蛍はご遺体から警察官へ視線を移すと、相手のパーソナルスペースを全無視で踏み込む。
「お巡りさん、ご遺体に触れないでください」
横にピタリと張り付き、不安そうな面持ちで見上げた。幼い顔つきも相まって、思わず巡査も毒気を抜かれる。
「うんうん。大丈夫。まずは話を聞かせてね」
取り乱すと思いきや、冷静に対応する蛍に椿希の腹ワタが煮える。
坂下 椿希には強い野心があった。
梅乃の椅子を継ぐ。この地位を手にした事に迷いは無かった。
そして梅乃を超える。
規模も、人望も。
その最初の踏み台として選んだのは、ボスである梅乃を殺した、蛍の始末だった。
「連絡したのは君 ? 名前は ? 」
「はい、坂下 椿希です。こいつの家に遊びに来たらぁ、途中でいなくなってー。覗いたら変なことしてたんですよ〜」
椿希は梅乃がゲームに参加した理由も、蛍が死にかけた事も知っている。蛍が梅乃を殺す動機は十分だと読んでいた。
しかし蛍もシラを切り続ける。
「俺は遊びになんて呼んでない。仕事中でした。父親から指示を受けて仕事の手伝いしてました」
「じゃあ、一人づつ話聞こうか。
おい、そっちは ? 」
ペアの巡査はご遺体を確認していたが、目を丸くして答える。
「いえ……。確認出来る場所に遺留物等はありませんね。その……ご遺体でしょ ? そんなまさか……」
そこへ重明が顔を出した。
「ああ、お待たせしてしまいすみませんでした。うちの斎場に、なにか問題がありましたか ? 」
「あ〜……涼川 重明さんですね ? すみませんが……息子さんとは後からお話してください」
そういい、警察官は重明と蛍を離す。告別式をやっているホールから来たばかりの重明も、まだ仕事の気の張り方が抜けきっていない。何を言われても冷静で、動じずにゆっくりと話す。
「なにかあったのでしょうか ?
あの、ご遺体ですが……そろそろご遺族の元へお連れしたいので……そちらから先にお願いしても宜しいですか ? 」
「それはこちらが判断します。通報があった以上、しっかり調べないとなりませんので……」
「遺体を調べるのですか ? 何故…… ? 息子が友人と喧嘩しているというお話だったのでは ?
こうしてる間にも、親族の方々は今か今かと残り少ない時間を一緒に過ごす時なのです。
何卒、早い作業をお願い致します」
深く。
今まで蛍が見たことが無いほど深く頭を下げる、重明の小さくなった背中。
これに蛍は堪らず、視線を逸らすのであった。
「署から応援が来ますので、この仏様はそちらにお任せします」
「時間がかかりますか ? ご遺族にはどう説明すれば……」
「わたしたちからしましょう」
「そんな……。制服で、ですか ? 」
重明の強い動揺。当然だ。整えてくると言い連れていかれた故人が戻らず、警察官が顔を出したかと思ったら『遺体を検証してます』等と言えるはずもない。
しばらく押し問答が続いたが、駆け付けた刑事にご遺体に異変は見られないと判断され無事に家族の元へ返却された。
しかし、他はそう上手くいかなかった。
「息子さんから事情を聞きたいので同行していただきます。
椿希さん、君もだよ」
「……署で聴取ですか…… ? そんな大袈裟な……」
重明は眉間に皺を寄せ、あからさまに嫌な素振りを見せたが、蛍はなんでもない顔で軽く頷いた。
「分かりました。親父、大丈夫だよ終わったら迎えに来て」
「……あ、ああ」
署から来た応援要員の覆面パトカーが一台。
蛍と椿希を離して連れていった。
「蛍……」
不安で仕方がないが、もう覚悟を決めるしか無かった。
□□□□□□□□□
丁度その頃。
部屋にこもりきりだったルキの様子を見に、スミスが来ていた。
「ルキ様、ホテルに宿泊されてはいかがです ? 」
浴衣を着て部屋に転がったままのルキに、スミスが言った。
「ホテルねぇ」
「ここはガラス窓も大きいですし……警護はどうしても穴が出来ます」
「はは。俺を殺しに来るスナイパーがいたとしても、ガラスが広い狭いなんて関係ないよ」
「そうかもしれませんが……警戒は必要です」
「ホテルはもう飽きたなぁ。ここは決して豪華な旅館じゃないけど……好きだよ。隙間風がある所なんか、懐かしい気分になるんだよね」
「懐かしい……ですか……」
