捜査が開始され、数日が経った。
永戸夫妻殺人事件については言うまでもなく進展はない。
そして、凱が襲われた事件についても、あれ以来犯人が動きを見せないせいで、解決の糸口が見つかっていなかった。
そんな中で、里津は赤城に声をかけた。
「和真、少し相談したいんだけど、いい?」
事務作業をしていた赤城は、顔を上げる。
すると、真剣な面持ちで里津が立っていた。
「……いいですよ」
里津にしては珍しい表情をしていて、赤城は少し戸惑いを見せながら言った。
しかし里津はその場を離れ、手招きをして赤城を廊下に連れ出した。
「そっちの事件、進みはどう?」
里津は小声で尋ねる。
それは、進展していないのなら口を出したい、というような興味本位で聞いているようには見えない。
ただ真剣に、事実だけを尋ねているようだ。
「進展はありませんが、それがどうかしましたか?」
しかし、赤城はなぜ里津がそんなことを聞いてくるのか、わからなかった。
「えっとね……こっちもあまり進んでなくて、その原因は、私の主観が邪魔してるからだと思って」
「というと?」
「取り調べで、私の知り合いの中で、犯人グループに協力している人がいるってわかったんだけど……若瀬と話したら、希衣ちゃんが怪しいかもっていう結論になったの。でも、希衣ちゃんと会っても、私が希衣ちゃんは裏切ってないって思いたいから、確信が得られなかった」
里津は赤城の顔が見れなかった。
刑事なのに甘いことを言っていると言われるような気がした。
「なるほど……たしかに、川霧さんの疑いを晴らすのは、里津さんには難しい話ですね」
だが、意外なことに、赤城は里津を責めるようなことを言わなかった。
そのことに里津は少しだけ驚きつつ、話を進めていく。
「うん……で、今は犯人が動きを見せないから捜査が完全に止まってて、ふと思ったの。そっちも、新人くんの感情で捜査が止まってるんじゃないかって」
その鋭い予想に、赤城は答えない。
「やっぱり、事件を解決するためには客観的思考が必要だよ。でも、今の私たちはそれができてない」
まさにその通りで、反論の余地はなかった。
「では、どうするつもりなんですか?」
「私と和真が、新人くんが追う事件を。新人くんと若瀬が、私の事件を捜査する。といっても、未解決事件をメインで追うことが許されるとは思わないけど……」
その解決策は面倒極まりなく、赤城はため息をつく。
「またコンビを変えるということですか」
「だって、和真も私側の人間だから。さくらも狙われる可能性がある中で、客観的な判断をしていくのは無理だよ」
客観的な判断ができていないと言いながらも、それだけ考えられる里津の冷静な判断に、恐ろしさを覚える。
「……たしかに、一理ありますね」
「でも、決定事項を簡単に覆すことはできないだろうし、新人くんの気持ちを考えると……」
あらゆる事件に関わり、片っ端から犯罪者を捕らえようとしている里津の発言とは思えなかった。
それだけ、葉宮と波長が合ったということなのだろうか。
いや、そんなことよりも。
里津が言うように、この短期間で何度もコンビを変えていくなど、聞いたことがない。
それが最善策なのだとしても、可能なのだろうか。
「いや、今回は木崎が正しい」
赤城も言葉に迷っていたところに、第三者の声がした。
赤城はその人物を見て、姿勢を正す。
「課長、聞いていたのですか」
「ちょっと気になってな。木崎の事件はどうやら、大事になってきたらしい。若瀬と葉宮だけでなく、一課で手の空いている奴らで捜査を進めよう。そして、木崎と赤城は葉宮の追う事件を捜査してやれ。葉宮には申し訳ないが、従ってもらうしかない」
上司の決定となると、里津の迷いは消し飛んだ。
一気に、事件を解決することにのみ、意識が集中する。
だが、赤城はあまり納得がいっていないようだった。
「課長、いいんですか? 私たちも、里津さんの事件を……」
「お前たちは身内になるじゃないか。今回は外れろ。その変わり、お前らは全力を尽くして、その事件を解決しろよ」
「了解」
「……承知しました」
二人の返事を聞き、課長は今の話をもう一度、一課に属する刑事に伝えた。