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第7話:バズった時は素直に喜ぼう!

「ちょっと大変ですよキョンさん!」



 朝早くからカレンが慌てながらやってきた。


 なにをそんなにも慌てているのだろうか。京次郎にはそれがわからない。


 いずれにせよ、只事でないのだけは確かだった。京次郎は大小の刀を腰に差した。



「また昨日斬ったような化け物が出たのか?」


「そ、そうじゃなくて……こ、これ見てください!」


「……なんだ?」



 押し付けるようにして見せられた端末には、ある動画が表示されていた。


 再生回数と表記された部分には、200万という文字がいっしょに出ている。



「昨日の動画、公開してからまだ数時間しか経ってないのにもう200万も突破したんですよ!?」


「それは、すごいことなのか?」



 京次郎ははて、と小首をひねった。



「すごいもなにも、すごすぎますよ! これまでにも色々と動画出したりしてきましたけど、こんなに早くに200万もいくなんてなかったんですから!」


「確か、未来の世界では“ばずった”、というんだったか? だったらよかったじゃないか」


「……驚かないんですか?」


「そう言われてもな……何に対し驚けばいいのか、俺にはいまいちよくわからん」



 それよりも、と京次郎はそこで一旦話を区切った。


 見計らったかのように腹の虫がくぅくぅと情けなく鳴いた。


 いい加減、朝餉にありつきたい。無人島生活での食事はお世辞にも豪華とは程遠いものだったのは、もはや言うまでもない。農作物も確かにあったが、味付けはおろか見た目もすべて単純なものばかりだった。


 未来の食事は、内容が単純であっても舌鼓を打たせてくれる。第二の人生において食事は、京次郎の楽しみの一つともなった。


 いずれはこの世界の料理を食べ歩く旅に出てもおもしろいかもしれない。そんなことを、ふと思った。



「あ、そ、そうですね。御飯ができたから呼びにきたんでした! 話の続きはそこで」


「わかった」



 朝餉の献立は、はて。どんなものだろうか。年甲斐もなくわくわくと心躍らせる己を自嘲気味に京次郎はふっと笑った。


 炊き立ての白米にみそ汁……京次郎にとってこれほど豪勢な食事はまずない。


 米がまずたくさん食べられるという時点で最高の幸せだった。



「――、それでさっきの話なんだけど」



 エレナがそう口火を切った。



「まず200万再生回数は正直いって予想外だわ」


「これもすべてキョンちゃんのおかげですね」


「俺が? 苦情でも上がったのか?」



 何気ないカレンの一言に京次郎は尋ねた。


 どうしてそこで自分が出てくるのかさっぱりわからなかった。


 自分は、あくまでも裏方“すたっふ”だ。本来の主役を差し置いて舞台に立てば、その後どのような反響を及ぼすかは火を見るよりも明らかである。苦情が上がったとしても、それは致し方がない。甘んじてその苦情を真摯に受け止める他あるまい。



