「若瀬君はなんと?」
里津が若瀬との連絡を終え、スマホを耳から離すと、赤城はすかさず聞いた。
「涼花さんのところに行くって。私たちはこのまま、さくらのところに向かう。今は……昼休みの時間くらい?」
「いえ、おそらく授業中かと。外に出ていなければいいのですが……」
安心と不安の色が混ざり、赤城はハンドルを握る手に力が入る。
そのとき、赤城のスマホが鳴った。
柊木からだとわかると、里津が代わりに出る。
「柊木さん、希衣ちゃんの居場所わかった?」
「里津ちゃん? あれ、赤城君は?」
「運転中」
柊木は戸惑いの声を出すが、里津の簡潔な説明を聞くと、すぐに受け入れた。
「川霧さんの位置情報だけど、やっぱり切られてて見つからなかった。で、連れ去られた瞬間の映像を見つけたから送るね」
柊木が言うと、里津のスマホに柊木からメールが届いた。
URLをタップすると、監視カメラの映像が流れる。
スマホの画面は小さく、画質が荒いが、里津は希衣の姿を見つけた。
一人で歩いている希衣の傍に、一台の黒いワゴンが止まる。
希衣はその車の影に隠れて見えなくなるが、数秒後、車が発進すると、その場から希衣の姿は消えていた。
「希衣ちゃんは、凱くんみたいに殺されそうになってない……」
もし殺したのなら、わざわざ車に乗せる必要がないだろう。
ということは、おそらくだが、希衣は殺されていない。
なにが目的で、こんなことをしたのだろうか。
「でも、無事だって決まったわけじゃないからね」
里津が考えを巡らせていると、柊木がそう言った。
先刻の里津の言葉を、希衣がまだ生きていることに安心して言ったのだと思ったようだ。
「わかってる……柊木さん、引き続きこの車の行方を探ってくれますか?」
「もちろん、任せて」
里津は柊木の答えを聞いて、電話を切る。
「里津さん、大丈夫ですか?」
電話のやり取りは聞こえていなくて、里津の不穏な呟きしか知らない赤城は、様子を伺うように言った。
だが、思考の世界に入り始めた里津の返事は曖昧だ。
「うん……? うん、大丈夫。そうだ、凱くんに連絡しなきゃ。相手が車なら、足の凱くんが頑張っても意味がないから」
里津はぼんやりとした物言いで、赤城は余計心配になる。
「里津さん、どうしたんです?」
「どうしたって、なにが?」
里津は何度も凱に電話をかけるが、繋がらない。
走っているから、電話に気付かないのかもしれない。
そう思って、里津は凱に電話をするのは諦め、メールを打つ。
「さっき、あれほど取り乱していたのに」
「凱くんに背中を押されたし、私にできることを全力でやってるだけだよ。そんなことより、和真は変だと思わない? 私にとって、希衣ちゃんは誰よりも大切で、唯一の友達。私を苦しめたいなら、凱くんを殺そうとしたみたいに、希衣ちゃんを殺してもおかしくないはずなのに、希衣ちゃんは連れ去られた」
その考察を聞けば、里津が本当に冷静であることは明白だ。
ほんの数分前までは心を乱していたはずなのに、この切り替えの速さには脱帽する。
「長期戦のつもりなのでは?」
「どうだろう……」
それは、迷っているようで、答えを見つけているような言い方だ。
「里津さん、今、何か仮説を立てていませんか?」
「んー……」
それを言うことに抵抗があるのか、里津はすぐには言わない。
「犯人は……私の目の前で、希衣ちゃんを殺す気なんじゃないかなって思って。それが一番効果的だと、向こうが判断してるならの話だけど」
その恐ろしい仮説に、赤城はどう返すのが正しいのか、わからなかった。
なにより、冷静にその仮説を話す里津のことを、恐ろしく感じた。