ用紙と封筒です。

 これは今、プレイヤーに書いて頂きます。

 ペナルティーを受ける相方を『切断する部位』を選んで、書いたら封筒に入れて貰います」


「切……断………… ? 」


 美果の顔から血の気が引く。


「点数により、選ばれた部位を損傷させていくルールです。

 おっと !! 参加者の四人 !! 相談は無しですよ !?

 プレイヤーは書いたら、封書に入れてわたしに渡して頂きます。部位はどこでもいいですが、必ず『切断し切れる場所』を書いて下さいね。

 どこでもいいですよ ? 首でも、足でも。

 わたしが確認したら用意完了です」


 ここまで聞いていた蛍が挙手。ルキがにっこりと言葉を待つ。


「……切断って、誰がやんの ? 何を使うの ?

 あと、どのタイミングで斬るの」


「ナイスフォロー ! ケイ !

 なにで斬るかはまだ伏せておくね。

 タイミングの問題だけど、ハイアンドローの勝ち負けではないんだ。

 負けの条件は、『ペナルティー側の部位が、先に切り離されたチーム』が負け」


 血沸き踊る観覧者達。


「こ、ここであの女子供が斬られるのを見れるのか !? うひょ〜 !! 」


「それより椎名くんだ ! 何があったか知らんが、ルキ様も容赦がない ! それが素晴らしい !! 」


 拘束着姿の椎名は顔色一つ変えない。

 蛍と美果、今日の勝負で身体の一部を失う。蛍の覚悟は出来ているが、美果は気丈に振舞っていても、指先が震えるのか手を胸の前でぎゅっと強く握っている。

 一方、坂下は床に丸まり頭を抱えているが、椎名は頑として前を向いたまま微動だにしない。


「あんた、ただの側近じゃないってわけか」


 蛍の言葉を椎名は鼻で笑う。


「お前は知らないだろうが……俺がこのイベントの歴代優勝二位勢だ。慣れと自信がある」


「なんだよ、その優勝二位勢って。普通『歴代一位』って自慢すんだろ……」


「敵わないのだ。彼には。だから俺は心酔した」


「……歴代一位って……へぇ、そういう事 ? 」


「ああ。ルキ様は真の王者だ。先代を引き摺り落とすために何度もゲームに参加し続けた。ゲームマスターも頭を抱え、ルキ様の躊躇いの無いプレイスタイルは観覧者を虜にし、大きな金が動いた。

 まさに伝説の始まりだ」


「ふーん……」


 ルキも参加者の経験があるとは意外だった。蛍は自身はルキのことを何も知らないのだと自覚する。本当に何も。ルキは「先代のことなどあまり知らない」と初対面の森林の中で話していた。それも出任せだったのだろうか ?


 けれど、この同族嫌悪にも似た、自分の内側にある感覚はなんなのか…… ?

