食事を終えた赤城と里津は、千晴に導かれて店の裏口に行く。
そこは薄暗く細い道で、人が頻繁に通るとは思えないここは、事件について聞くには最適な場所だろう。
「お仕事中にすみません」
「いえ……」
千晴は浮かない顔をして応える。
「あの……どうして急に、ここに?」
「葉宮君が永戸夫妻の事件について調べたいと知ったのですが、あなた方に話を聞くことは難しいと思いまして」
「そう、ですか」
千晴の返事を聞いて、赤城は里津に目線を送る。
「怜南さんを引き取った当時のことと、最近の様子を教えてもらえますか?」
千晴は当時のことを思い出すように、視線を落とした。
「本当は、怜南を引き取るつもりじゃなかったんです。でも、怜南が施設に預けられるって聞いて、いてもたってもいられなくて。このままだと、怜南がどんどん閉じこもってしまうと思って、うちで引き取ることにしたんです」
千晴の話を、赤城は手帳にメモしていく。
対して、里津はまっすぐな目をして千晴を見つめている。
「前から面識はあったけど、やっぱり、志保たちが目の前で死んだってこともあって、初めはどうやって声をかけたらいいのか全然わからなくて。だけど、怜南は少しずつ私たちに心を開いてくれて、今では自然に笑えるようになったんですよ」
その喜びは、今の優しい表情からも伺える。
「ええ、先ほど見ましたが、驚きました。とても、事件に遭ったとは思えないほどで」
里津の言葉でさらに微笑むが、すぐにそれは消えた。
「ただ、今でも当時のことを夢に見るみたいで……こればっかりは、私たちにはどうすることもできなくて……怜南がどんなふうに苦しんでいるのかも、聞く勇気がないんですよ」
千晴の泣きそうな笑顔に、胸が締め付けられる。
それだけ怜南を大切にしているのなら。
里津はある考えが過ぎった。
「変なことを聞くんですけど、私たちが事件のことを捜査するのは、どう思いますか?」
葉宮の、自分が犯人を捕まえるのだという気持ちを知っているからこその質問だった。
しかし、千晴はそれを知らないため、里津の質問の意図が見えなかった。
「どうと言われても……私はただ、志保たちを殺して、いつまでも怜南を恐怖の闇に落とす犯人を、今すぐにでも捕まえてほしいだけです」
その言葉に嘘は見えない。
「それが、怜南さんに事件の詳細を聞くことになったとしても、ですか?」
まだ怜南に話を聞くと確定したわけではないのに、今から覚悟を決めている里津の表情を見て、千晴の笑顔は少しだけ柔らかくなる。
「まず私に話を聞いて、そんなふうに確認してくれるってことは、きっと、貴方たちは怜南を追い詰めるようなことはしない。そう、信じたいです」
その信頼は、何よりも嬉しい言葉だった。
里津は自信に溢れた笑みを見せる。
「ありがとうございます。絶対に、犯人を捕まえます」
それは千晴の安心を引き出した。
「怜南を呼んできますか?」
千晴は店のほうを指さすが、里津は首を横に振った。
「いえ、日を改めます。ただ、少しだけ、怜南さんと事件の話をしておいてもらえませんか? 私たちがいきなり話を聞いてしまうと、身構えてしまうと思うので」
「わかりました」
それは、千晴でも躊躇ってしまうお願いではあった。
しかし、里津の話を聞いて必要不可欠なことなんだと察したのか、そう答える千晴は、覚悟を決めた顔をしている。
「そうだ、永戸夫妻を恨んでいた人物とかわかりますか?」
「さあ……志保とは長いこと会っていなかったので……旦那さんのことも、詳しく知らないんです。ただ、志保は誰かに恨まれるような子ではないと思います。彼女はクラスの中心にいて、みんなその笑顔に癒されていましたから」
「そうですか……ありがとうございます」
里津が話を終えると、千晴は店に戻った。
二人になり、赤城は音を鳴らして手帳を閉じた。
里津は、見なくても赤城が怒っているのがわかったため、振り返りたくなかった。
「里津さん、いい加減に“絶対”という単語を使うのをやめませんか」
始まってしまった小言から逃げていく。
「それくらいの気持ちでいるんだから、いいでしょ」
「普通、百パーセントの約束はしません。守れなかったとき、どうするんです」
呆れた様子の赤城と、聞き飽きたというような顔をする里津。
だけど、里津はゆっくり瞬きをすると、鋭い視線を見せた。
「絶対守るよ」
一体、この自信はどこから湧いてくるのか。
赤城にはそれがわからなかった。
やはり凱の妹だと思いながら、赤城は小さなため息を一つこぼして、里津の後を追った。