「全然違いますわよ」



 リリが静かにかぶりを振った。どうやら違うらしい。


 では、いったい何があったのだろう。京次郎は米を喰らう傍らで、リリに視線を送った。



「このコメントを見ればわかると思いますけど、すべてキョンさんのことばかり書いてますわよ」


「やっぱり苦情の類か? 確か……炎上商法なる方法があるとか」


「私たちがそんなせこいことするわけないでしょ!」


「全部キョンさんを褒めてるんですよ」


「俺を?」


「“かわいいスタッフさんがきた”、“めっちゃ強すぎワロタ”、“スタッフさんがやってるのってなに?”……どれもこれも好印象なものばかりですわ」


「好印象、ねぇ……」


「と、いうわけだからキョン。今日からスタッフとしてもだけど、積極的に私たちの配信にも出てもらうわよ」


「いや何故そうなる?」



 京次郎はすこぶる本気でそう返した。


 表舞台に立つ裏方というものは、これまでに目にしたことがなかった。


 知らないだけで実は、そのような事例もひょっとするとあったのかもしれない。


 京次郎には、表舞台で目立つその意思が微塵もない。裏方ならば裏方に徹するまで。


 人斬りを生業とした者では、夢や希望を与えられそうにない。その事実を誰よりも理解する京次郎だからこそ、エレナの発言に乗り気ではなかった。



「――、それはそうと今度は俺からの質問だ。昨日のあのモノノケはなんだったんだ? 何もない空間から突然現れたアレは“もんすたぁ”とかいうのとは違うのか?」


 タカマガハラは高い城壁によって囲われた、いわば城郭都市である。


 むろん城壁の役目が外敵から町や市民を守るためにある。


 ここでいう外敵とは他国ではなく、主にモンスターからの被害を差していた。


 モンスターは基本的に自ら敷いた領域から出ようとはしない。しかしごく稀に人里までやってきて暴れるものもいた。


 虚空より出現したとなると、これは脅威という他ない。せっかくの堅牢な城壁も役に立たない。



「まず言っておくと、あれはモンスターじゃないわ。あれはレギオンと呼ばれる存在よ」


「“れぎおん”……確か、昨日もそんなことを言っていたな」


「レギオンは負の感情より生まれた存在なんです」



 人間には心がある。その心は時に信じられないほどの力を発揮する。


 優しさや嬉しさ……正のエネルギーは心を豊かにするだけでなく、他者へもいい影響を与える。それは途切れることなく次々と連鎖し、更なる正のエネルギーと化す。


 対して強い怒りや恨み……負のエネルギーは心だけでなく肉体にも悪影響を及ぼす。やがてそれは狂気と化し、遂には他者をも傷つける。


 負のエネルギーは宙を漂っては融合し、やがては一つの巨大な意思へと変わる。


 レギオン……あらゆる負の感情をその身に宿した邪悪な意思は、人々はおろか世界にとっての毒へと転じる。これらを打ち払うには相反する力――すなわち、正のエネルギーが必要不可欠だった。


 それを可能とするのが、ヴァルキュリアと呼ばれる乙女たちである。


 古より伝わる伝説の存在であり奇跡を起こす彼女たちだけが、レギオンを浄化することができるのであった。



 まるで御伽噺のような内容だ。


 そう思う京次郎は、しかしここで新たな疑問に直面する。



「お前たちがその“ばるきゅりあ”っていうのはわかった。だが、あの“れぎおん”とかいう怪物は他の奴らじゃどうにもならないのか?」



 この世界には魔法が普及されている。


 資格な理論といった細かなことはさておき。種子島に代わる術が彼らにはある。


 魔法と言う力があるのならば、わざわざヴァルキュリアは必要ないのではないか?


 そもそもアイドルがその身を危険に晒してまでやるものなのか。京次郎は疑問を抱いた。



「レギオンは私たちみたいなヴァルキュリアにしか浄化できないの。そもそもこの世界にある魔法と私たちの魔法はまったくの別物なのよ」


「そうなのか?」


「一般的に普及されている魔法は、習得次第で誰にでも扱えるという利点がありますわ。ただし同じような内容だからそれに応じた対策だってある」


「逆にボクたちのは、他の人たちが再現することができない魔法なんだ。ここが唯一の違いだね」


「なる、ほど?」


 いまいちよくわからない。とにもかくにもエレナたちが特別だ、ということだけはよくわかった。


 あの時どうしてレギオンを斬れたのだろうか。


 新たに浮上した疑問に、京次郎は自らにそう問うた。


 ヴァルキュリアでもなければ、そもそも魔法すらも使えない。


 古代人といっても過言ではない己が、何故かの怪物を斬れたのか。


 特別なことは一切やっていない。寺や神社といった、いわゆる神道についても無縁である。


 思い当たる節を強いて挙げるとすれば、それは――。


 京次郎が腰に帯びた大小の刀にそっと視線を落とした時、エレナが口を開いた。



「それなのよ。私があの日、あの無人島に向かったのはそれが理由なのよ」


「と、言うと?」


「未だに信じられないんだけど……キョン――ううん、キョウジロウ。あなたにもヴァルキュリアとしての素質がある、らしいの」


「……はぁ?」



 京次郎は素っ頓狂な声をもらした。



「おいおい。いくら俺が女みたいな見てくれだからって、それはさすがにないだろ」



 ヴァルキュリアになれるのは、女性だけと決まっている。


 京次郎は、確かに見た目こそ女人のようだがれっきとした男性だ。


 遊んだ経験こそ皆無ではあるものの、女への関心は人並みにはある。


 エレナの言い分はひどくでたらめで説得力が欠片さえもない。仮説にしてはずいぶんと粗末すぎる。京次郎はふっと鼻で一笑に伏した。



「ボクも最初はそう思ったんですけど……でも、社長が言うから間違いないですよ」


「社長?」


「社長というのはこの事務所のトップ……早い話がわたくしたちの上司で最高責任者ですわ」


「社長なんていうものがあるのか……で、そいつが俺には資格がある、と?」


「まさか男でしかも過去の人間とは予想外だったけどね」



 あはは、とエレナが苦笑いを浮かべた。



「――、ということで順番が少し狂いましたけど、キョンさん。あなたにはこれからウチの社長に会ってもらいますわ」


「社長、ね。いいだろう、裏方として働くんだ。一度ぐらい顔合わせしておかないと失礼だからな」



 純粋に社長なるものに興味があった。


 まだまだ未熟ではあるものの、エレナたちを束ねるほどの存在なのだ。


 その者は少なくともエレナたちよりもずっと強いに違いあるまい。京次郎はそう直感した。


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