 ルキはそう自分とは違わない存在な気がして仕方がなかった。


「どうでもいいか……」


 余計なことを考える暇は無い。蛍は頭を振ると、美果の元へ寄る。


「ねぇケイくん。

 切り離されたら……負け……って怖くない ? ハイアンドローってケリがつくのが早いじゃない ? どうすればいいの ? 」


 美果が不満気に首を傾げる。

 そこをルキが目ざとく忠告する。


「相談禁止ですよ。美果ちゃん離れて」


「ぐっ……」


 蛍は考える。

 指ではすぐに切り離されてしまい負けてしまう。太い部位が良いが、そういった場所は必ず大きな血管や神経が通ってる。

 一番太い胴体や太腿を選択したところで、ゲームに勝っても失血死してしまうだろう。

 生きて帰らなければ意味が無い。


 一方、隣りチームは初体面同士の刑事と反社だ。当然、馴染む訳もなく。


「お、俺が…… !? き、斬られるのか !? 」


 坂下が鉄格子に張り付き、ソワソワと椎名から距離を取る。椎名は顔色一つ変えずにルキを見つめていた。


 蛍は焦る。

 椎名にとって、坂下がどうなろうと知ったことでは無いはずだと。寧ろルキを知る刑事など、いない方が都合が良いはずなのだ。

 だが、椎名は側近からここに叩き出されて来ている。おめおめ負けて帰るつもりは無いだろう。

 どちらにしても、一般人の自分たちには厳しいゲームだ。


「美果……やっぱり俺が……」


「ダメよ」


『自分がペナルティー側になる』と言いそうになった蛍を美果は遮った。


「わたしがペナルティー受ける。ケイくん。こてんぱんにやっちゃって ! 」


「……美果は絵描きだろ ? 」


「そんときゃ足でも口でも使って描き続けるわよ。

 わたしは、ケイの……分かるでしょ ? それはわたしが困るの」


 美果はなんとしてでも蛍の絵の存続を望んでいる。その為に承諾してここへ来たのだ。

 そんな事情を知らない観覧者達は奇声を上げ、二人を冷やかし手を叩いて笑い転げていた。


「…………分かった。やるよ。赤の紙、書くよ ?

 さあ、椎名さん。あんたも選びなよ。坂下刑事が斬られんの ? あんたが斬られんの ? 」


 檻の背後からようやく拘束着を解かれた椎名は、腕や肩を擦りながら軽くストレッチをして答える。


「わたしが恐怖を覚えるとでも ? 既にこの身体をルキ様に捧げてから来ましたので、ペナルティーも上等でs……」


「本当か !!? 」


 言いかけの状態で、真横から坂下が椎名の肩を強く掴みガクガクと揺する。


「俺がプレイヤーでいいのか !? 」


「……っ ! 気安く触らないでいただきたい。

 貴方を信頼してるわけじゃないですよ。貴方は警察だ。相手は高校生。

 さぞかし『刑事のカン』ってものは、あてになるのでしょうね ? 」


 椎名は初めからペナルティー側にいくよう、ルキに言われている。それはルキの意思であり、椎名には変えようが無い。

 坂下がゲームに勝ち、自分の腕がまだ再生手術出来るようなら……それに賭けているのでは無いかと予測する。


 しかし、それを見抜く蛍もどんどん思考が深みにハマる。


 腹心であるはずの椎名がわざわざ拘束着を着せられていた。このゲームはペナルティー側しか罰を受けないのだから、プレイヤーならば逃げる必要は無いはずなのだ

 椎名は最初からペナルティー側に決まっていたか、本当にルキの信用を失ったかの二択。

 昨晩のルキの様子から、椎名を切り捨てるとは考えにくい。故に前者が正しいのだろうと考える。

 だとすると、椎名は簡単には負けない……時間稼ぎが出来る方法か、本当に身体を欠損しても構わない覚悟があるかだ。

 どちらにせよ、蛍は美果の負担を減らす為に、早期決戦が鍵になる。


「ルキ」


「なんだい ? ケイ」


 ルキが蛍の檻に近付く。


「1センチ毎に、なんてぬるいよ。初めに部位を書くんだから、確実に負けた方が一度にそこをスパーンと斬り落とされた方が手っ取り早いよ」


 せめて。

 一撃で切断できるような武器や仕掛けなら、意図的に負けてゲームを終わらせ、美果を病院に行かせる最短時間で終わらせるべきだ。

 だが、ルキにはその魂胆もバレバレである。


「あっははは ! 優しいね、ケイ」


「美果も椎名も細身だし、まさか胴体を切り離す、なんて選ばないだろ ? 30点も減点になればどの部位でも十分欠損する一撃で終わらせればいいじゃん」


 ルキはスピード勝負に持ち込んで来た蛍の言葉を否定する言葉を思考する。

 だが、それよりも早く反応したのは観覧者だった。


「うぉー !! いいぞ蛍〜 !! 俺はお前に賭けてんぞー !! 」


 この日本人の中年は先程から同じがなり声を上げている。

 蛍の支持者。

 または成り行きを楽しむだけの者。


「ゲーム慣れして来た頃が一番危険よねぇ〜 ! これは見物だわ〜」


 今は半々だが、蛍の煽りに場が温まった。

 しかしルキもゲームマスターだ。簡単には流されない。


「ふーん。無くなることに変わりは無いのに ? 随分こだわるねぇ ?

