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第8話:おばけじゃないよ、せいれいさんだよ

 社長室……そう名のあるだけあって、扉一つにしても豪華な出来栄えである。


 見た目だけでなく、そこから発する気も他とは比較にならない。


 この先に、彼女たちを束ねる者がいる。どのような面構えをした男なのか。


 胸の内より湧く好奇心を抑えるようにして、京次郎はゆっくりとその扉を開いた。



「やぁ、よく来てくれルンねキョン……ううん、鷲塚キョウジロウくん」


「は?」



 京次郎は素っ頓狂な声をもらした。


 社長室はこじんまりとこそしてはいるものの、内観は他にはない威厳があった。


 用いられた家具もすべてが一級品であるのは、見ればすぐにわかる。


 その場所にあまりにも不相応極まりない者が、入室して早々ににこりと笑みで出迎えた。


 人ですらなかった。蒼と白という極めて物珍しい毛並みをした小動物が、ふよふよと宙に浮いていた。



「これも“れぎおん”とかいうバケモノか!?」


「ちょ、ちょっと待って待って! アクルンはレギオンじゃないルン!」


「そうなのか?」



 しばらくジッと観察してみる。


 レギオンのような禍々しさは確かにこの謎の生物には微塵もなかった。


 どちらかといえば愛くるしさがこれにはある。だからといって謎が解けたわけではない。


 奇妙という点についてはレギオン同様だ。



「アクルンはアクルンって言うんだよ。このヴァルライブの代表取締役で、みんなのサポートをしてるルン」


「お前がか?」



 にわかに信じ難い話である。


 人ですらないモノノケの類が人の上に立つなどありえなかった。


 そうでなくともかわいらしいばかりで、長としての威厳がまったくない。


 もしやからかわれているのか? だとすれば、苛立ちこそするが納得はできる。


 いぶかし気にジッと見やる京次郎。程なくして社長室の扉が再び開いた。エレナたちといった顔見知りが入ってくる。



「気持ちはわからないでもないけど、アクルンが社長なのは間違いないわ」


「そうなのか? こいつが、本当に……?」


「だからそう言ってルンじゃないかルンー!」



 頬を膨らませ怒りを露わにするせいか、まるで怖くなかった。



「で、結局こいつはいったいなんなんだ?」


「う~ん、なんて言えばいいのかしら」


「妖精? 聖霊? みたいな感じ?」


「おおむね間違ってはいませんわね」


「聖霊だと?」


「アクルンは、君たちでいう正の感情から生まれた存在だルン」


「つまり……和魂にぎみたまということか」


「ごめんよくわかんないルン」


「なんなんだ本当に。後その語尾はなんなんだ? そうじゃないと喋れないのか?」


「アイデンティティルン」


「よくわからんぞ」



 京次郎は小さく溜息を吐いた。


 聖霊とは、人々の正のエネルギーによって生じた存在である。


 厚い信心など、誰かのためを想う力の意志とも言うべき彼らは不可思議な力を有する。


 その力をもって彼らは人々に様々な恩恵をもたらした。ヴァルキュリアの力とて例外ではない。



「なるほどな。しかし、どうして俺なんだ?」



 真っ当すぎる疑問を京次郎はアクルンへとぶつけた。



「すでに君もみんなから聞いてると思うけど、君にはヴァルキュリアとしての素質が極めて高いルン。アクルンが見えているのだってそうだし、それに昨日の戦闘だってそう。アクルンも驚いちゃったルン」


