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第27話 感覚

 赤城から事件資料を受け取ると、里津はそれを開いて読み進めていく。


「休日の昼間の事件なのに、目撃者がいないなんて、妙。事件現場は住宅街だし、ある程度人がいたはずなのに」

「十五年前となると住民はそこまでいなかったのでしょう」

「じゃあ、目撃者は娘の怜南さんしかいないってこと?」

「そうなりますね」


 里津は気になったことを次々と疑問点を上げ、事件を把握しきっている赤城が答えていく。


 そのテンポはよく、数か月前までコンビだった感覚を取り戻していく。


「この子に話を聞くしかないってことか……」

「……里津さんもそう思いますよね」


 誰もがそれを最善だとわかっていながら、実行しない。


 その理由は、言わなくともわかった。


「……新人くんは怜南さんと知り合いなんだよね」

「ええ、そのようですね」

「今の様子とか聞いた?」

「その事件資料には、事件のショックで記憶が混乱し、声が出なくなったとありますが……まだ声が出ないそうです。もちろん、今でも事件に苦しめられていると、葉宮君は憤っていました」


 里津も手詰まりを予感し、また最初から資料を読み込んでいく。


 二周目は黙って読む。


「……よし。会いに行こっか」

「行くって、どこに」


 赤城はなんとなく予想しつつも、気のせいであってほしいという願いから、そう聞いた。


「それはもちろん、調査をしに」


 さと当然という言い方。


 まさかここまでとは、赤城も思っていなかった。

 里津なら、怜南のことを思って、行動に移せないと、そう思っていたのに。


「……正気ですか?」

「もちろん」


 里津が言い切ったことで、赤城は頭を抱える。

 呼吸のあったやり取りだけでなく、里津に振り回される感覚まで戻ってきたような気がした。


「むしろ、どうして話を聞きに行かなかったのかがわからない。和真なら、それが最善だってわかってたでしょ?」

「それは……」


 赤城は言い淀み、目を逸らす。


「やっぱり、新人くんがいたから、できなかった?」


 言葉が返ってこない。


 里津は、事件を交換して正解だったと思った。


「……でも、僕も彼女に話を聞くのはやめておいたほうがいいと思ったんです。十五年も前の事件を思い出させるようなことをして、彼女の心の傷を抉るのは、したくない」

「私だって、それはしたくないよ。でも、十五年も怜南さんは苦しんでいるのに、犯人はのうのうと生きてるんだよ? そんなの許せない」


 犯人に対して見せる怒りは、葉宮と似ていた。


 しかし、それは赤城も思っていること。


 そう言われてしまえば、後込みしている場合ではないと思った。


「里津さんは怜南さんがどこにいるのか、知っているんですか?」

「してるわけない。というか、私、怜南さんには会いに行かないよ」


 赤城は里津の言っていることがわからなかった。


「では、誰に会いに行くと言うんですか?」

「殺された夫婦の両親とか、友人とか。夫婦の両親の住所は変わってないだろうし、まあ、徐々に居場所がわかってくかなって」


 気の遠くなりそうな、地道な捜査方法だった。


 しかし十五年前の事件ともなると、仕方のないことなのかもしれないと、赤城は覚悟を決める。


「新人くんが教えてくれたら、少しは時短できそうだけど……」


 里津は部屋の奥で事件資料を広げる葉宮を見る。

 まだ不貞腐れた様子で仕事を進めている。


「まあ、教えてくれないだろうから」

「そうですか? 事件解決のためなら、教えてくれると思いますが」

「私が捜査を進めるのが面白くないんだから、教えないよ。きっと。私なら、そうするもん」


 妙に説得力があった。


 そして二人は、席を立ってその場を離れた。

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