 でもルール変更は出来ない。ごめんねケイ」


 坂下はルキの側に駆けると、鉄格子の隙間から手を伸ばし、ショコラ色のタキシードに掴みかかった。


「落ち着いて、坂下刑事。日本の警察官が取り乱すのはみっともないですよ」


「ふざけんな !!

 こ、こいつがチョンパしたら、俺はど、どうなるんだ !? プレイヤーが勝った時は !!? 」


「プレイヤーは勝ち負け関係なく、お帰り頂けますよ ? 今回はペナルティー側だけの負担です」


「本当か !!? た、助かった……。

 じゃあ、や、やるぞ ! お前がペナルティー受けるんだろ ? 」


「怒鳴らないで下さい。聞こえてます」


 椎名は笑いもせず、真っ直ぐにルキを見つめる。ルキも仕方なさそうに椎名に微笑んだ 。


「ふぅ……。全く。昔を思い出すよ椎名」


「ええ。ここから貴方の側まで昇りましたから。諦めませんよ」


 それを聞いていた美果が椎名に尋ねた。


「え ? あんた、参加者から黒服になったの ? まじで !? 」


「なにか ? 」


「いやぁ……。助かったんなら逃げりゃいいものを、なんであんな奴の側にいるかなぁ。

 ……またこんな事になった訳でしょ ? 」


「構いません。そばにお仕えする事が、俺の幸せです」


「時代劇かっての ! 賢そうなのに、一周回って馬鹿なんじゃないの ? 」


「貴女だって、のこのこ来たでしょう ? 」


「わたしはいいの ! 」


「同じですよ ! 」


 檻を挟んで美果が椎名に絡んでいる。


「うるさいんだけど……」


 蛍は片耳を手で塞ぐと、メモに美果の身体のペナルティー部位を書き、封筒に入れた。


「はい。書いたよ」


 ルキは封筒を預かると、同じく坂下からも椎名の切断部位の書かれた封筒を受け取る。


「よし。では確認します……」


 ルキはステージ端の壇上へ行くと、観覧者が見守る中、封書を確認していく。


「……。ふふ」


 一瞬だけその手が止まり、ルキと蛍の視線が絡んだ。


「うんうん。

 OK ! では観覧者の皆様 ! これが最後のルール説明です !

 プレイヤーの減点分により、ペナルティー側の部位を斬っていくわけですが、刃物やノコではありません !

