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第3話 覚醒

「蛍 ! 蛍ちゃん〜 ! 」


 内陸部の山林地域に存在する廃校。

 木造建築で、学校を利用した再生カフェや当時の学生気分が味わえるイベントを開くとして、去年どこかの資産家に買い取られたという噂が流れた。

 しかし、いつまで経ってもカフェどころか、廃校は放置されていた。


 蛍とルキが到着すると、香澄が縋り付くように駆け寄ってきた。その身体に拘束は無い。制服のままという事は下校途中、親と合流する前に連れて来られたのだろう。汚れや乱れは無かった。


「ケイも来るって部下に連絡したんだけど、その子信じなくてさ……手をやいたみたいだ」


 ルキが黒服達の乱れた髪と汚れたスーツを見て苦笑する。


「蛍ちゃん、どこにいたの ? こいつら誰なの !? 」


「香澄、冷静に」


「なんでぇっ !? なんで落ち着いてられるのっ ! 」


 泣き出す香澄を見てルキはクスクスと笑う。


「そうだよね〜不安だよね ? 今のはケイが酷いよ。ちゃんと心配してやらないとさぁ〜」


「心配はしてます」


「香澄ちゃん、もっとケイと無事を確認し合ったりしたかったよねぇ ? 」


 ヘラヘラと笑うルキに、香澄は噛み付かんばかりの様子で睨みつける。


「ごめん。俺の言う言葉じゃないか !

 さぁ、こっちに来て」


 ルキの他に、部下が二人横に付く。更に蛍と香澄の背後、逃走防止に二人の黒服がついた。


 通されたのは一階、中央の階段下。

 校舎は二階建で、中央階段をから東と西に教室が存在する。

 一階の中央階段前は校長室だが、そこにはあらゆる監視モニターがある様子だった。学校の内部が映し出されている。

 蛍がその場へ来るとすぐに黒服が防火シャッターを締め、逃げ道を防ぐ。くぐり戸はあるが、完全に溶接されている。

 ルキと黒服以外に、蛍、香澄、他二人がいた。


「さ、自己紹介だ !

 君からどうぞ ! 」


「ひっ…… ! 」


 香澄より酷く怯えている女性。

 派手目の服装だが不潔感がない、根は大人しそうな印象の面持ちである。


「や、山本 美果……南湊市の芸大の二年……です……」


「未来のアーティストだ ! みんな拍手〜」


 全員が怯える中、ルキだけがケラケラとしていて気味が悪い。


「はい、次は男性ね。お兄さん名前は ? 」


「……っ。加藤 順平。職業、歯科医……」


「はい、拍手〜。

 歯医者さんってサディスティックだよね〜。 特に、貴方は治療最後に一本だけやたら虫歯になりやすい凹凸を入れて、また患者が自分の歯医者に通うようにするらしいね。ネットのレビューで見たけどほんと ? 」


「そんなわけない。治療の一環だ。削ったのは歯石だよ」


「なんだ。期待はずれ。

 じゃあ、次は君だよ」


「……古川 香澄……高校一年です……」


「ご実家は ? 」


「……花屋です……」


「へぇ。お花屋かぁ〜。芸大美果ちゃんのセンスとお花屋さんのセンス。比べるのが楽しみだよ !

 じゃあ最後、お願い」


 ルキが顎をしゃくって蛍を指す。


「高校一年、涼川 蛍。……自宅は葬儀屋……」


「はい、OK〜 !

 じゃあ、みんなよく聞いて。

 これから東と西、それぞれ一人につき三つの教室を担当して貰う。

 君たちには……今回……。アートを作成して欲しい」


「ア、アート…… ? 」


 ルキが校長室から『見本』の一本を取り出す。


「使うのはこれだよ」


 その手に握られているのは、人の腕。

 鳥肌が立ち、産毛が逆立っているマニキュアのついた腕だ。


「……っ !! きゃぁぁっぁ ! 」


「蛍ちゃ〜ん ! 」


 紛れもなく本物。

 爪が剥がれ、血は抜けて流血こそ無いが、白く青く変色した腕はマネキンでないことは明確。生々しく、グロテスクに新鮮な肉塊。


「し、信じられん ! 鬼畜だ……」


「ただの部位ですよ〜。お医者さん見慣れてるでしょ ? あ、歯医者は見ないかぁ。

 色々揃ってるよ。腕も頭部も……傷の無い全身のもあるよ。人種も年齢も選べるよ」


「考えられん。君が殺したのではなくとも罪に問われるぞ」


「全部用意は専門の部下だよ ? 俺は何もしてない。犯罪なのは知ってるけど、言った通り警察は俺をスルーだよ。

 あそこを見て」


 ルキが頭上の監視カメラを指差し、手を振る。


「あれね、君たちが逃げないように監視するモニターじゃないんだ。

 この夜会はね、君たちを観たい方達の為のイベントなんだ」


「イベント !? 誰がこんな事、観たいなんて言うのよ ! 」


「そりゃあ、世の中色んな嗜好の人がいるし。ね ? ケイ ? 」


「……俺を一緒にしないでください」


蛍はそっぽを向いたままルキに言葉を返す。ここまで一度も面と向かって視線を合わせていないというのに、ルキは気にしないのか沸点が低いのか、いつまでも陽気なままで話し続ける。


「はは。つれないなぁ。

 さて、ルールは簡単。より素晴らしいものを作り上げたら帰れる。審査は観覧者達。俺はただの主催者。けど、酷いものは俺の判断で除外するから本気でやってね ? 」


 ルキが合図を送る。

 黒服が二人、それぞれ四人の被害者に付く。


「足りないもの……道具とか欲しい部位とかがあったら彼らに言って ? 作品に制限は無いから、とにかく好きなようにやってみてね。

 さ、芸術家さんは二階の東。

 歯医者さんは西。

 香澄ちゃんは一階の東、ケイは西ね。

 一人教室三個。繋げて一部屋でもいいし、一部屋一作品でもいいよ。

 特に芸術家 美果さんには期待かな !

