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第3話:働かざる者食うべからず

 アイドル……それは人々に夢と希望を与える者である。


 エレナたちは、アイドルグループ【ヴァルライブ】に所属する面々だ。


 所属アイドルは他よりもずっと多く、多様性のある活動から人気は極めて高い。


 人気が高いがために、求められるクオリティーも高く日々彼女たちは自身のトレーニングに余念がない。そうした活動を支える者達が必要であるのは言うまでもない。


 ヴァルライブは現在、甚大な人員スタッフ不足に苛まれていた。



 スタッフがほしい――この一言に京次郎ははて、と小首をひねった。


 そもそも、まずスタッフという言語についてが京次郎はよくわかっていなかった。


 果たしてそれはなにをする役職なのか。言葉だけでは想像するのも至難である。


 とにもかくにも、まずは一つずつ教えてほしい。京次郎は切実にそう思った。



「簡単に言うと、スタッフのお仕事っていうのは裏方役です。ボクたちが活動しやすいように場所を抑えたりとか、時間に差支えがないように調整したりとか……そんな感じの」


「裏方、か……」


「やっぱり、駄目ですか?」


「それは裏方という意味でか? だったら俺は別にどっちでもいい」



 新選組隊士としても、京次郎は名声や手柄と言うものにまったく興味がなかった。


 そのようなものは、放っておいても後から勝手についてくる。


 むろんそこには相応の実力と実績が必要なのは言うまでもない。


 それよりも単純に、京次郎は今よりもずっと、誰よりも強くなりたい。この願いに支配されていた。そういう意味では新撰組という環境は心地良かった。



「ただ、いくつか疑問はある。どうして俺なんだ? 俺はまず“すたっふ”というものについてよく知らないし、それに話を聞いているとここには女人しかいないのだろう?」



 乙女の園に果たして、濃厚な血の香りをまき散らすような獣がいてよいはずがない。


 不相応極まりないし、他者の目からもよくは思われないだろう。


 カレンは、京次郎に対し小さくかぶりを振った。きれいな瞳の奥には、揺るがない強い意志が宿っている。



「理由はいくつかあります。まず、一目見た時にキョウジロウさんには他の人にはない輝きを感じたんです」


「輝き?」



 京次郎ははて、と小首をひねった。



「うまく言葉にはできませんけど……でも、こう。この人ならなんだかすごいことをしてくれそう! そんな風に感じたんです」


「お、おぉ……。そんな風に言われたのは人生ではじめてだな……」



 他者から褒められる、といった経験が京次郎は乏しかった。


 あることにはあったが、それが真意であるかどうかを見極めるのは難しい。


 社交辞令を真に受けて嬉々とするような者は、単なる愚か者でしかない。


 皆、なにかしらの野望を常に胸の内に秘めている。成就するために他者は邪魔でしかない。だからどうにかして蹴落として這い上がろうとあれこれと画策する。


 カレンの言葉には、含みが一切なかった。


 愚直すぎるぐらいまっすぐな言葉だからこそ、京次郎は思わず困惑してしまった。



「それとやっぱり、キョウジロウさんが強いことです」


「ん? “あいどる”というのは歌ったり踊ったりするのが生業じゃないのか? 何故そこに強さが関係してくる?」


「それは、キョウジロウさんが引き受けてくれるかどうかでお話ししたいと思います」


「なるほど。つまりこれから先は一般市民には聞かせられない話だと、そういうことだな?」



 京次郎はふっと、不敵な笑みを浮かべた。



「――、わかった。どこまでできるかわからないが、その“すたっふ”とやらをやらせてもらおう」



 京次郎は二つ返事で承諾した。


 不安がまるでないわけではない。新撰組内でも事務方仕事はあまり得意なほうではなかった。


 そのような男に果たして務まるのか否か、とこう問われればきっと回答は否である。


 しかし、京次郎はこの世界では天涯孤独である。適応し生きていくためにも衣食住の確保は必須だ。


 まずは資金面をどうにかする。京次郎はそう判断した。



「本当にいいんですか!?」


「いいもなにも、そちらから提案したことだろうに。今の俺にはなにもないからな。ないものを強請ったところで事態が好転するならともかく。現実はそう甘いものじゃない――その代わり、色々とこの世界のことを教えてもらうぞ」


