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第6話:キョンちゃんはできるスタッフさん

 戌の刻20:00――この日の空は、さながら上質な天鵞絨の生地をいっぱいに敷き詰めたかのような空だった。


 ぽっかりと浮かぶ白い月は氷のように冷たくも、それでいて現存するどの宝石よりもずっと美しい。


 活気あった町もゆっくりと静寂に包まれていく。


 明かりがまだ灯るヴァルライブ内の事務所が妙に落ち着かない。


 なぜかエレナたちはばたばたと忙しなくて、話しかける暇さえもなかった。


 曰く、もうすぐで配信が始まるらしい。配信というものについては、京次郎は未だよくわかっていなかった。


 遠くにいる相手にも、現時点での様子がわかるという技術のすごさだけはよくわかった。


 彼女たちはこれからいったい何をするつもりなのだろう? まるで予測できず、ただぼんやりと立つしかない状況がひどく落ち着かなかった。



「ちゃんと来てるわね」


「エレナ? その恰好は……」



 京次郎はエレナをジッと見やった。


 白を主としたそれは、西洋の衣装ドレスでありながら甲冑としての要素が取り入れられている。


 しいて言うのであれば、女人でありながら露出がいささか高すぎるような気がしないでもない。すらりとした二の足はうら若き乙女ならではの瑞々しさを見事に醸し出している。


 腰に帯びた一振りの剣は豪華絢爛の一言に尽きた。黄金と宝石で見事に装飾され、いかに高級品であるかがうかがえる。


 彼女の装いは、まるでこれから戦にでも赴くかのようだった。



「どう? 似合ってるかしら?」


「え? あ、あぁ。すごく勇ましいとは思うぞ?」


「そうでしょ~」



 日中のように怒っている様子は微塵もなかった。


 すっかり機嫌は直ったようだ。代わりに力強い覇気がひしひしと伝わってきた。


 配信というのは、戦の様子でも伝えるつもりなのだろうか? 京次郎ははて、と小首をひねった。



「あ、キョンちゃん。エレナちゃんばっかり見惚れるのはどうかと思いま~す」


「まったく。ここにはわたくしもいるということをお忘れですね」


「お前らもか……」



 異なる形状こそしているが、カレンとリリもドレスに鎧が一体化した変わった装いだった。


 そして例外にもれることなく、それぞれの腰にも一振の剣が帯びていた。



「いったいこれからなにをするつもりなんだ?」


「ライブだよ」


「“らいぶ”? それは、あの歌ったり踊ったりするっていうやつか?」


「そうですわ。もっとも、わたくしたちのは普通のそれとは大きく異なりますが」


「とりあえず、キョンは今日はそこで見学しててちょうだい。私たちがやるライブがどのようなものなのか……」


「百聞は一見に如かず、か……わかった。ではそうさせてもらおう」


「え? ちょっと待って。今の言葉すっごくかっこいいんだけど。後で教えて」


「……今の時代にはないのか。後でな」



 ライブをするためのスタジオは、事務所内でも一番大きい。


 百人以上は優に収容できよう広さはもちろん、壁や床はすべて堅牢な素材によって作られている。


 そのため、ちょっとやそっとでは傷一つすらもつかない。


 数多のカメラが中央で固定され、そこに三人が立った。


 瞬間、空気ががらりと変わったのを京次郎は肌でしかと感じた。


 なんだ、この言いようのない空気は……?


 エレナたちは、中央の舞台に立った。たったそれだけであるはずなのに、人が変わったかのように錯覚してしまう。


 あれは、あそこにいるのは本当に自分の知るエレナたちなのだろうか? 京次郎はすこぶる本気でそう思った。



「――、やっほー! みんな今日も元気にやってるぅ? ヴァルライブ一期生、白王・E・エレナでーす!」


「同じく一期生の黒咲・D・カレンだよ~。今日もボクが可憐に参上ってね」


「一期生の頭脳明晰にして成績優秀、天光・C・リリですわ!」


「それじゃあ今日もテンションあげていっくよー!」



 軽快な音楽が流れる。それに合わせて三人はダンスを披露した。


 すごい。月並みな言葉なのは否めないが、京次郎は純粋にそう思った。


 自分が知る踊りとは、まるで次元が違う。火のように激しくもあれば、流水のような滑らかさもある。


 体力の消耗が著しいのは素人目でもはっきりとわかり、にも関わらず彼女たちの顔は常に笑みを絶やさない。



「これが、“あいどる”というやつか……!」



 京次郎はすっかり見惚れていた。


 ▶エレナちゃん今日もかわいい!