 減点1点につき、プレイヤーが指定したペナルティー側のメモの部位を、プレイヤー自身が齧ります。

 必ずガブッと噛んでくださいね。おちょぼ口はダメですよ ? 」


「それって…… !! 食うって事か !? 俺がこいつの肉を !? 」


 坂下は椎名とルキを交互に見つめ、まだ何も口にしていないうちからゲッゲッと嘔吐く 。


「ただの新鮮な肉ですよ。

 さぁ、観覧者の皆様、準備が出来るまでどうぞご自由に。今暫くお待ちください」


 観覧者達は立ち上がると、興味津々で檻に群がってきた。


「椎名。あんた運営側だろ ? なんで檻に入ったんだ ? 」


「美果さぁん。あなたのような若い子が痛がる姿が、わたくし一番好きなの ! いい声で鳴いてね ! 」


「蛍 ! 涼川 蛍 ! 俺はおめぇに賭けてんだぞ !! 」


 蛍の熱烈な中年ファンは別として、全て外国語の会話だ。

 蛍と美果には雰囲気しか伝わっていないが、少しの英語を聞き取った坂下は小さく震えていた。


「し、椎名っての。俺を羽目てんじゃねぇだろな ? なんで側近が俺と組んでんだよ ? 」


 坂下からすれば当然の質問である。

 椎名はそのままの表情で呟いた。


「俺は主人の躾を受けに来ただけだ。あんたと『組んだ』等と思っていない。勝手にやって、勝手に食ってくれ」


 蛍はこの言葉に確信する。

 椎名は初めから欠損上等でゲームに挑む気だと。


 坂下は椎名の言葉に顔を顰めると、今度は全く動じていない蛍と美果を眺めた。


「お前らもだ ! どうなってんだ葬儀屋 !! イカれてやがる !! 」


 恐怖。震えが止まらない程の不安。

 坂下は黒服が檻の机にのったナイフとフォークを見てまた嘔吐く。

 何とか別のことを考えようと視線を観覧者へ向ける。

 一度明るくなった会場。

 食事は黒服が作ったと思えないほど上品そうで、こんな状況でも無ければ食べたいと思っただろう。女性陣はチークルームに向かう者も多く、空席が目立つ

 人のまばらになったその会場で、坂下の見知った顔が一人紛れていた。


「な、なんで…… !!? お前…… !! 」


 檻に近付いてきたのは坂下 椿希だった。

 この姿には蛍も驚く。


「椿希 !!? 」


「よ ! ケイ君。

 あ〜っと、あのルキ ? って奴 ?

 あいつから招待受けたんだ。とは言っても、観覧費五千万だとよ ! これで半額だってさ !! 俺ぇ破産しちゃうよ〜 ! 」


「……」


「そんな顔すんなって ! 友達の勇姿を見に来たんだ。こないだはマジでごめんて ! な ?

 あと、美果さんでしょ !? 初めまして ! 俺、坂下 椿希 ! 」


「あ.……どうも」


「やめろ ! 」


「なんだよぉ〜。まぁ今度学校で会おうぜ。

 俺もちょっと事情が変わったんだ」


 椿希は手をプラプラしながら離れると、今度は坂下の檻に向かった。


「椿希 ! 俺をここから出すよう、すぐに掛け合ってくれ !! 」


 椿希は前屈みになるように坂下の顔を覗き込んだ。


「ごっめ〜ん、伯父さ〜ん。俺にそんなコネないんだよ〜。何せ代替わりしたばかりだし、先輩も立てなきゃならない時期に、身内ばかり庇うことはできないしねぇ〜。

 それにしても、あのルキって奴。こんな事してたんだぁ。

 梅乃様の金の流れ、これで把握出来たよ」


「椿希 ! 聞いてくれ、頼む ! 」


 坂下刑事の懇願。

 椿希はヘラヘラと一方的に話していたが、坂下の命乞いを聞いた途端、恐ろしい狐の様に目がつり上がった。


「伯父さん、結局こんな所に連れて来られるんだ。なにか地雷踏んだんだろ。あのルキって奴から見て、さ。

 それに、俺を使って刑事の成績上げようなんて馬鹿な事してたらしいじゃん」


「それはお前も共謀してただろ !? 」


「いやいや。山岡組散らす振りして、俺の部下も他の刑事にパクらせてるよね ?

 俺の身内に『刑事の顔』で対応すんなら、俺もあんたに『山王寺の顔』で対応するだけ」


 坂下刑事と山王寺ホールディングスの繋がり。誰もが望んでつながっていると思っていたこの両者。

 どうやら坂下刑事の一方的な要求だったようだ。


「俺、このイベントも悪くないと思うしさぁ。規模がすげえっ ! 触らぬ神に祟りなしだな。これも亡き梅乃様の教訓かも。

 俺、山王寺家に養子にしていただいたんだ。

 山王寺 椿希だ。ファミリーを守らなきゃならない。

 俺を攻撃するあんたは、もう他人だ」


 椿希は最前列にどかりと腰を下ろし自分の伯父を眺めた。


「今日は、あくまで友達を応援しに来たんだ。元伯父さんもせいぜい頑張って」


 蛍と美果は固唾を飲んでそれを眺める。


「あれが坂下 椿希 ? 」


「そう。梅乃の後継者。山王寺家に引き取られたのか……。口が上手いやつだ……苦手」


「そうね……。まず、髪のプリンと服の色が合ってないわ。モヤモヤする。顔つきもイエベは全体がぼやけてしまうわね」


「…………。美果……こんな時に……よくファッションチェックする気になれるね」


「え ? だってゲームはケイくんに任せりゃ大丈夫って思えてるんだよね」


 これから身体の一部を失うというのに、美果は実にあっけらかんとしていた。

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