「も、もちろんです! それじゃあ改めてよろしくお願いしますね」


「これでついに私たちにもスタッフができるってわけね!」



 エレナの顔にパッと花が咲いた。


 とてつもなく期待されている。そうした雰囲気が否が応でもひしひしと伝わり、京次郎は冷たい汗を流すしかなかった。


 斬った張ったが得意なだけで、後はそこまで差して得意ではない。


 無人島生活でいくばくか家事などが上達したとはいえ、あくまでもやっと人並みになったばかりというもの。加えて現在の知識は皆無である。


 なにもかもが一から学ばなければいけない人間に過度の期待はかえって、心身に多大な負担をかける。


 どうか期待だけは絶対にしないでほしい。それが京次郎の本音だった。



「あ、それともう一つだけ」



 カレンが思い出した、とそう言わんばかりの顔でポンと手を叩いた。



「キョウジロウさんにはこれから名前と声を変えて活動してもらいます」


「何? 名前と声を変えろだと?」


「あ、勘違いしないでくださいね? あくまでもここで活動する場合に限り、という話ですから」



 言っている意味がまるでわからなかった。



「あくまでもここはアイドル事務所です。つまり基本男性がいるのはご法度なんですよ」


「何が言いたいんだ?」



 嫌な予感がする。京次郎は眉を強くしかめた。



「見た目的にキョウジロウさんって女の子っぽいんで、声さえ変えれば誰でも女の子と間違えちゃいますよ!」


「クソが」



 京次郎はすこぶる本気で悪態をついた。


 鷲塚家は古くから、女人のような子供しか生まれなかった。


 これはなにかの呪いなのかもしれない。そう先祖たちが思うのは至極当然で、祈祷やお百度参りなどなど。ありとあらゆる手を使った。結果は、すべてが徒労に終わり現在に至る。


 妙な血筋のせいでよく揶揄された。


 そんな女人のような身体付きで果たして刀が満足に振るえるのか?


 ちなみに、こう宣った者には等しく命を対価として誤りだったと思い知らせている。


 端正な顔立ちは、それこそ化粧を施せば女人と見紛おう。


 赤々と燃ゆる炎を連想する長い髪に翡翠色の瞳は、皮肉にも京次郎の魅力を更に引き立てた。


 よもや1000年先の時代でも揶揄されるとは、誰が想像しよう。


 カレンたちに悪気は微塵もない。むしろ京次郎に送る視線は羨望すらあった。


 まったくもって嬉しくない。京次郎は深い溜息を吐いた。



「世間体ってなにかと大事なんですよ……だから嫌だとは思うけど、納得してくれませんか?」


「またか? この時代でもまた俺はそうやって揶揄されるのか?」


「大丈夫ですよキョウジロウさん! 男の娘は現在だと萌えの一つとしてすっごく需要在りますから!」


「なんだ、その男の娘とやらは。けなされてるのか褒められてるのか、もうなにもわからんぞ……」


「でも、これからこの時代で生きていこうとするなら正体は隠しておいたほうがいいかも」



 もそりとエレナが呟いた。



「それはどういう意味だ?」



 京次郎はすかさずエレナに尋ねた。



「だって、私たちからすればキョウジロウは生きた化石、その時代を生きた貴重な証人になる。おまけにあの強さ……各国の研究機関には喉から手が出るほどの逸材になりかねない。もしそうなったらキョウジロウは監禁されて毎日が実験と研究……そんなことになったらどうするの?」


「それは、嫌だな……」



 エレナの言葉に京次郎は顔を青白くさせた。


 人体実験を送る日々など、それはもはや拷問に等しい。


 人としての尊厳はなく、家畜同然の余生を送るぐらいならばいっそ死んだほうはマシというもの。


 素性を隠したほうが今後すごしやすくなるだろう。そのために女のフリをしろというのであれば、それも致し方なし。すべては未来の世界で第二の人生を送るため。これは必要犠牲だ。京次郎はそう結論を下した。



「それじゃあ、改めてよろしくお願いします――えっと、キョウジロウだから、今後はキョウコでいきましょう! 声のほうは後でなんとかしますから!」


「安直すぎやしないか?」


「じゃあ、なにか他に名前あります?」


「そう、だな……」



 京次郎は沈思した。


 しばしの沈黙の後、京次郎は静かにその口を開いた。



「六花がいい」


「リッカ? かわいい名前ですね」


「まぁ、な」



 かつて心からホレた女の名前を出すあたり、俺は未練たらしい男のようだ。


 京次郎は自嘲気味に小さく笑った。



「……でもごっちゃになっちゃいそうだから、キョウちゃん……ううん、キョンちゃんでいきましょう!」


「ならなんでわざわざ聞いたんだ?」



 京次郎は深い溜息を吐いた。


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