スミスは意味が理解できず聞き返した。ルキの素性や出自を知るものはMだけと言っても過言では無い。
「……いや。なんでもないさ。建物は古くても食事がいいんだ」
「そうですか。何よりです。
あの……この地域には明確に期限を設けて滞在されてるのですか ? 部下にも移動の準備を指示しなければいけませんので……そろそろスケジュールを組みたいのですが」
「しばらくこの町にいるよ。ケイも美果ちゃんもファンが増えたようだしね。
でもMに呼ばれてるんだよね。あ〜あ。スミス、代わりに行ってきてよ」
「俺にルキ様の代わりは務まりませんよ」
「ん〜。面倒臭いなぁ。どうせ拠点を変えろって説教だよなぁ〜。日本でイベント開催するの、客には大好評なんだけど」
「そうですね。『煩わしい都会より、ゆっくり観光できた』との声をいただいております」
「ほんとにね。静かでいい町だよ」
prrrrrr.prrrrrr
ルキのスマホが鳴る。
「あ、どこに置いたっけ ? ポケットに入れっぱなしだったかも」
スミスはその言葉にも驚いた。ルキはコンテナゲームを終えてから、リラックスし過ぎに感じていた。そもそも椎名もスミスも、こんなに寛いでいるルキを見た事が無いのだ。
「お取りします」
「ん。ありがとう」
スミスから受け取ったスマホの液晶には、椎名の文字が表示されていた。
「椎名は今日、オフだよね ? 」
「はい。海沿いの食堂で朝食をとるとかで、外出していたはずです」
「エンジョイしてるようで何よりだね」
液晶をスワイプした瞬間、まだ耳にも当ててないうちから椎名の捲し立てるような声が聞こえる。
「はいはーい、落ち着いて椎名。どうしたの ? 」
『涼川 蛍が警察署に連行されました』
「……ケイが ? どうして ? 」
『友人間のトラブルです。通報があったようで警察が動きました。友人は山王寺にいた顔で、名前は坂下 椿希。日々野高校に転校し、本日涼川 蛍と接触したようです』
「ふーん。梅乃ちゃんの残党か。まぁ、ボスをやったところで組織解体はしないからねぇ」
スミスは横で伺いながら、ポーカーフェイスのままのルキが冷気を帯びたようだと感じた。
「ケイの事はどうにかする。報告ご苦労様。
その足で図書館の結々花と合流してくれる ? 」
『かしこまりました』
スマホの通話終了画面を見つめてルキが不穏な笑みを浮かべた。
「…………」
「どうしました ? 」
「ケイが警察に連れられたって報告だった。
スミス、なぁ〜んで椎名はケイの情報がこんなに早いのかな ? 」
「咲良 結々花からのタレコミでは ? 」
「ケイ絡みのトラブルは、結々花は俺に直接連絡を入れるはずなんだよねぇ」
言ったそばから、もう一台のスマホが鳴る。
pirrrrrr.pirrrrrrr
「来た。結々花だ。なんで椎名の方が早い ? 」
ルキがコールを取り、結々花と話す姿を見て、スミスは相方 椎名の行動に不安を覚えていた。
□□□□□□
「へぇ〜。それじゃあ、家事はお父さんと一緒にやってるんだ」
「日によりますが……」
「大変だね。でも高校生なのにしっかりしてるよ」
「…………ありがとうございます」
時刻は21:00。
未成年は22:00までの取り調べと、法で定められている。あと一時間粘ればいい。
そして肝心なご遺体は遺族の元へ帰った。
蛍は内心警戒していたものの、内容は形ばかりの聴取だった。
坂下 椿希と校内で知り合い話はしたが、口論になるような事は無かった。夕方自宅へ押しかけて来た椿希が、言われの無いイタズラを通報したので驚いた。
これが事実だ。
『遺体にイタズラをしていた』。椿希のこの言葉の出どころだけが、腑に落ちなかった。ルキと美果以外は、誰も知らないはずなのだ。だとしたら、重明の相談したカウンセラーが梅乃にも情報を売っていた可能性が高い。
しかし、遺体が既に無い地点で蛍の勝ちだ。
「いつもお葬式の手伝いしてるの ? 」
「可能な限りは。跡を継ぎたいので、学校にはアルバイトの報告をして、小さい作業や見学とかをさせて貰ったりもしてます」
「偉いね。社員やパートさんとも仲がいい ? 」
「皆さんいい方ばかりです」
この聴取をしている警察が最初に名を名乗った時、確かに『坂下』と名乗った。
