ルキも校長室の椅子に凭れ、美果をモニターで観ていた。
「さっきから鳴ってるお前らの着信の要件はこれか……」
ウンザリしたように呟く。
黒服の内、最もルキに近い位置にいる二人のプリペイドスマートフォンに、ひっきりなしに来る観覧者からの着信。
この二人は他の黒服達とは装いが違ってタイがシルバーグレーである
「はい。購入希望の話が立て続けに……」
「……ま、欲しい人いるよね……。
ん〜。最初の美人さん。あのマスクだけはオークションにかけようか。
スミス」
「はい」
二人の内、褐色肌の男性が返事をした。
「ゲーム終了後まで締切だ。希望者をリストアップして、後日オークションをすると伝えて」
「かしこまりました」
流暢な日本語だ。スミスと呼ばれた男は、ようやく着信の続くスマートフォンに対応を始める。その横でもう一人のシルバーグレーがルキに問いかける。
「……他の、男性と双子のマスクはお出しにならないのですね ? 」
「うん。
椎名、君のスマホは電源切っていいよ。
……デスマスクは女性のものだけ。出せないんだよ。不完全だから」
「不完全…… ? ですか…… ? 」
この言葉に椎名とスミスは顔を見合わせ不思議そうにしていた。しかしルキの指示にはいつもブレがない。ミスも無く、番狂いでパニックになる事も無い。いつだってそうだった。
二人はルキがそう判断したのなら、そうなんだろうと納得する。
「みんなコレクション収集に夢中か。今回はそんな趣旨のイベントじゃないんだけどなぁ〜。俺もボランティアじゃないんだからさ。
さて、歯医者さんはどうかなぁ ? 外科医とかが良かったんだけどなぁ〜」
ルキがジットリと椎名を見上げる。
「申し訳ございません。一つ言い訳をさせて頂きますと……目を付けていた三人ほどの外科医は皆、病院から帰宅した様子がなく……仮眠室と勤務とで、拉致するには人目につきやす過ぎます故……」
「あはは……なるほどね……。
あ〜〜〜……そっかぁ。そりゃそうだね。医者不足の今、お医者さんを減らしちゃ社会に申し訳ないかぁ。
ごめんごめん。お医者さんがそこまで激務とはね〜。まぁいいよ。こうして歯医者さんが来たわけだし。分類としてはちょっと違うけど……」
ルキは椅子の向きを替え、歯科医 加藤 順平のモニターを見上げる。
その部屋を観て、すかさず立ち上がった。
「っとと。気付かなかった ! あーあ。これは良くない。
スミス、ここをよろしくね。椎名、来てくれ」
二十代半ばの、ルキより少し年上。それが椎名だ。銀のフレーム眼鏡をかけ、黒服に埃ひとつ無い、潔癖そうな男である。
「想定内でしょう」
「まぁね。でも面白くない。これだから医者はさ……」
ガララ……
開かれた教室の中、児童用の小さな机に俯き、加藤は電気も点けずにポツンと座っていた。ルキが入ってきても微動だにしない。茫然自失と言うよりは、覚悟を決めた表情で机の天板を見つめている。
「……極端なんだよなぁ。
ほら、前にも人体早食い競争をしたじゃん ? その時の一回目の優勝者は脳外科の先生だった。でも二回目の開催できた婦人科の先生は駄目だったよね ? 」
「そうですね」
「どうしてこうも、二極なんだろうね。お医者さんって」
ルキは加藤のそばでしゃがむと、その顔を覗き込む。
冷や汗一つかかず、決して気が触れた様子では無かった。
「加藤さん ? このままじゃ失格になっちゃうよ。せめてなんか作って貰わないとさ」
ルキの言葉に一拍置いてから、加藤は視線を落としたまま問う。
「脳外科と婦人科……か。
……お前たちは何なんだ ? 今までもこうして非人道的な事をしてきたのか…… 」
「ストップストップ。
非人道的なのは重々承知。でも、これが公的機関にも止められないとは説明したよね ? ここだけの話、俺も雇われだよ。好きでやってるケド。
だから俺に文句言うのは無しかな」
「……俺を選んだのは偶然か……」
これにはルキは椎名に振り返る。
「いえ。湊市周辺の個人病院で検索し、ネットのレビューで一番低かったのが加藤歯科だったもので。レビューが酷いということは、このゲームに適性があるかもしれないと思いましたので」
「だってさ。あの文句だらけのレビューサイトが原因だね。
あんなもの、アテにならない他人の感想不満の捌け口だ。自分の理想にそぐわないものを晒しあげて、商売人の価値を落とすだけのもの。
それが真実なら仕方がないけど……レビュー記事の治療は適切なものだってさっき言ってたし。多分、加藤歯科の評判は実際は異なるんだろうね。
でも、それは別の話」
ルキが椎名の胸元に手を入れ、ホルスターから銃を抜いた。
純白の上質なスーツに無機質な黒塊がよく映える。
「動かない玩具は要らない」
そう言い、銃口を加藤に向ける。
しかし加藤は微動だにせず、ため息をつくだけだった。
「あんた方が恐ろしい存在なのは理解した。
だが、君らも身体を患えば医者にかかる。絵が欲しければ画家を探す……。必要じゃない人間なんていない。
だとしたら、俺にも価値がある。
価値があれば、誇りが芽生える。
俺は腐っても医者だ。歯医者とて、人を殺める存在だけにはならん。
構わん。殺せ」
「……そう。残念」
暗い教室が二度、小さな光を伴いパンと渇いた音を二度立てた。
窓の外からでも分かる、蛍のような小さな光。
「片付けはゲーム後でいい」
グリップを椎名に向け、ルキは教室を後にする。
「椎名」
「はい」
「ネットのレビュー……ねぇ ?
俺が『他人の感想』なんか一番興味無いの……知ってるよねぇ ? 」
安易に作業をすると必ずルキは見抜く。ここに連れてくるのが、本当に誰でもいいという訳では無いのだ。他の被検体と同等程度に、必死に動かないと観覧者に萎えられてしまう。
椎名の喉がゴクリと上下する。
「人生に捨てるものが無いクズに用は無い。何としてでも生還を果たそうって人間じゃないとならない。
かと言って、動きが無い人間は一番駄目だ。彼は元々、ああ言う性格だったろうに」
「申し訳ございませんでした」
崩れ落ちた加藤をそのままに、ルキと椎名は校長室へ戻ってきた。スミスは電話対応を続けている。
「さて、後一時間も無いね。残ったのはデスマスクのお姉さんとケイの二人か……。なんだかつまんないな」
「涼川 蛍のモニターに切り替えますか ? 」
「え ? 駄目駄目 !
あいつは俺の期待のルーキーだよ ? 制作過程を覗くなんて勿体ないよ。
あぁ !! でもきっと楽しそうにしてるよ !
……嬉しい。単純に。ケイはまだ羽化したばかりだよ。毒蛾になるのか蝶になるのか……はたまた新種の化け物か……。本当に興味深い……」
タイマーのカウントダウンが残り十分を切る。
「さてと……まずはデスマスクの美果ちゃんから行こうか。
オークション用に写真の用意だけして。ケースは……多分まだ要らない」
廊下に他の黒服も集まって来た。それぞれの持ち場へ動き出す。
「ケイは俺を失望させない。分かる……あいつは最後だ……」