「素質ねぇ。だが生憎と俺は魔法なんてものは使えないぞ」


「大事なのは魔法の素質じゃなくて、その心のありようルン」


「心のありよう?」



 京次郎ははて、と小首をひねった。



「誰かを想う強く気高い気持ち……それが君にもあるんだルン! だからアクルンのことだって見えるし、こうしてお話だってできるルン!」


「んなこと言われてもだな……」



 果たして自分にそこまでのものがあっただろうか? 京次郎は自らにそう尋ねた。


 心当たりについては、何一つない。これまでの人生は基本的に自分勝手に生きてきた。


 強くなろうとしたのも、新撰組はおろか幕府のためを想ってではない。


 すべては自分がそうありたいと強く願っただけにすぎない。なんらかの偶然がきっと重なっただけだ。京次郎はそう思うことにした。



「男のヴァルキュリアかぁ。想像つかないけど、とりあえず変身してみてよ」


「変身だと?」



 さも平然と口にしたエレナに、京次郎はすかざす尋ねた。


 具体的な説明があまりにもなさすぎる。変身しろ、とあっけらかんと口にするが意味については皆目見当もつかない。



「変身というのは、つまりこういうことですわ」



 次の瞬間、リリの身体より眩い光が放たれた。


 あまりの眩しさに思わず目を覆い隠す。それほどの光もほんのわずかで収まり、室内の明るさも元に戻った。


 再び視線をやった時、そこには昨晩の配信で目にしたリリの姿があった。


 いつの間に着替えたのだろう。京次郎はじろじろとリリを見やる。


 それはもはや早着替えとしての領域を優に超えていた。瞬きの間に着替える人間など、例え達人であったとしても不可能である。


 これが変身なのだろう。京次郎はそう直感した。


 その上できっぱりと告げた。



「できるわけがないだろうに」


「いや、練習すればきっとできるって!」



 なんの根拠があってそうも断言できるのだろう。エレナの言霊には微塵の揺らぎもなかった。


 本当にこの娘は、変身できると信じて疑ってすらいない。まっすぐな瞳はどこまでもきれいだった。


 ここが自分と彼女たちとの違いなのかもしれない。京次郎はふっと小さく吐息をもらした。



「まぁ、俺の変身についてはどうでもいい。幸い、お前たちみたいに“ばるきゅりあ”に変身しなくてもどうにかなるみたいだしな」


「あ、それ私もすっごく気になってた! どうしてキョンはレギオンを祓うことができたの?」


「さぁな。だが思いつくことといえば、こいつのおかげかもしれん」



 京次郎は腰に帯びた大小の刀にそっと視線を落とした。



「その剣……ですか?」


「そうだ。こいつは、俺を今までずっと支えてきてくれた大事な愛刀だ」



 村正……仮にも剣客であるのならば、この名を知らない者はまずいないと断言してもよかろう。


 村正は等しく妖刀である――天下人に仇名したことからたちまち有名となった。


 村正の刀は等しく没収され、刀匠である本氏にも捕縛命令が下った。


 村正は妖刀である。京次郎がそう確信に至ったのは、その切れ味にあった。


 例えるならば、豆腐を斬ったかのような感触だった。


 物であれ人であれ、本来ならば異なるはずの感触は一様に同じだった。


 斬ったという感触がないぐらいに、村正は大変よく斬れる。妖刀と言われるのも無理もない。


 こっそりと帯刀している自分は立派な隊律違反者だ。そうでなくとも、国の命に背いている。


 そうと理解しながらも京次郎は、村正の刀を常に腰に帯びていた。振るうのであれば例え妖刀であろうと、信頼に足るものがよい。



「ムラマサ……そんなにすごい剣なんですね」


「あぁ、俺はこいつ以上に優れた刀を知らん――まぁ、局長の長曾祢虎徹ながそねこてつや副長の和泉守兼定いずみのかみかねさだも十分すぎるぐらい名刀だったが」


「なにその長ったらしくて言いにくい名前は。昔って剣にそんな名前ついてたの?」


「そうだぞ? 後長ったらしいってなんだ。刀につく銘にはちゃんとした由来があるんだよ」



 カレンが目をきらきらとさせながら食い入るように腰の刀を見やった。


 試しに鞘から抜いて刀身を露わにすれば拍手まで送る始末である。


 刀に興味があるとは女人でありながら随分と珍しいものだ。触れようとした際には、さしもの京次郎もカレンを嗜めた。


 これはおそろしいぐらいによく斬れる。かつて悪鬼羅刹だけでなく神仏をも斬る――そう豪語しただけあって、村正の刀鍛冶としての腕前は本物なのだから。つまらなそうに頬をムッとさせるカレンを、京次郎はふっと頬を緩めた。



「――、まぁいい。聖霊がどうであれなんであれ、今の俺はこの“ばるらいぶ”の“すたっふ”なんだ。与えられた役職については一応全力でやらせてもらう」


「頼もしいルン。これからもよろしくルン、キョウジロウ……じゃなくて、キョン!」


「期待だけはしないでくれよ」


「――、それじゃあこの後は今晩の配信の打ち合わするわよ。キョンも出てもらうから、しっかりと話を聞くようにね」


「……本当に俺も出るのか?」


「当然じゃない」


「がんばりましょうね、キョンさん!」


「わたくしたちがいるのですから、なにも心配することはありませんわ」


「……やれやれだ」



 当人よりもやる気に満ちた面々を目前に、京次郎は深い溜息を吐いた。


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