坂下 椿希の血縁者である。
蛍はすぐに理解した。
とりとめのない話ばかりだが、自分の事を探ろうとしていることだけは嫌でも分かってしまう。
蛍は素直に応じていた。
「じゃあ趣味とか、遊ぶ暇も無いね。大変でしょう ? 」
坂下 晃。
この警官は椿希の伯父である。高校生の甥が梅乃の座を奪ったことにより、この男は組と強く結びついてしまった。
「幼馴染が亡くなってから、話す相手もいないので……仕事してた方が気が紛れます」
「そうか……あの時の……。体調は大丈夫 ? 」
「はい。香澄のご両親に毎日花をお願いされてて、通学前に持たせてくれるんです。それを学校に行ったら活けて……。なにか、力になりたいので……」
椿希の話は一切出されない。
坂下刑事と椿希が繋がっているなら、今日何があったかは問題では無いのだ。
蛍が普段、どんな罪を犯しているのか。梅乃を殺したのか。そんな事はさて置いて、強引にでも蛍を檻に入れてしまいたい。
しかし、今日の所は椿希の出方が悪かった。
「俺……椿希くんに、なにか失礼なことしたんでしょうか ? 今日が初対面で、何も心当たりが無いんですけど……」
「うん、それはびっくりしちゃうね。
ねえ。遺体にイタズラって、出来ると思う ? 」
「出来ません。作業上、俺に任せられるのは面識の無い、男性の遺体だけと父が決めていますし。俺の作業後はダブルチェックも兼ねて、社員さんか父に必ず確認を取ります」
「今日は ? 」
「処理室に入って……アイス……保冷剤のような物なんですけど、その交換作業をしました。遺族から了承をとって、社員さんが二名で処理室に運ぶんで、それから引き継いで……その間、社員さんは他にも葬儀が立て込んでる時、そちらに戻ります。今日もでした」
「椿希くんが突然来たって言ったけど、友達だった ?」
「いいえ。今日、転校初日だったみたいです。廊下で挨拶はしました。でも、親しくないです」
蛍の言葉に坂下は頷くだけだった。
□□□□□□□□
椎名はルキの指示で図書館の駐車場で結々花と顔を合わせた。
「ルキ様、咲良 結々花と合流しました。指示を」
『んー』
スマホからルキの間延びした声が聞こえる。
『介入は取りやめ。ご遺体は戻ったんでしょ ? 』
「はい。応援が来たようでしたが……特に問題なく」
『ケイが現逮だったら考えたけど、今はその坂下 椿希の身内っていう刑事が……邪魔だね。
困るよねぇ……。ケイは俺の商品だ。勝手に好きにされちゃたまんない』
「では、このまま……ですか」
『問題無いよ。証拠も無いし、そんな状況で家にガサ入んないでしょ。
椎名。スミスがそろそろ着くはずなんだ』
「え…… ? 」
『引き継ぎしたら、俺の所へおいで』
「は、はい……」
『結々花に代わって』
椎名が差し出したスマホを結々花が握る。
「咲良です」
『結々花ちゃん。今日はどうして椎名の方が連絡が早かったの ? 』
「わたしにも分かりません。たまたま通りかかったら斎場に赤色灯が見えた、という事だそうです」
『変だよね ? 』
「え…… ? あ……まぁ。ルキ様の側近ともなるとわたしも把握していませんし、なんとも。こちらは椎名さんの予定は知りませんので……」
『そりゃそうか。
その警察署も買収内だよね ? ケイは今日帰ってくるだろうけど、その署は山王寺に寝返ったとして考えよう』
「分かりました。仲介した山岡組には報告しますか ? 」
『ヤクザさんにクレーム付けるのに結々花ちゃんを使う訳にはいかないでしょ。他の部下を向かわせるよ。
ヤクザや警察に根回しして既に買収してるのに、梅乃ちゃんの残党が引っ掻き回してくるとはね。
さながら、ケイや俺に宣戦布告って所かな』
「ええ。では、ケイ君が出てきたら、引き続き周囲を探ります」
『そうして。三日何事も無かったら、図書館の業務に戻っていいから。
特に……椎名の動向にも目を付けておいて』
「え !? 」
思わず椎名に背を向け、スマホのマイクを手で覆う。
「それって……」
『一応、ね。
それに結々花、ケイが連れて行かれるような事がないように、保険で君を接触させてるんだ。
分かってるね ? 次は無いよ』
「い"っ……。は、はい。肝に銘じておきます」
