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第5話 覚悟

 ルキも校長室の椅子に凭れ、美果をモニターで観ていた。


「さっきから鳴ってるお前らの着信の要件はこれか……」


 ウンザリしたように呟く。


 黒服の内、最もルキに近い位置にいる二人のプリペイドスマートフォンに、ひっきりなしに来る観覧者からの着信。

この二人は他の黒服達とは装いが違ってタイがシルバーグレーである


「はい。購入希望の話が立て続けに……」


「……ま、欲しい人いるよね……。

ん〜。最初の美人さん。あのマスクだけはオークションにかけようか。

スミス」


「はい」


二人の内、褐色肌の男性が返事をした。


「ゲーム終了後まで締切だ。希望者をリストアップして、後日オークションをすると伝えて」


「かしこまりました」


流暢な日本語だ。スミスと呼ばれた男は、ようやく着信の続くスマートフォンに対応を始める。その横でもう一人のシルバーグレーがルキに問いかける。


「……他の、男性と双子のマスクはお出しにならないのですね ? 」


「うん。

椎名、君のスマホは電源切っていいよ。

……デスマスクは女性のものだけ。出せないんだよ。不完全だから」


「不完全…… ? ですか…… ? 」


 この言葉に椎名とスミスは顔を見合わせ不思議そうにしていた。しかしルキの指示にはいつもブレがない。ミスも無く、番狂いでパニックになる事も無い。いつだってそうだった。

二人はルキがそう判断したのなら、そうなんだろうと納得する。


「みんなコレクション収集に夢中か。今回はそんな趣旨のイベントじゃないんだけどなぁ〜。俺もボランティアじゃないんだからさ。

 さて、歯医者さんはどうかなぁ ? 外科医とかが良かったんだけどなぁ〜」


 ルキがジットリと椎名を見上げる。


「申し訳ございません。一つ言い訳をさせて頂きますと……目を付けていた三人ほどの外科医は皆、病院から帰宅した様子がなく……仮眠室と勤務とで、拉致するには人目につきやす過ぎます故……」


「あはは……なるほどね……。

 あ〜〜〜……そっかぁ。そりゃそうだね。医者不足の今、お医者さんを減らしちゃ社会に申し訳ないかぁ。

 ごめんごめん。お医者さんがそこまで激務とはね〜。まぁいいよ。こうして歯医者さんが来たわけだし。分類としてはちょっと違うけど……」


 ルキは椅子の向きを替え、歯科医 加藤 順平のモニターを見上げる。

 その部屋を観て、すかさず立ち上がった。


「っとと。気付かなかった ! あーあ。これは良くない。

 スミス、ここをよろしくね。椎名、来てくれ」


 二十代半ばの、ルキより少し年上。それが椎名だ。銀のフレーム眼鏡をかけ、黒服に埃ひとつ無い、潔癖そうな男である。


「想定内でしょう」


「まぁね。でも面白くない。これだから医者はさ……」


 ガララ……


 開かれた教室の中、児童用の小さな机に俯き、加藤は電気も点けずにポツンと座っていた。ルキが入ってきても微動だにしない。茫然自失と言うよりは、覚悟を決めた表情で机の天板を見つめている。


「……極端なんだよなぁ。

 ほら、前にも人体早食い競争をしたじゃん ? その時の一回目の優勝者は脳外科の先生だった。でも二回目の開催できた婦人科の先生は駄目だったよね ? 」


「そうですね」


「どうしてこうも、二極なんだろうね。お医者さんって」


 ルキは加藤のそばでしゃがむと、その顔を覗き込む。

 冷や汗一つかかず、決して気が触れた様子では無かった。


「加藤さん ? このままじゃ失格になっちゃうよ。せめてなんか作って貰わないとさ」


 ルキの言葉に一拍置いてから、加藤は視線を落としたまま問う。


「脳外科と婦人科……か。

……お前たちは何なんだ ? 今までもこうして非人道的な事をしてきたのか…… 」


「ストップストップ。

 非人道的なのは重々承知。でも、これが公的機関にも止められないとは説明したよね ? ここだけの話、俺も雇われだよ。好きでやってるケド。

 だから俺に文句言うのは無しかな」


「……俺を選んだのは偶然か……」


 これにはルキは椎名に振り返る。


「いえ。湊市周辺の個人病院で検索し、ネットのレビューで一番低かったのが加藤歯科だったもので。レビューが酷いということは、このゲームに適性があるかもしれないと思いましたので」


「だってさ。あの文句だらけのレビューサイトが原因だね。

 あんなもの、アテにならない他人の感想不満の捌け口だ。自分の理想にそぐわないものを晒しあげて、商売人の価値を落とすだけのもの。

それが真実なら仕方がないけど……レビュー記事の治療は適切なものだってさっき言ってたし。多分、加藤歯科の評判は実際は異なるんだろうね。

 でも、それは別の話」


 ルキが椎名の胸元に手を入れ、ホルスターから銃を抜いた。

 純白の上質なスーツに無機質な黒塊がよく映える。


「動かない玩具は要らない」


 そう言い、銃口を加藤に向ける。

 しかし加藤は微動だにせず、ため息をつくだけだった。


「あんた方が恐ろしい存在なのは理解した。

 だが、君らも身体を患えば医者にかかる。絵が欲しければ画家を探す……。必要じゃない人間なんていない。

 だとしたら、俺にも価値がある。

 価値があれば、誇りが芽生える。

 俺は腐っても医者だ。歯医者とて、人を殺める存在だけにはならん。

 構わん。殺せ」


「……そう。残念」


 暗い教室が二度、小さな光を伴いパンと渇いた音を二度立てた。

 窓の外からでも分かる、蛍のような小さな光。


「片付けはゲーム後でいい」


グリップを椎名に向け、ルキは教室を後にする。


「椎名」


「はい」


「ネットのレビュー……ねぇ ?

俺が『他人の感想』なんか一番興味無いの……知ってるよねぇ ? 」


 安易に作業をすると必ずルキは見抜く。ここに連れてくるのが、本当に誰でもいいという訳では無いのだ。他の被検体と同等程度に、必死に動かないと観覧者に萎えられてしまう。

 椎名の喉がゴクリと上下する。


「人生に捨てるものが無いクズに用は無い。何としてでも生還を果たそうって人間じゃないとならない。

かと言って、動きが無い人間は一番駄目だ。彼は元々、ああ言う性格だったろうに」


「申し訳ございませんでした」


 崩れ落ちた加藤をそのままに、ルキと椎名は校長室へ戻ってきた。スミスは電話対応を続けている。


「さて、後一時間も無いね。残ったのはデスマスクのお姉さんとケイの二人か……。なんだかつまんないな」


「涼川 蛍のモニターに切り替えますか ? 」


「え ? 駄目駄目 !

 あいつは俺の期待のルーキーだよ ? 制作過程を覗くなんて勿体ないよ。

 あぁ !! でもきっと楽しそうにしてるよ !

 ……嬉しい。単純に。ケイはまだ羽化したばかりだよ。毒蛾になるのか蝶になるのか……はたまた新種の化け物か……。本当に興味深い……」


 タイマーのカウントダウンが残り十分を切る。


「さてと……まずはデスマスクの美果ちゃんから行こうか。

 オークション用に写真の用意だけして。ケースは……多分まだ要らない」


 廊下に他の黒服も集まって来た。それぞれの持ち場へ動き出す。


「ケイは俺を失望させない。分かる……あいつは最後だ……」

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