 じゃあ、スタンバイお願い」


 黒服がそれぞれを連れていく。


「い、嫌 ! 蛍ちゃん、逃げよう ! こんなのおかしいよ ! わたしたち何で連れてこられたの !? 」


 蛍が困ったように香澄を見下ろす。


「け……い…… ? なんでそんな顔するの ? 」


「分からない。俺もこいつらに初めて会った。何も知らない」


「う、うぅぅ…… ! 」


 事実、逃げようがないのは明確。

 こんな山奥では走って逃げたところですぐに追いつかれるだろう。黒服たちは傍目で分からずとも武装をしていないとも限らない。


「ルキ。一つ質問が」


「何 ? 」


「作品が評価されなかったら、そいつはどうなるんだ ? 」


 全員が恐怖に慄いた顔でルキを振り返る。


「ん〜。基本、処分にするけど……。でも、次ならいいもの作りそうだなって思ったら優勝しなくても帰してあげなくもないよ。前例はある。

 でも、どうかな。ケイと香澄ちゃんさ……今日の自殺現場にいたよね ?

 あの子ね……折角逃がしてあげてたのに、あちこちに言いふらして助け求めたりしてさぁ。揉み消すのも大変なんだったよ。

 だから死んでもらった。あ、脅迫はしたけど

 、ちゃんと自殺だよ。君らも見てたでしょ ? 自分で飛んだの。

次はいいアクションしそうだなって期待してたんだよねぇ、残念〜」


「……っ ! 」


 香澄が両手で顔を覆う。


「他にも生存者は沢山いるから諦めないで !

 一人の老紳士は次なら自信があるって言って一週間前、四回目のゲームに参加した。

 でも駄目だね〜センスが無い。でも熱意はあるし、常連者は人気が出るからね。他のゲームにも出れる。人気者には大金が動くから感謝かな」


「絶対嫌 ! こんなことしたくない ! 蛍ちゃん ! 蛍ちゃんもそうでしょ ?

 皆は !? 美果さん、加藤さん ! こんなのやらないよね ? 」


 美果も加藤も黙り込む。

 生き延びる可能性があるなら、それに賭ける他ない。逃げられそうにないこの密室状態の校舎。その上、日が傾いた山間部を徒歩で逃げ切れる気がしない。スマホもライトも無い上に車道も人通りはほぼ無い区間。

 山に入って朝を待ってもいいだろうが、ここまで用意周到な者たちが何も対策していないとは思えない。


「なんで誰も何も言わないのぉ〜〜〜 !!

 やだよ〜 !! 家に帰りたい〜〜〜 ! 」


 ついに香澄は泣きじゃくりながらしゃがんでしまった。


「香澄……もうどうしようもない……」


「蛍ちゃん〜 ! どうしようもない、じゃないじゃん〜 ! 逃げようよ〜 !! 」


いつまでも拒否を続ける香澄にルキの眉が跳ね上がる。


「あぁ……。そろそろ煩いね」


 ルキの握った拳が躊躇いのない一撃を与えた。

 香澄は音も無く、糸が切れた人形のように床に沈んだ。


「カッ…… !! カフッ…… ! 」


「お、おい ! 気絶したぞ ! なんて酷いことを ! 」


「う !! うぅぅぅ、オエェェ !! 」


 たまらず緊張で美果が吐き戻す。


「全く。ケイの友達とは思えないね。ギャーギャー騒いで……。

 あ、でもケイはこういうのが趣味だった ? ……ごめんねケイ」


 蛍は気を失った香澄を反射で抱えたが、何も言葉が出なかった。

 自己を見失った。


 今。たった今。十五年同じ町で生きてきた幼馴染が酷い目に合っている。

 それもまだ高校生の少女。

 何も分からず連れて来られ、急にショッキングなものを見せられた。

 そうでなくとも朝から酷い日だった。



 だから ?

 だから何 ?


 蛍は表情一つ変えず、香澄を床に降ろし立ち上がる。


「ペンを」


黒服に手を伸ばす。

このゲームへの参加に同意した瞬間だ。


「必要なものを書くので用意お願いします」


 蛍はペンを走らせると黒服と共に一階 西の三教室に消えていった。


「か、彼は本当にやるのか…… ? 」


加藤と美果が青い顔で蛍の背を見つめる。


もう戻れない。

蛍はそれまで『気付いている』と言う漠然としたままの自分に蹴りを付けたのだ。


「思いがけず……寝ていた獅子が目覚めたんだ。あぁ……素晴らしいねケイ。思った通りだ」


 ルキも恍惚の表情で、教室へ向かう蛍の後ろ姿を眺めた。

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