通話が切れる。
「はぁ〜……。クビになるかと思ったわ。
ってか、椎名さん。貴方大丈夫なの ? 」
「俺が…… ! ルキ様を裏切る事など無いと言うのに ! ルキ様 ! 」
「えぇ…… ? うん。いや、そんだけ執着心が強ければ、大丈夫そうね。すぐに信用も回復出来るでしょ……。
なんか、わたしの報告がズレたばかりに、ごめんなさいね」
「……いえ。無様な姿をお見せして失礼しました……。
結々花さん、坂下刑事というのは…… ? 」
「坂下 晃。年齢は五十二歳。刑事課で、凡庸な成績の男。坂下の妹には二人の息子がいるの。兄の方が早くに山王寺グループにいたんだけど、成績伸びず。しのぎも、梅乃さんの接待も気が利かない。そのうち、弟の椿希が兄のしのぎの片棒を担ぐようになったの。
その手腕に気付いた山王寺 梅乃はすぐに自分の傍に置いたそうよ」
「梅乃の側近……ですか」
「梅乃さんとは打ち合わせの時に、部下もいなかった ? 」
「彼女は……新米や、死んでも惜しくない部下しか連れて来なかったんです。俺の記憶にも高校生の側近なんて記憶にありませんね」
「そう……。半グレからマフィアのボスに大抜擢か。こういう手合いは気性が荒くて危険ね。わたしも気を引き締めて取り掛かるわ。
警察にケイ君の情報を持ち込むのも、家業を邪魔したり、ルキ様のイベントに差支えがあるようでは悩みの種ね」
「ええ。その通りです」
駐車場に一台の車が入って来た。ヘッドライトが二人を照らす。
「椎名 ! 」
スミスが降りてきた。
「すまない、引き継ぎが終わったらルキ様の元へ戻ってくれ」
「ああ。今、直接連絡が来たよ」
スミスはゴツゴツした手で椎名の肩を掴んだ。
「椎名 ! ま、まさか……ルキ様を心配させるような……」
「まさか ! 結々花さんにも今言った通りだが、俺がルキ様を裏切る事など無い ! 」
「……そうだな。俺の杞憂か……。そうだよな。
咲良さん、涼川 蛍をよろしくお願いします」
「スミスさん、貴方はここに残るの ? 」
「……坂下刑事を拉致しますので」
結々花と椎名はポカンとしたが、すぐに頭を切り替える。
「随分……急ですね……。まだ開催したばかりなのに……」
山王寺は代替わりの真っ最中。新ボスは高校生で、警察の伯父とツーカーの仲である。
だとしたら、先に始末するのは伯父とのルキの意向だ。
「まさかそこまで……」
椎名はルキの開催イベントが、蛍を中心に大きく傾いていると感じていた。当然、難色を示した。
「警察官なんか混ぜ込んだら、法や正義を並べて参加者の意欲を削いでしまうのでは ? 」
「椎名。それを判断するのはルキ様の仕事です。俺たちが口を挟むことでは無い」
「……。ああ、そうだな。
旅館に戻る」
椎名が車に乗り込んだのを、スミスと結々花で見送る。
「大丈夫なの ? 相方さん」
「頭のキレる男です。俺は信じてますよ」
「そう。はぁ〜、相棒がいるっていいわね」
スミスが腕時計を見る。
「……22時過ぎましたね。部下と俺は出ます。坂下を待ち伏せしますので。
咲良さんは涼川 蛍をお願いしますね」
「ええ」
互いに自分の車へ乗り込む。
結々花はエンジンをかけるとスミスの乗ってきたセダンが出ていくのを見つめた。
ルキに椎名が疑われている。
これがどう転ぶのかが分からない。
ルキは結々花の本来の顔を知っている。勘付いた上で、結々花の力を乱用して各所の取り引きを任せている。
互いに蛍を必要とする以上、結々花も蛍が死なないように立ち回る。それがルキにとっても都合がいい。
だが、いつか……それも必要としなくなれば、今の椎名が自分になるかもしれない。明日は我が身だ。
「いけない。ケイ君ケイ君。わたしも集中しなきゃ。ガキんチョのお守り役なんて知ったことじゃないわね」
結々花は図書館の駐車場を出ると、涼川葬儀屋へ向けて車を走らせた。
□□□□□□□□□
ルキは浴衣を脱ぐとバスタブに湯を張りながら、スマホの音声機能アプリでボイスチェンジャーを起動し山岡組へコールした。
「わたしです。ルキです。湊市周辺の警察署の根回しありがとうございました。
ですが問題が」
電話越しでガチャガチャ音がすると、一際野太い男の声が帰ってきた。
