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第26話 不満

「どうして俺がこんなことを……」


 里津が解決してきた事件の中にヒントがあるかもしれないということで、事件資料保管室にて事件資料を集めていく途中、葉宮は不満を顕にした。


「仕事だからなあ」


 同じく棚から資料を探す若瀬に正論を言われても、葉宮はますます機嫌を悪くする一方だ。


「それはわかってますけど……関わらないって言っていたくせに、怜南の事件を捜査してるのが気に入らないんです」

「レナ?」


 若瀬が問い返すと、葉宮はしまったというような顔をした。

 少し話しすぎてしまった、と。


「……いえ、気にしないでください」


 そうは言ったものの、葉宮は引き続き文句を言いそうな顔で、棚の前に立っている。


 若瀬はある程度手にすると、机に置いて資料を整えていく。


「お前がそんなだから、事件が交換されたんじゃね?」

「どういうことですか」


 葉宮は若瀬を追いかけると、先輩に向けているとは思えない眼で、若瀬を見る。


 すると、若瀬は葉宮に取り憑いている邪気でも祓うかのように、葉宮の額を指で弾いた。

 葉宮は右手で額を抑える。


「葉宮も木崎も、冷静な判断ができていないってことだよ。それは捜査において、最も邪魔なものだ」


 若瀬は資料を持ち直すと、保管室を出る。


 そんな若瀬の背を追い、葉宮は否定しようとした。

 だが、説得力に欠けることに気付き、なにも言い返せなかった。


「だとしても、俺は……」


 その声は小さく、若瀬はいじめすぎただろうかと思った。

 かといって謝るようなことはなく、ただ小さくため息をついた。


 それから一課に戻ると、里津と赤城が事件について真剣な面持ちで話していた。


 高い洞察力を持つ里津と、冷静沈着な赤城。

 その二人が揃い、あれだけ真剣に事件と向き合っている。


 葉宮にとって面白くない状況でも、若瀬はこんなにも心強い布陣はないだろうと思った。


「まあ、しばらくは木崎に任せておけば? 動きのない事件の、解決の糸口くらいは見つけてくれるだろ。そっから横取りすればいい」


 部屋の奥にある長机の上に資料を置き、重さから解放された両手を軽く振る。


 若瀬の言葉を聞いても、葉宮の浮かない顔は変わらない。


「……木崎さんと怜南が出会うのが、イヤなんですよ。木崎さんって、事件解決のためなら手段を選ばないんでしょう?」

「それはまあ、そうだけど……でも、アイツは絶対、被害者を傷付けることはしない。木崎が容赦ない相手は、犯罪者だけだし」


 勢いで「嘘だ」と言いたくなったけれど、葉宮は胡桃沢咲里と再会したときの里津の言葉を思い出した。


『……私と出会ったことで、咲里さんが奥底にしまってた記憶の鍵を開けてしまった。思い出したくないことを、思い出させてしまった。だから、今、私がそばにいるのは最善じゃないの』


 それに、被害者に寄り添い、すぐに事件の詳細を聞くようなこともしなかった。


 葉宮が思っているようなことは、起きないのかもしれない。


 そうわかっても、やっぱり気に入らないものは気に入らなかった。


 自分の手で、犯人に辿り着きたい。


 その思いが、どうしても消えなかった。


「さ、俺たちは木崎が捕まえた犯人と、その周辺の人間関係を調べていく。気が遠くなる作業なんだ。集中しろよ?」

「……はい」


 気合いの入らない返事だったため、若瀬は葉宮の肩を軽く叩いた。

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