本日も雲一つない快晴。
さんさんと輝く陽光は眩しくも暖かい。その下では小鳥達が優雅にすいすいと泳いでいる。
時折頬をそっと撫でる微風はほんのりと冷たく、潮の香りをわずかに乗せてきた。
それが返ってとても心地良い。
今日のような天気は、正しく絶好のお出かけ日和だと言えよう。
彼――
「今日もいい天気だなぁ……」
大きくもれた欠伸をかみ殺す。
ここにきて、はて。もうどれぐらいの時間が流れただろうか。
京次郎は俗に言う罪人であった。罪状は、人斬りである。
金銭目的などではなく、たまたま斬った相手が藩主の息子というだけのこと。
だけのこと、などとそう簡単に済ませられる話でないのは、さしもの京次郎も重々理解はしていた。
あれは親の名声を盾にして悪行を働く知れ者だった。だから斬っただけだし、そのことについて後悔は一切していない。
結果として、京次郎には流刑――つまり島流しの刑に処された。
打ち首にならなかったのは、せめてもの情けか。別段どうでもいい。京次郎は小さく溜息を吐いた。
「――、ん?」
京次郎のねぐらは、洞窟の中にある。
元々、流された島は無人ではあった。どうやら遥か昔に先人がいたらしい。
剥き出しになった岩肌は自然の防備壁と化した。
広々とした地下空洞だが、天上より開いたいくつもの穴が陽光をたっぷりと取り入れて大変明るい。
さらさらと流れるせせらぎの音色は自然と心を癒し、澄んだ水は陽光によってきらきらと美しく反射する。
その中に建てられた寺は、古いながらも景観は立派の一言に尽きた。
誰かがやってきたらしい。珍しいな……。京次郎ははて、と小首をひねった。
京次郎がここで暮らしをしてからもう随分と時が経つ。それまで誰一人としてやってこなかっただけに、新顔が妙に珍しく感じた。
どんな罪人が送られてきたことやら。かわいい娘だったら、文句はないのだが。
罪人なのだから女人がくる可能性は極めて薄い。いくらなんでも欲を出しすぎだ。京次郎は自嘲気味に小さく笑った。
「――、え!? ちょ、ちょっと待って! 人型モンスター!?」
「もん……すたぁ? 何を言ってるんだお前は」
一人の少女がいた。少しばかりあどけなさが残ってはいるものの、端正な顔立ちである。
栗色の髪を横で結び、黄色という極めて稀有な瞳はさながら宝石のようだった。
日ノ本の人間か? それにしてはずいぶんとおかしな恰好をしている。
西洋文化が徐々に取り入れられつつある時代で、洋服を纏っていた者は少なからずいた。
それでも少女の格好は、奇抜なものだった。
「す、すっごく人間に見えるけど……やっぱりこれってモンスターだよね?」
「お前はさっきから何を訳の分からないことを言ってるんだ?」
「モ、モンスターが喋った!?」
「…………」
どうも話が通じない。
一人でぎゃあぎゃあと叫んだかと思えば、何もない虚空に向かって話しかける。
気でも違えているのか。だとすればそのような手合いにいちいち時間を割くのはもったいない。
少女を他所に京次郎は現在の住処――【
「ちょ、ちょっと待って!」
先程の少女が慌ただしく追いかけてきた。
「……いったいなんなんだ? 用があるのならさっさと言ってくれ」
せっかくのかわいい娘でも、話が通じないのならば魅力も台無しだ。
なにより彼女は、言動が幼すぎる。どうせならばもっと妖艶で魅力的な大人の女性がよかった。
久し振りに女性を目にしただけでもマシなほうかもしれない。贅沢は、言うまい。京次郎はそう自らに言い聞かせた。
「あなた、モンスターじゃないの?」
「なんださっきから、その……“もんすたぁ”? って言うのは。そんなもの俺は知らんぞ」
「モンスターを知らないって……そんなわけ。いやでも、嘘を言ってるようには見えないし……」
「……用がないのならもう出ていってくれ。ここは俺の家なんだ。部外者をあげるつもりは毛頭ないぞ」
「え!? このダンジョン……あなたの家なの!?」
耳にしたことのない単語が次々と少女の口より紡がれていく。
本当にこのじゃじゃ馬娘は何がしたいのだろうか。話し相手が欲しい、とは思ってはいたがこうもやかましいとその気も失せてしまう。
今は一刻でも早くどこかにいってほしい。美少女であろうと常識のない女は苦手だ。京次郎は怪訝な眼差しを送ると共に、小さく溜息を吐いた。
「……あの、あなたのお名前を聞いてもいい? 私は白王・E・エレナ……エレナっていうの」
「……俺は、京次郎だ。
名乗られたからには、名乗り返すのが礼儀というものである。