 ▶リリちゃんの歌声に癒されますた。

 ▶カレンたん(*´Д`)ハァハァ

 ▶↑通報しました。



「おぉ……これが“こめんと”というやつか。その時の状況をあたかも今目の前にしているように見えるだけでなく、気持ちを文章として表し伝える……1000年後の世界の文明は底が知れないな」



 コメントの中には、少々薄気味悪いものも含まれている。


 エレナたち曰く、日常茶飯事であるしちょっとしたネタだから特に気にならない。


 親しき中にも礼儀あり、という諺を先人として教える必要があるかもしれない。京次郎はそんなことを、ふと思った。


 ライブは盛大に盛り上がった。残すところあとわずかで、この楽しい時間も幕が下ろされてしまう。


 とてもいい時間だった。多少の名残惜しさを覚えていた、正にその時だった。



「な、なんだ!?」



 突然、スタジオの照明がふっと消えた。


 停電か? そう思ったのもつかの間。スタジオは再び明るさを取り戻す。


 この不祥事にエレナたちに一切の動揺はない。その代わり彼女たちはそれぞれ腰の剣を抜いていた。


 日本刀とは異なるすらりと伸びた両刃の刀身がとても美しい。



「っと、どうやら私たちの歌を聞きつけた悪いモンスターが今日もやってきたようね」



 エレナが言ったとおり、スタジオ内にはいつの間にか一匹のモンスターがいた。


 それは漆黒の闇だった。人の形こそ模ってはいるものの、中身は全然違う。


 一点の光も宿さない肉体だが、鎧兜を着用しているかのようにおどろおどろしい姿をしていた。


 顔に該当する部分では、血のように赤々とした瞳が不気味に輝く。


 はじめて目にする異形に、京次郎はとっさに身構えた。



「現れたわねレギオン! 私たちのライブは邪魔させないわよ!」


「みんな、僕たちのこと応援してね!」


「それじゃあ、行きますわよエレナさん! カレンさん!」



 三人が異形へと立ち向かった。



「――、なんだこれは?」



 京次郎は思わずそう呟いてしまった。


 戦いが始まってから早十数秒が経過しようとしている。


 戦闘は、未だ続いていた。京次郎はそれがどうしても苛立って仕方がなかった。



「やぁぁぁぁ!!」


「ほいさ!」


「食らいなさい!」



 エレナたちの攻撃は凄烈である。しかし剣という機能をまるで生かせられていない。


 切っ先からまばゆい閃光を放ったりとして確かに、見栄えと威力については申し分はなし。


 だが、いつまで続けるつもりでいるのか。見ようによっては一進一退の互角に映らなくもないが、実に手ぬるい。


 京次郎は深い溜息を吐いた。コメント欄は相変わらず大いに賑わっている。


 そんな状況にもついに変化が生じた。



「うっ……!」


「エレナちゃん大丈夫!?」


「う、うん。私なら全然平気……!」


「くっ……このレギオン、今までのレギオンよりもずっと強いですわ!」


「――、潮時だな。ここは俺が引き受ける」



 裏方はあくまでも裏方であって、決して表舞台に立ってはならない。


 鉄の掟ともいえるこのルールを、京次郎は堂々と破った。


 舞台に立った瞬間、エレナたちがぎょっと目を丸くした。



「ちょ、キョンちゃん何やってるの!?」


「あ、ウチに入ってくれた新しいスタッフさんだよ~!」


「ちょっとキョウ……キョンさん! 段取りがあるのにそれを無視しては困ります! いえそれ以前に危険ですから――」


「お前たち、そんな立派な業物を持っていながら全然使いこなせていないな。この程度の手合いにいつまで時間を費やしてるつもりだ?」



 京次郎は静かに腰の大刀を抜き、正眼に構えた。


 奇しくも異形は武器を所持していた。刃長およそ三尺約90cmのそれは俗にいう野太刀に部類される。


 野太刀とやりあうのは、久しぶりな気がする。脳裏にふっと浮かんだ薩摩隼人に京次郎はふっと不敵に笑った。


 しばしの静寂の後、異形がけたたましく吼えた。どかどかと荒々しく床を蹴って肉薄する様は雪崩のよう。


 常人ならばたったそれだけで気圧され、そして何もできぬまま凶刃を頭から受ける。


 京次郎はそれを、真正面から受ける姿勢を取った。


 二つの刃が交わろうとした――来るべきはずの金打音は、一切ない。


 代わりにざん、と小気味よい音が一つ鳴った。



「久しぶりに心地良い殺気を浴びた気がする……礼を言うぞ、化け物」



 そう言って京次郎は静かに納刀した。


 胴から離れた首が無造作に転がって、やがて煙のようにふっと消えた。


 あたかも、最初からそこにはなにもなかったかのように……。


 騒音に包まれたスタジオに静寂が戻る。戦いは終わったようだ。


 未来の世界とは、かくもおもしろいのか。先の怪物についても気になる。


 口角を緩めた京次郎は、その横で唖然とするエレナたちを他所にその場を後にした。


 一応スタッフであるのだから、これ以上表舞台に立つのは無粋というもの。戦いの余韻に浸る中でも、自身の立場は弁えている。



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