『山王寺の嬢ちゃんが残した火種だな ? 』
ルキがこの地で活動するには警察を抑え込む必要がある。しかし、どこの誰ともしれない外国人に警察官が首を縦に振るわけが無い
そこで利用したのがヤクザの存在だ。
勿論ただでは無いし、山岡組の悩みの種を潰すことも条件に取引は成立していた。
ルキはボイスチェンジャーを停止すると、生の音声で頭と話した。
「そうなんですよね」
『……山王寺とうちの組は、それやぁ激しいドンパチした仲でな。それが今や相手は女子高生のボスだの……輪をかけるように暴対法の嵐だの。しょーもない生活してる訳だ。
しかし……女子高生の嬢ちゃんが消えたそうだな ? 』
「ええ。そこで側近にいた男が梅乃さんの後釜についたようです」
『なるほど。そんでお前さんの仕事に影響出てるわけか』
「困っちゃいますよ〜。その新ボスってのが湊市警察署の刑事と血縁で」
『警察の身内ぃ ? はははは !! そりゃろくでもねぇな。
外国人のあんたには分からんかもしれないが、まず親が幼稚園児だろうが女子高生だろうが、親は親だ。
それを何食わぬ顔で椅子に座るとは阿呆丸出し。物事にはシキタリっつーもんがあるんだ。
任侠もんの常識だ』
「少しイキがっただけのヒヨコはすっこんでろ……と ? ふふ。親分さん、厳しそうですね ! 」
『そらぁ、舐められたら商売にならん。
だが、山王寺は任侠とも違うし、マフィアのようなスタイルよな ? 看板もねぇし、組員の面が割れねぇ散り散りの個人プレー。しのぎも最新詐欺類でよ。肝心のボスは女子高生って言うが、なかなか骨があるんじゃねぇかと期待してたんだがな……死んだんだな ? 』
「ええ。死にました」
『そうか……。
気に入らんな。気に入らん。その新しいやつの名前は ? 』
「坂下 椿希です。伯父は刑事で坂下 晃」
『……そうか。せっかく兄ちゃんが俺と山王寺の停戦交渉をして、平和になったんだが。俺のシマにちょっかいかけて来たとは。
それで ? 本題は別だろ ? 』
「我々はこれから坂下 晃にコンタクトを取りますが……警察署で騒ぎが起きないよう口添えをお願いします」
『おう、自分で始末するのか ? 構わんよ。
しかし兄ちゃん、手が早いなぁ。警察署は取り戻しとくが……。
ほんで、椿希ってぇガキはどうする ? 』
「一先ず、どう組織を使うのか、高みの見物といきましょう」
『ふ……ふふ。面白くなって来やがったな。
俺ァあのコンテナ船で何をしているかも聞かんよ』
「さすが山岡組の頭ともあれば話が早い。そのつもりで、胸を借りさせていただきますよ。
これからも末長くという事で。ネットバンクをご確認ください。迷惑料と、これからの手間賃を考え、ほんの少しの謝礼をお納めください」
山岡組の通話音声からキーボードを叩く音が聞こえる。
『こりゃあ……とんでもねぇ額だな。
だがよ。兄ちゃんの組織は日本に居続けるわけも無いよなぁ ? 悪い事は言わん。早めに日本は出ておいた方がいいと思うが ? 犯罪の少ない土地で、最近死者が目立つ。このところ町に流れて来た観光客の多さもさて置き、どうにも人目に付く。
もっと上手くやんな』
「痛み入ります。では、失礼いたします」
スマホを置くとバスルームへ向かう。
浴衣を脱ぎ、洗面台の鏡に写った自分を見る。
「警察やヤクザ如きが……本当に付き合いってのは鬱陶しい。いざと言う時も、Mがどうにか揉み消すのに」
一人、どこにもぶつけられない愚痴を吐き、刃物だらけのコルセットを外すのだった。
「まぁいい。坂下刑事か……楽しく遊んでくれると良いけれど……くく」
シャワーを出す直前、ドアをノックされる。
「椎名です。戻りました」
「……待って」
シャワーを諦め、コルセットを巻き直す。そして簡単にガウンを羽織っただけで、ドアを開ける。そこには真っ青な顔色の椎名が立っていた。
「入って」
「ルキ様…… ! 俺に失望したのでしょうか !? 」
「落ち着いて、椎名」
「貴方を裏切るわけが無い ! 」
「落ち着いて。ほら、ジャケットを脱いで。座りなよ」
椎名は気付いてしまった。
ルキの凍てつくような瞳の色。自分の信頼は損なわれつつある事を。
しかし、椎名も折れることは無い。
長い夜が始まる。