エレナと名乗った少女は、なにもかもが珍妙な存在だ。
言動はもちろん、恰好からなにもかもが明らかに時代にそぐわない。
まるで、遥か先の時代を生きているかのような気さえする。ありえない仮説だ。いくらなんでも馬鹿馬鹿しい。京次郎は自嘲気味に小さく笑った。
「キョウジロウ……?」
「それで? そのエレナとやらはここになにしにきたんだ?」
京次郎はいぶかし気にエレナを見やった。
彼女が罪人とは到底思えなかった。瞳には一点の曇りもなく、海のように澄んでいる。
なにより罪人であったのならば、このようなきエレナ装いはしていないだろう。
自分のように特例であれば、あるいはそうかもしエレナいが可能性としては低い。
「ここは罪人が送られる流刑地だぞ。お前はいったいどんな罪を犯したんだ?」
「え? ここって流刑地なの!? そんな話聞いてないんだけど……!」
「何も知らずにここへやってきたのか? そいつはご苦労なことだな」
大方、ここを宝の島でも思ったのだろう。生憎宝と呼べるものは何一つない。
仮にあったとしても流刑地ではせっかくの価値も路傍の石に等しい。
「おかしいなぁ。ちゃんとスタッフさんも確認してくれてたのに……」
「あぁ、すまん。お前の言動はどうもわけがわからん。同じ日ノ本の人間ならわかりやすい言葉を使ってくれないか?」
「ヒ、ヒノモト? あの、それってどこかの国?」
「はぁ?」
いよいよ訳がわからなくなってしまった。
エレナの言い方では、あたかもここが日ノ本とは違うと言いたげだ。
そんな馬鹿な話があるはずがない。流刑地と言ってもここは日ノ本の領域内にある。
少女の言い分はひどくでたらめだ。京次郎はそう思った。
「えっと……これってどうしたらいいのかな?」
エレナが困った顔を浮かべた。相変わらず彼女の視線は見当違いな方に向いている。
「と、とりあえずあなたはモンスターじゃないんだよね?」
「だから。その“もんすたぁ”っていうのはいったいなんなんだ? お前の言葉はさっきからずっとわからん」
「えぇぇ~……この手のパターンははじめてすぎるからどうすればいいかわかんないだけど」
「わからないのは俺のほうなんだが……」
いい加減帰ってほしい。
そう思ったのとほぼ同時。新たな来訪者に京次郎は深い溜息を吐いた。
今日はずいぶんと来客が多い。次こそはどうか話の通じる相手であってくれ。
そう切に祈りながら視線をやって、京次郎はぎょっとその目を丸くした。
異形だった。御伽噺や絵巻に出てくるような怪物がやってくる。
あれは、鬼なのか? 地獄に住まうはずの鬼が何故地上にいるのか。
疑問は新たな疑問を生み、やがては大瀑布と化して留まることをまるで知らない。
「ちょ、ちょっとここにきてモンスター来ちゃってるじゃない! とりあえずここは私が――」
エレナが言い終えるよりも先に、京次郎は地を蹴っていた。
そして鬼へとぐんぐんと肉薄し、その腰に帯びた大刀をすらりと抜き放つ。
これは上物の獲物だ。京次郎はにやり、と不敵な笑みを浮かべた。
「まさか、地獄の鬼とやり合えるなんてなぁ!」
嬉々とした顔で、京次郎は大刀を振るった。
斬、と小気味良い音が一つ鳴った。陽光を浴びて煌めく白刃がたちまち、朱に染まっていく。
これが、地獄の鬼か。胴を切断されて横たわる鬼だったものを見下ろす京次郎の表情は、ひどく不満気だった。
あまりにも呆気なかった。鬼という未知の存在を前に過去いつにない期待を京次郎は抱いた。
期待外れにも程がある。見掛け倒しもここまでくると失笑ものだ。京次郎は血振をして鞘に刃を納めた。
「それにしても、この怪物はいったいなんだったんだ? こんな奴は今までこの島で見たことがなかったが……どこかにずっと潜んでいたのか?」
「…………」
ふと横目をやると、唖然としたエレナがいた。
口は開きっぱなしで微動だにしない。
よほど驚愕しているようだが、京次郎はなにに彼女が驚愕しているかがわからなかった。
「お前はそこでなにを呆けてるんだ?」
しばしの沈黙の後で、エレナがハッとした。
「え!? ちょ、ちょっと待って待って! あなた、いったい今なにをやったの!?」
「なにをって……見ればわかるだろ。この鬼みたいな怪物を斬ったんだが?」
「いやいやいやいや! 斬ったんだが? じゃないってば! えっ? 本当になにやったの!?」
「いや、だから……」
激しく興奮した様子のエレナに、京次郎は頬の筋肉をひくりと釣り上げた。